番外編1 ある令息の失恋
これは、本編より少しだけ未来の話
◇◇◇
高級軍人とその家族が集まる晩餐会。
正直、退屈だった。
父上は将軍たちと話し込んでいる。
母上は夫人方の輪の中。
同年代の若者もいるにはいるが、政治や出世の話ばかりだ。
息が詰まりそうだった。
少し空気を吸おう。
そう思って会場を見回した、その時だった。
ふと視界の端に、一人の少女が映った。
思わず二度見した。
可愛い。
ものすごく可愛い。
淡い金色の髪。
白いドレス。
青く澄んだ瞳。
しかし。
華やかな会場なのに、なぜか壁際で小動物のように周囲を見回している。
しかも落ち着きなくキョロキョロしていた。
(誰だろう)
見たことがない。
貴族令嬢なら多少は顔を知っている。
だが彼女は知らない。
どこかの軍人の娘だろうか。
しかし妙に気になった。
話しかけるか?
いや、突然は失礼では?
でも、このまま見送ったら二度と会えないかもしれない。
数秒悩んだ末、意を決した。
「失礼」
彼女がびくっとした。
青い瞳がこちらを向く。
近くで見るとさらに可愛い。
「な、なんでしょう?」
「あの……何かお困りですか?」
彼女は一瞬だけ迷う顔をした。
そして。
「実は」
こそこそと身を寄せてきた。
「どこに行けばいいのかわかりません」
「はい?」
「迷子になりました」
あまりにも真顔だった。
思わず吹き出しそうになる。
「迷子?」
「はい」
「この会場で?」
「はい」
迷いが一切ない即答だった。
なんだ、この子。
可愛い。
「誰を探しているんですか?」
「モンフォール少将夫人様です」
「ああ」
なんとなく察した。
たぶん軍関係者の家族だ。
会場の奥、夫人たちが集まる一角を指差す。
「たぶんあちらですよ」
彼女の顔がぱっと明るくなった。
「本当ですか!」
「たぶんですけど」
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げる。
礼儀正しい。
それから小走りで去っていった。
数歩進み。
振り返る。
「助かりました!」
満面の笑顔。
そしてまた走っていった。
しばらくその背中を見送る。
なんだろう。
嵐みたいな子だった。
「……可愛かったな」
思わず呟く。
名前を聞けばよかった。
どこの家の令嬢だったのだろう。
また会えるだろうか。
そんなことを考えながら席へ戻った。
◇◇◇
「父上!」
席へ戻るなり言った。
父上は軍の知人と話していたが、こちらを見る。
「どうした」
「今、ものすごく可愛い娘を見ました」
父上が呆れた顔になった。
「お前な……」
「本当ですって」
母上まで面白そうな顔をする。
「どんな子だったの?」
「金髪で、青い目で、白いドレスで」
ふむふむと母上が頷く。
「それで?」
「なんか壁際で迷子になってました」
「迷子?」
「はい」
思い出して少し笑う。
「どこに行けばいいかわかりませんって」
母上が吹き出した。
だが父上だけは妙な顔をしていた。
「待て」
「はい?」
「金髪で青い目か」
「そうです」
「白いドレス」
「そうです」
「小柄で」
「そうです」
父上の顔がだんだん険しくなる。
嫌な予感がした。
「……もしかして」
父上が会場の一角を見る。
「あの娘か」
「え?」
つられて見る。
少し離れた場所。
軍人たちの輪の中だった。
そこにいた。
さっきの彼女。
そして。
隣には勲章だらけの壮年の将軍。
「父上」
「なんだ」
「あの人誰です?」
父は頭を抱えた。
「英雄ヴァイス少将だ」
「へえ」
有名人だ。
軍に興味のない自分でも知っている。
「で、その隣の娘さんは?」
父上はしばらく沈黙した。
そして諦めたように言う。
「ヴァイス少将夫人だ」
「……は?」
一瞬理解できなかった。
「夫人?」
「夫人だ」
「奥様?」
「奥様だ」
恋は終わった。
あまりにも一瞬だった。
出会って十分も経っていない。
史上最速記録かもしれない。
母上が肩を震わせている。
絶対笑っている。
「まあ元気出しなさい」
「母上……」
「世の中そんなものよ」
父上がさらに追い打ちをかける。
「それにあの方は」
声を潜めた。
「白百合の幻姫だ」
「え?」
今度は別の意味で驚いた。
思わずもう一度少女を見る。
どう見ても。
ついさっきまで迷子になっていた娘だ。
「父上」
「なんだ」
「白百合の幻姫って」
「なんだ」
「もっと絶世の美女みたいな人じゃないんですか」
父上の眉がぴくりと動いた。
「は?」
「ほら、噂だと近寄りがたい美貌とか、孤高の存在とか」
彼女を見る。
少将夫人と話している。
なんだか楽しそうだ。
ころころ表情が変わっている。
「美女っていうより可愛い系ですし」
父の眉がさらに上がる。
「その…普通って感じじゃないですか」
父上は深々とため息をついた。
そして。
「お前」
「はい」
「一目惚れしたんだろう」
「うっ」
「めちゃくちゃ可愛い娘がいたと騒いでいたのは誰だ」
「それは」
「その口で普通と言うのか」
反論できなかった。
母上がとうとう吹き出した。
父上まで苦笑する。
「白百合の幻姫も大変だな」
何がだろうと思ったが。
少し考えて理解した。
たぶん。
世間が勝手に伝説にしているだけなのだ。
世間は勝手に伝説を作る。
英雄。
幻姫。
近寄り難い高嶺の花。
実際は。
迷子になって、
知らない男に道を聞いて、
「ありがとうございます」と満面の笑みを向ける、
そんな、ごく普通の可愛い女の子だった。
だからこそ。
余計に忘れられそうになかった。
リアンヌの一人称文体だと、逆にリアンヌの描写が足りない。
ということで付け足した番外編です。
彼女は周りからどう映っているのか。
というところをクライマックス前に描写しておきたかったのでした。
そしてクライマックスの伏線です。
中佐さん、大佐すっとばして少将になっちゃってますね。
ということで。
次回からクライマックス。
英雄誕生編に入ります。




