お見合い編2 ズタボロじゃないですか!
「それだけの英雄なのに、七年経ってまだ中佐なんですね」
何気なく言うと、お母様が「あら」と目を丸くした。
「本当ですわ」
お父様は露骨に嫌そうな顔をした。
「そこに気付くか」
「だって」
私は指を折る。
「大尉の次が少佐ですよね」
「ああ」
「その次が中佐」
「ああ」
「七年で二つしか上がってないんですよね」
私は首を傾げた。
「英雄なら、もっとすごいことになっていそうです」
お母様も小さく頷く。
「確かに。将軍様とか」
「将軍はそんな簡単になれん」
お父様はため息をついた。
「それに、一度は大佐まで昇進している」
「え?」
「その後、中佐へ降格した」
「降格……」
思わず聞き返す。
「何をしたんですか、その英雄さん」
「分からん」
お父様は肩をすくめた。
「地方貴族にそこまで詳しい話は伝わらん。ただ、王都ではこう噂されていたそうだ」
一呼吸置いて続ける。
「若くして英雄になり、異例の出世を遂げ、その結果、軍上層部の権力争いに巻き込まれた」
「それで?」
「負けた」
「うわぁ……」
それは少し想像できた。
学院にも似たようなことはあった。
持ち上げられていた令嬢が、翌週には誰にも口を利いてもらえなくなる。
軍隊なら、もっと恐ろしい世界なのだろう。
「つまり」
私は整理する。
「英雄になります」
「うむ」
「出世します」
「うむ」
「権力争いに巻き込まれます」
「らしい」
「負けます」
「ああ」
「降格します」
「そうだ」
「離婚します」
「……そうだ」
少し考えてから、率直な感想を言った。
「ズタボロじゃないですか」
お父様が吹き出した。
お母様も肩を震わせている。
「笑い事ではないぞ」
「でも、お父様」
私は真面目に言う。
「想像してください」
「うむ?」
「その方は、若くして英雄になります」
「うむ」
「トントン拍子に出世します」
「うむ」
「けれど、ドロドロの権力争いに巻き込まれて負けます」
「らしいな」
「階級を落とされます」
「うむ」
「愛想を尽かした貴族の奥様から、離婚を突きつけられます」
「……そうだな」
「絶対、疲れてます」
お父様は反論しなかった。
「毎日、執務室で窓の外の雨を見ながら」
わざと低い声を出す。
『昔はな……』
お父様が笑いをこらえて俯いた。
「休日は一人でお酒飲んでそうです」
「会ったこともないだろう」
「いますよね。昔話しかしなくなるおじさん」
「おじさんと言うが三十二歳だ」
「あ」
そうだった。
勝手に四十代くらいを想像していた。
「若いですね」
「若いからこそ英雄と騒がれた」
お父様は苦笑する。
「……ただ、世間に疲れ切っているというのは、案外当たっているかもしれんな」
「ですよね」
私は深く頷いた。
でも、そうなると分からない。
「お父様」
「何だ」
「そんな人が、どうして私なんです?」
英雄。
元大佐。
離婚したばかり。
そんな人が、どう考えても私を選ぶ理由がない。
「私、お金ありません」
「ないな」
「家柄も落ちぶれてます」
「そうだな」
「社交界では背景の木でした」
「それも聞いた」
「ですよね?」
そのときだった。
ふと、一つの考えが浮かぶ。
「あ」
「どうした?」
「分かりました」
お父様が身を乗り出す。
「本当か?」
「はい」
私は推理を披露した。
「まず、上司の少将さんがいます」
「いる」
「部下がボロボロになっています」
「そうだろう」
「見かねます」
「うむ」
「再婚を勧めます」
「あり得る」
ここまでは順調。
「でも本人は言います」
少し声色を変える。
『もう貴族の令嬢はこりごりです』
お父様が肩を震わせた。
「それで少将さんは困ります」
「困るな」
「でも英雄だから変な相手は紹介できません」
「そうだ」
「だから探します」
私は自分を指差した。
「貴族だけど、貴族らしくない人」
応接間が静まり返る。
お父様とお母様が顔を見合わせた。
やがて、お父様がぽつりと呟く。
「……妙に説得力がある」
「ありますわね」
お母様まで頷いた。
私は満足げに胸を張る。
……そこで気付いた。
「あれ?」
「どうした」
「今の話」
嫌な予感しかしない。
「私のこと、貴族らしくないって言ってません?」
二人が同時に目を逸らした。
「お父様?」
「いや」
「お母様?」
「その……」
「失礼では!?」
思わず立ち上がる。
「私だって学院を卒業しました!」
「知っている」
「礼儀作法も習いました!」
「知っている」
「ダンスだって踊れます!」
「一応な」
「一応って何ですか!」
お父様が苦笑する。
お母様は優しく尋ねた。
「卒業舞踏会で何をしていたか覚えてる?」
私は固まった。
……覚えている。
豪華な料理が並んでいて。
もったいないから全部食べようと思って。
気付けば最後まで料理の前にいた。
「……」
「思い出した?」
「はい」
「貴族らしいかしら?」
「……ごめんなさい」
反論できなかった。
私は確かに。
ちょっとだけ。
いや、かなり貴族らしくなかったのかもしれない。
「まあ、何だ」
「はい」
「私はお前のそういうところは嫌いじゃないぞ」
「私もよ」
「ありがとうございます」
少し嬉しかった。
嬉しかったのだが。
やはり納得はいかない。
自分は本当に『貴族らしくない貴族』枠で選ばれたのだろうか。
もしそうなら。
それはそれで。
なんだか複雑な気分だった。




