元妻対決編8 だから、本当にやめてくださいー!!
「離婚したから降格したって聞きました」
私がそう切り出すと、マリアンヌさんは露骨に顔をしかめた。
「ああ、その話ね」
心底うんざりした声だった。
「半分だけ正解」
「半分?」
「次官閣下が婚族だったの」
私は頷く。
軍部省次官。
第三派閥の中心人物。
「だから多少問題を起こしても庇われていたのよ」
「多少?」
「……多少じゃなかった気もするけど」
私は思わず黙る。
少しだけ想像できてしまった。
「離婚した」
彼女は肩をすくめる。
「そうしたら、遠慮する理由がなくなっただけ」
なるほど。
「容赦なく怒られるようになったの」
思っていたより、ずっと現実的だった。
陰謀というより、人間関係である。
その時だった。
「だいたい、あの男は問題行動が多すぎるのよ!」
突然テーブルを叩いた。
「ひゃいっ!」
私は肩を跳ねさせる。
「覚悟しておきなさい」
急に真顔になる。
「三回に一回くらい」
私は身構える。
「『怒られました……』って帰ってくるから」
私は即座に頷いた。
「やっぱり」
「何で信じるのよ」
「心当たりがあります」
マリアンヌさんは額を押さえた。
「ちゃんと反省はするのよ」
「はい」
「でも数か月後にはまた怒られてる」
「はい」
「何なのかしら、あれ」
私に聞かれても困る。
「その代わり」
彼女は少し笑う。
「五回に一回くらいは凄いことするみたい」
「みたい?」
「本人が認めないから」
私は思わず笑った。
ものすごく想像できる。
「本人は?」
「失敗したみたいな顔」
やっぱり。
「周りの評価と本人の自己評価が、まるで噛み合ってないのよ」
私は少し考えた。
そして、ふと思いついた。
「あ」
「なによ」
「みんな同じですね」
「……は?」
「白百合の幻姫」
自分を指差す。
「英雄中佐」
空を指差す。
「悲劇の元奥様」
最後にマリアンヌさんを見る。
「本人が思っている自分と、周りが勝手に作った姿が全然違う」
私は小さく笑った。
「みんな、噂の被害者です」
数秒の沈黙。
やがてマリアンヌさんは肩を震わせ、くすりと笑った。
「なるほど」
その笑顔は、この日初めて見るくらい自然だった。
「そういう見方は、したことがなかったわ。」
◇◇◇
いつの間にか、ずいぶん時間が過ぎていた。
最初は怖かった。
元奥様とのお茶会。
修羅場になるかもしれない。
そう思って、この屋敷へ足を運んだ。
でも気がつけば。
笑って。
驚いて。
一緒にため息をついて。
まるで昔からの知り合いと話していたような、不思議な時間になっていた。
「そういえば」
私は首を傾げた。
「今日のご用件って、何だったんですか?」
マリアンヌさんが目をぱちりと瞬かせる。
「……今さら?」
「今さらです」
彼女は少し考え込むように視線を泳がせたあと、くすりと笑った。
「悲劇の元妻としてはね」
嫌な予感。
本日何度目か分からない、ゾクリとするような身構えが私を襲う。
「私の分まで、あの人を幸せにしてあげて――って直接言っておくのが、一番有利なのよ」
私は思わず瞬きをした。
「有利?」
「ええ」
優雅に紅茶を一口。
「そうすれば、あとは世間が勝手に盛り上げてくれるでしょう?」
彼女は肩をすくめる。
「『元妻は身を引き、幸せを願って送り出した』なんて、美談が大好きな人達だもの」
さらりと笑う。
「これで私は、未練がましく元夫の邪魔をする悪女じゃなくなる」
そして、悪戯っぽく笑った。
「勝手に『マリアンヌ様、なんて気高く、おいたわしい方なの……!』って持ち上げてくれるわ」
私は思わず苦笑した。
少将夫人とは違う。
この人もまた。
王都という巨大な社交界を生き抜いてきた人なのだ。
したたかで。
でも、そのしたたかさは、自分を守るために身につけた鎧なのだろう。
「……それだけですか?」
「それだけ」
即答だった。
けれど。
少しだけ間を置いてから、彼女は静かに付け加えた。
「どんな子なのか、この目で見てみたかったのもあるけど」
私は思わず息をのんだ。
マリアンヌさんは穏やかに笑う。
「安心したわ」
「え?」
「少なくとも」
ほんの少しだけ視線を伏せる。
「私よりは、上手くやれそうだから」
その一言には。
今日初めて聞く、本当の祝福が込められていた。
私は何も言えなかった。
ただ胸の奥が、じんわりと温かくなる。
この人は。
きっともう、過去を責めてはいない。
◇◇◇
私は椅子から立ち上がると、深く頭を下げた。
「今日は、本当にありがとうございました」
「こちらこそ」
マリアンヌさんも立ち上がる。
「楽しかったわ」
その言葉に、私は自然と笑みを返した。
――これで終わり。
そう思った、その時だった。
「そうそう」
最後の最後で、また嫌な予感。
「白百合の幻姫は、元妻の嫌味にもまったく動じず」
「・・・・・・」
「そのまま手なずけてしまった――って噂だけは流しておくわね」
私は全力で叫んだ。
「やめてくださーーーい!!」
初夏の薔薇園に悲鳴が響き渡る。
マリアンヌさんは鈴を転がすように笑い続けていた。
その笑顔を見て、私も思わず笑ってしまう。
もう、この人は怖い人ではなかった。
元妻でも、恋敵でもない。
きっとこれから先も、ときどきお茶を飲みながら、一緒に中佐さんの困った話で笑い合う。
――そんな未来が、少しだけ見えた気がした。
執筆の裏話です。
各AIさんたちの意見は一致してました。
「元嫁だせ」
しかも
「悪役にはするな」
「私の代わりにあの人を幸せにしてあげて。と言わせろ」
どんな気持ち悪いキャラやねん…。
ということで、本作で一番悩んだのがマリアンヌの造形でした。
人気でそうなサバサバ系お姉さんにしてみました。
レオンもリアンヌものんびり屋なので。
着火役がいないと、たぶん永久に進展しません。
ということで、クライマックスで。
ブーストを点火する役どころをしてもらいます。




