表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
32/49

元妻対決編6 いよいよ直接対決

 王都の一角にある、見事なバラ園。

 初夏の風が花々の香りを運び、甘く瑞々しい空気が辺りを満たしている。


 本来なら、胸が弾むような美しいお茶会の会場。

 ……の、はずだった。


 私はその入口の前で、幽霊のように青ざめた顔のまま立ち尽くしていた。


 帰っていいだろうか。

 今からでも。

 体調不良とか。

 急用とか。

 何か理由は――。

 残念ながら、一つも思いつかなかった。


「こちらへどうぞ」


 案内役に促される。

 歩く。

 逃げ場はない。


 マリアンヌ・ド・ベルクレール。


 レオン中佐の元奥様。


 最初は勝手に、気位の高いわがままなお嬢様を想像していた。


 けれど少将夫人から話を聞いた今は違う。


 派閥争いに翻弄された人。

 もしかしたら、静かで穏やかな人なのかもしれない。


 そんなことを考えながら歩いていると――。


 庭園の東屋で、一人の女性が立ち上がった。


 私は思わず息を呑む。


 美しい。

 それは間違いない。

 けれど、その美しさは花のような柔らかさではなく、研ぎ澄まされた剣のようだった。


 背筋は真っすぐ。

 視線も真っすぐ。

 その場の空気まで引き締まるような人。


 私は慌ててカーテシーをした。

「ほ、本日はお招きいただき、誠にありがとうございます……!」


 よし、ちゃんと言えた。たぶん。

 噛んでない。たぶん、ギリギリ噛まなかったはずだ。


 マリアンヌさんも、流れるような所作で礼を返す。

 その一つ一つが、美しかった。

 私の泥縄式カーテシーとは比べ物にならない。

 さすがは名門貴族の令嬢だ。


 そして。

 テーブルに着くと、沈黙が降りた。


 誰か助けて。

 少将夫人。

 今ならまだ間に合います。

 そんなことを本気で考えていた。


 マリアンヌさんは静かに私を見ている。


 怒っているようには見えない。

 でも笑ってもいない。

 何を考えているんだろう。


 その沈黙を破ったのは、彼女だった。


「白百合の幻姫なんて聞いていたから」


 私は反射的に背筋を伸ばした。


 来る。

 先制攻撃。


「一体どんな方かと思っていたけれど――」

 一拍。

「普通ね」


「そうなんです!」

 私は思わず身を乗り出した。

「私、ただの田舎娘なんです!」


 マリアンヌさんがぱちりと瞬きをする。


「みんなが勝手に話を盛るんです!」

「え?」

「やっと話が通じる人に会えました!」


 胸がいっぱいだった。

 本当に。


 少将夫人も。

 町のみんなも。

 学校の友達も。

 誰一人信じてくれなかった。

 なのに、この人は最初の一言で見抜いてくれた。

 救世主だ。


 ……そう思った次の瞬間だった。


「ふっ……」

 マリアンヌさんが吹き出した。

「ふふっ……!」

 肩を震わせる。


 笑っている。

 しかも、どんどん笑いが大きくなる。


「何がおかしいんですか!」


 私は大真面目に抗議した。

 せっかく心が通じ合えたと思ったのに。


 すると彼女は笑いを堪えながら首を振る。

「ごめんなさい」

 深呼吸を一つ。

「レオンも、初めて会った時に似たようなことを言っていたものだから」


 私は、一瞬でカチコチに固まった。


「……え? 中佐さんが、ですか?」

「ええ、そうよ」---


 マリアンヌさんは、くすりと笑う。


「『峠の英雄』なんて呼ばれているから、どんな人かと思ったら」

 少しだけ声色を変える。

「『自分はただの引きこもりです』って」


 私は吹き出した。


「ああ……言いそうです!」

「でしょう?」

「ものすごく言いそうです!」


 二人で顔を見合わせて笑った。


 思い返せば、お見合いの日もそうだった。

 砦に引きこもっていたら英雄になった。

 大会戦では怒られて降格した。

 そんな話ばかりしていた。


 英雄なのに。

 本人だけが、まるで英雄だと思っていない。


「なるほどね」


 マリアンヌさんが、どこか納得したように呟く。


「レオンが気に入るわけだわ」


 私は危うく紅茶をこぼしかけた。


「ち、違います!」

 慌ててカップを支える。

「私なんて全然そんな人じゃありません!」


 マリアンヌさんは私をじっと見つめたあと、小さく笑った。


「自称普通の令嬢さん」


 なんだろう、その呼び方。

 なんだか少しだけ、釈然としないけれど。


「普通ならね」

 彼女は紅茶を一口飲む。

「今日は来ないわ」

「え?」


「元妻からのお茶会への招待」

 一本目の指。

「取り巻きに囲まれて」

 二本目。

「言葉の刃で滅多刺し」

 三本目。


「そういう想像をしなかった?」

「しました」


 私は、ごまかさずに即答した。


「家族にも心配されました」

「それでも来たの?」


 私は少しだけ考えた。


「事情を知らないまま、人を悪く思いたくなかったので」


 マリアンヌさんは、一瞬だけ目を細めた。


 その表情はすぐ元に戻る。


「……そう」

「何なら、今でも怖いです」

「怖いの?」

「はい」

「今も?」

「今も」

「私が?」

「はい」


 しばらく沈黙が続いた。


 そして。

「じゃあ、どうして来たのよ」

「少将夫人に行ってこいと言われたんです」

「……は?」

「行ってこい、と」

「それは聞いたわ」

「なので来ました」

「…………」


 長い沈黙だった。


 私は首を傾げる。

 何か変なことを言っただろうか。


 やがて彼女は聞いた。

「じゃあ、せめて味方を連れて来ようとは思わなかったの?」

 私は考える。

 そして。

「あ」

「なによ」

「私」

 正直に答えた。

「ぼっちなんです」


 沈黙。

 初夏の風が、バラの花をそっと揺らした。


 マリアンヌさんは遠くを見つめたまま、しばらく何も言わない。


 やがて、小さく息を吐いた。


「……そう」

 それだけだった。


 私は待つ。


 すると彼女は額に手を当て、小さく苦笑した。

「あなた」

「はい」

「本当に裏表がないのね」


 私は首を傾げる。

 褒められたのだろうか。

 それとも呆れられたのだろうか。


 その真意は、まだよく分からなかった。


 けれど。


 最初に庭園で感じた、息苦しいほどの緊張は、いつの間にか少しだけ和らいでいることに、私はまだ気づいていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ