元妻対決編5 だから、やめてくださいー!!
「この二人の破局はね」
少将夫人は、冷めかけた紅茶を見つめながら、静かに口を開いた。
「派閥争いに巻き込まれた悲劇として……当時は社交界でも随分と話題になったのよ」
私は、ただぽかんと口を開けて、その言葉を聞くことしかできなかった。
知らなかった。
本当に、何一つ知らなかった。
私が王都の学校で、お花の手入れをしたり、弟や妹へのお土産を考えたりしていた頃。
同じ王都のどこかで、そんな人生を左右するような出来事が起きていたなんて、想像すらしていなかった。
「……全然、知らなかったです」
「でしょうね」
少将夫人は責めることなく、穏やかに頷く。
「表向きは『性格の不一致』で片付けられているもの。部外者が事情まで知っている方が珍しいわ」
私は小さく息を吐いた。
少なくとも、知らなかったのは私だけではないらしい。
ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
――ところが。
少将夫人の口元が、ゆっくりと持ち上がった。
嫌な予感。
この笑い方。
私はもう知っている。
この人がこんな顔をする時は、たいてい私に特大の爆弾が飛んでくる。
「……でもね」
きた。
「そこへ現れたのが、あなたなのよ」
「……はい?」
嫌な予感しかしない。
夫人は楽しそうに指を一本立てた。
「権力闘争に翻弄された悲劇の英雄」
二本目。
「離婚してもなお誠実に国へ尽くす中佐」
三本目。
「そこへ現れた、派閥争いとは無縁の『白百合の幻姫』」
嫌だ。
嫌な完成形しか見えない。
「社交界の人たちはね」
夫人は満面の笑みで宣言した。
「『白百合の幻姫が、傷ついた英雄を救いに現れた』って、本気で思っているのよ」
私は机へ勢いよく突っ伏した。
「だから違いますってばーーー!!」
全力で否定する。
「私はそんな立派な人間じゃありません!」
「知ってるわ」
「家では弟と妹の喧嘩も止められません!」
「知ってるわ」
「この前なんて、八百屋へ行こうとして隣町まで行きかけたんですよ!」
少将夫人がぷっと吹き出した。
「ふふっ……そんなことがあったの?」
「笑い事じゃありません!」
私は半泣きだった。
少将夫人は笑いながら首を横に振る。
「でもね、世間はそんな現実なんて見ないものよ」
「見てください……」
「無理ね」
即答だった。
私はソファへ崩れ落ちた。
夫人は楽しそうに続ける。
「果たしてヴァイス中佐は今度こそ幸せになれるのか」
私は固まる。
「国中がワクワクしながら見守ってるの」
「やめてくださーーーーーーい!!」
私の悲鳴が、応接室いっぱいに響き渡る。
少将夫人は、お腹を押さえて笑い転げていた。
私は再びソファへ崩れ落ち、大きくため息をつく。
……私は。
元奥様から届いた招待状の理由を知りたくて、真面目な相談に来たはずだった。
それなのに、気が付けば王都中から恋物語の主人公扱いされているらしい。
しかも、その恋物語の前には、本物の悲劇があった。
だからこそ――。
元奥様から届いた、あの一通の招待状。
あれはきっと、私が思っていた以上に、多くの人が固唾をのんで見守る出来事なのだ。
その事実だけは、笑いながら聞き流すことはできなかった。




