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元妻対決編7 被害者同盟

「今回の作戦が終わったら、婚約発表ですって?」


 私は危うく紅茶を吹きそうになった。


「ま、まだそんなところまで行ってません!」


 慌てて否定すると、マリアンヌさんは小さく首を傾げた。


「あら?」

「あら、じゃありません!」


 どこからそんな話になったのだろう。


「聞いた話だとね」

 嫌な予感しかしない。

「王弟殿下の随員をしていたレオンが」

「はい」

「軍を抜け出して」

「はい?」

「お忍びで、あなたの町へやって来て」

「待ってください」

「二人きりで密会」

「してません」

「将来を約束し合ったとか」

「してません!」


 思わずテーブルに身を乗り出した。


「場所は町のお茶屋さんです!」

「ええ」

「個室でも何でもありません!」

「ええ」

「なんなら町の皆さんみんなに見られてました!」


 しばらく沈黙が流れる。


 マリアンヌさんはゆっくり目を閉じ、大きく息を吐いた。


「……やっぱりそうよね」

 深いため息。

「どう考えても、あの男がそんな格好いいことできるわけないもの」


 私は思わず吹き出した。


「そんなにですか?」

「そんなによ」

 即答だった。

「断言できるわ」

 そして指を一本立てる。

「月明かりの庭園で待ち合わせ」

 ない。

「人払いした秘密の逢瀬」

 ない。

「駆け落ちの約束」

 もっとない。


「やるとしたら」

 マリアンヌさんは真顔になった。

「三週間前には正式な申請書を出してる」


 私は耐えきれず笑ってしまった。

「言いそうです」

「言うわ」

「『許可は取ってあります』って」

「そのまま言うわね」


 二人で顔を見合わせて笑った。


 不思議だった。

 目の前にいるのは、中佐さんの元奥様。

 本来なら一番緊張するはずの相手なのに。


 いつの間にか私たちは、「レオン・ド・ヴァイスという男に振り回された者同士」のような空気になっていた。


◇◇◇


「世間って、勝手に物語を作るのよ」


 マリアンヌさんは紅茶を一口飲んだ。


「誰が派閥争いに巻き込まれて引き裂かれた悲劇の夫婦よ」

 彼女は鼻で笑った。

「……なめないでほしいわ」


 私は恐る恐る尋ねる。


「違うんですか?」

「違うわ」

 間髪入れず返ってきた。

「他に好きな男ができただけ」


 私は固まった。


 え。

 ……え?


 そんなことを、そんなにあっさり言うの?


 私が言葉を失っていると、マリアンヌさんは肩をすくめた。


「そういうことに、しておきなさい」


 その横顔を見た瞬間だった。


 違う。

 これは、本音じゃない。

 それ以上聞かないで。

 そんな静かな拒絶が、その笑顔の奥に隠れていた。


 私は黙って紅茶へ視線を落とした。

 しばらく風だけが薔薇を揺らしていた。


 やがて。

「彼が悪いわけじゃないの」

 ぽつり、と彼女が言った。


 私は顔を上げる。


「軍のお偉いさん達も、本当に便利使いするのよ」

 苦笑する。

「ほとんど家にいないんだから」

 その声には責める色より、諦めの方が強かった。


「数回会って」

 私は静かに頷く。

「結婚して」

 また頷く。

 まるで今の私たちと同じだ。

「これから少しずつ、お互いを知っていこうと思っていたの」

 彼女は薔薇の向こうを眺めた。

「なのに長期出張」

 私は思わず顔をしかめる。

「軍も、少しは考えなさいよって思ったわ」

 思わず笑ってしまう。


「うちの父も兄も軍部省勤めが多かったから」

 マリアンヌさんは続ける。

「だから、軍人の妻といっても、普通の貴族のお家とそんなに変わらないと思ってた」

 夕方になれば帰ってくる。

 一緒に食卓を囲む。

 そんな、当たり前の毎日。

「……全然違ったわ」


 たった一言。

 なのに、その重さだけは胸に残った。


「今思えば」

 彼女は小さく笑う。

「他にやり方はあったのかもしれない」


 少しだけ間を置く。


「でも、もう終わった話よ」


 その笑顔は、とても綺麗だった。

 だからこそ、少しだけ寂しかった。


 私は、その瞬間ようやく理解した。


 この人は「元妻」という肩書ではない。


 誰より近くでレオン・ド・ヴァイスという一人の男を愛し、誰よりその不器用さに振り回され、そして誰より長い時間を共に生きた人なのだと。

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