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お見合い編1 中佐さんって偉いんですか?

 夕食の後片付けを終え、ルシアンとクロエを寝かしつけると、お父様に応接間へ呼ばれた。


 部屋には、お父様とお母様、それに私だけ。

 どうやら、さっきの縁談の続きらしい。


「それで、お相手はどなたなんですか?」


 お父様は一枚の書類に目を落としながら答えた。


「レオン・ド・ヴァイス中佐だ」

「どなたでしょう?」


 間髪入れずに聞き返すと、お父様は額に手を当てた。


「知らないか」

「知りません」

「名前くらいは?」

「初めて聞きました」


 お父様は長いため息をついた。

 お母様まで苦笑している。


 え。

 そんなに有名な方なの?


「ええと……貴族の方ですか?」

「いや。軍人だ」

「軍人さん」

「しかも中佐だ」

「中佐さん……」


 なんとなく偉そうな響きではある。

 でも軍のことなんてさっぱり分からない。


「お父様。中佐って、どれくらい偉いんですか?」

「ものすごく偉い」


 お父様は少し考え込んだ。


「まず軍には一番偉い大将が三人いる」

「はい」

「その下に中将が六人、少将が七人だ」

「はい」

「大佐が三十人ほど」

「はい」

「そして中佐が五十人ほどだ」


 私はしばらく考えた。

 数字を頭の中で並べる。


「つまり?」

「軍で五十番から百番目くらいに偉い」


 私は首を傾げた。


「微妙ですね」


 お父様とお母様が固まった。


「微妙?」

「だって一番じゃありませんし」

「当たり前だ」

「十番以内でもないんですよね?」

「違う」

「百番以内」

「そうだ」


 私は腕を組んだ。

 確かに偉いのだろう。

 でも、ものすごく偉いという感じもしない。


「よく分かりません」


 正直な感想だった。

 お父様は深々とため息をついた。


「リリア」

「はい」

「王国軍はおよそ十万人いる」

「そんなに!」

「その中で百番以内だ」


 百番。

 私は頭の中で町の人たちを思い浮かべる。


「つまり千人に一人くらいですね」

「そうだ」

「ヴァレブランにも千人くらい住んでますよね」

「……ああ」

「じゃあ町に一人くらい?」


 沈黙。

 お父様がゆっくり天井を見上げた。

 お母様は額を押さえている。


 あれ。

 また何か変なこと言った?


「あなた」

「ああ」

「この子に軍人さんの凄さを説明するのは難しそうですわ」

「そうだな……」

「何がですか?」

「いや、お前は悪くない」


 悪くないらしい。

 でも何が悪くなかったのかは分からない。


「とにかく、そのヴァイス中佐という方は、王国でも指折りの軍人なんだ」

「なるほど」


 今回はちゃんと頷いておく。


 するとお母様が「あっ」と声を上げた。


「ヴァイス……どこかで聞いたことがありますわ」

「あるだろうな」

「確か……シュネーベルク峠砦……?」


 お父様が勢いよく立ち上がった。


「それだ!」


 私は一人だけ話についていけない。


「何ですか、それ?」

「七年前だ」


 お父様はどこか懐かしそうな顔になった。


「あの年はものすごい大雪だった」

「ああ」


 思い出した。


「納屋の屋根が雪で抜けて、お父様が夜中に泣いていた年ですね」

「あれは泣く」


 即答だった。


「……いや、私の話じゃない」


 咳払いを一つして、お父様は話を戻す。


「国境も雪で閉ざされてな。誰も戦なんて起きないと思っていた」

「攻めてきたんですか?」

「攻めてきた」

「迷惑なお隣さんですね」

「しかも大軍だ。守備隊は不意を突かれ、隊長は重傷。援軍も補給も雪で来られない」

「それは負けそうです」

「普通なら一晩で砦は落ちていた」

「じゃあ落ちなかったんですね」

「落ちなかった」

「へぇ」


 お父様が不満そうな顔をした。


「反応が薄い」

「だって落ちなかったんですよね?」

「その勝ち方が異常だったんだ!」


 急に熱が入った。


「兵は足りない!」

「はい」

「食料も足りない!」

「はい」

「援軍も来ない!」

「はい」

「それでも敵軍を追い返した!」

「すごいですね」

「その指揮を執ったのが、当時二十五歳だったヴァイス大尉だ!」


 二十五歳。

 若い。


「若いのに大変だったんですね」

「そこじゃない!」


 お父様が思わず突っ込んだ。


 え?

 違うの?


「王都中が大騒ぎだったのよ」


 お母様が懐かしそうに微笑む。


「新聞を開けば毎日ヴァイス、ヴァイス。『救国の英雄』『若き名将』『鉄壁の盾』って」

「そんなにですか」

「それはもう」

「へぇ」


 正直なところ、実感はない。

 七年前なら私はまだ十一歳。

 新聞より虫取りや木登りの方が大事なお年頃だった。


「でも、それって七年前のお話ですよね?」

「そうだ」

「じゃあ今は落ち着いてるんですか?」


 お父様は少し考えて答えた。


「軍では今でも伝説扱いだ」

「なるほど」


 つまり。


「昔からずっと有名な軍人さんなんですね」

「そういうことだ」


 お父様は満足そうに頷いた。


 私は首を傾げる。


「そんな凄い人が、どうして私なんでしょう」


 それが一番の疑問だった。


 没落子爵家の娘。

 学院でも空気。

 町では子供たちと遊んでいるような私。


 どう考えても釣り合わない。


 お父様も同じことを考えたのか、小さく息を吐いた。


「実は私もそう思った」

「ですよね」

「だから何度も確認した」

「はい」

「先方は『間違いない』と言った」

「間違ってる気がするんですが」

「私もそう思う」


 お父様と意見が一致した。


 少し安心する。

 やっぱり普通はそう考える。


 すると、お母様が遠慮がちに口を開いた。


「あなた。その方、確か……」

「ああ」


 お父様が頷く。


「一つだけ事情がある」

「事情?」

「ヴァイス中佐は三十二歳だ」


 十四歳差。

 少し年上だけれど、不思議というほどではない。


「そのお年なら……」


 お母様が言いにくそうに続けた。


「初婚ではありませんわよね」

「そうだ」


 お父様は静かに頷いた。


「少し前、離婚した」

「……え?」


 思わず固まった。


 離婚。

 つまり、一度結婚していたということ?


「それで、この縁談なんですか?」

「ああ」

「なるほど……」


 なるほど。

 ……いや。

 全然なるほどじゃない。

 ますます分からなくなってしまった。


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