元妻対決編4 全てがつながった……
「ヴァイス中佐は、紛れもない『王弟派』よね?」
少将夫人に確かめるように尋ねられ、私はこくりと頷いた。
「……らしいです」
「じゃあ、どうして王弟派なのかは知っている?」
今度こそ、お父様の特訓の成果を見せる時だ。
私は胸を張った。
「はい! そのお話なら聞きました!」
「へぇ」
少将夫人が少し意外そうに眉を上げる。
「中佐さんが若い頃、同郷の大先輩だったクレルモン中将閣下に目をかけてもらって、それ以来ずっと可愛がられてきたんですよね」
私は指を折りながら説明する。
「それで、その先輩が王弟派の重鎮だったので、中佐さんも自然と王弟派になった、と」
言い終えて満足げに頷く。
完璧だ。
そう思った。
しかし少将夫人は、なぜか困ったように微笑んだ。
「ああ……子爵は、そう説明したのね」
その一言で嫌な予感が広がる。
「……違うんですか?」
「間違いではないわ」
夫人は静かに首を振った。
「でも、一番大事な部分が抜けているの」
まただ。
この人が「補足」と言う時は、大抵、世界の見え方が変わる。
私はそっとソファの端を握り締めた。
少将夫人は何でもないことのように言う。
「ヴァイス男爵家は、代々クレルモン伯爵家に仕えてきた家柄なのよ」
私は止まった。
「……え?」
「あら。知らなかった?」
知らない。
そんな話は初耳だった。
私は頭の中を必死に整理する。
クレルモン中将。
同郷の先輩。
恩人。
そこまでは知っていた。
でも――。
「仕えてきた……?」
かすれた声で聞き返す。
少将夫人は静かに頷いた。
「ただ仲の良い先輩後輩という話ではないの」
一呼吸置いて続ける。
「何代も前から続く、主家と家臣の関係よ」
私は言葉を失った。
何代も前から。
つまり。
中佐さんが生まれるより、ずっと前から。
ヴァイス家はクレルモン家に仕えていた。
「じゃあ……」
ようやく声を絞り出す。
「中佐さんが軍に入る前から、もう……?」
「ええ」
少将夫人は迷いなく答えた。
「クレルモン家の家臣として軍務に就き、クレルモン家の旗の下で戦う。それは、おそらく物心つく前から決まっていたことでしょうね」
私は天井を見上げた。
同郷の優しい先輩。
才能を見出してくれた恩人。
私は勝手に、そんな美談を思い描いていた。
でも違う。
もっと古く。
もっと重く。
もっと逃れようのない話だった。
友情ではない。
偶然でもない。
何世代にもわたって受け継がれてきた主従の絆。
レオン・ド・ヴァイスという人は、生まれた時から、その歴史を背負っていたのだ。
◇◇◇
私は震える指を一本ずつ折りながら、今聞いた話を必死に頭の中で並べ直した。
「ええっと……」
少将夫人は急かさず、静かに頷く。
「いいわよ。ゆっくり整理してみなさい」
私は深く息を吸い込んだ。
「ヴァイス中佐は、王弟派」
「そう」
「それは、ヴァイス男爵家が代々クレルモン伯爵家の家臣だから」
自由意思ではない。
家として受け継がれてきた、逃れられない立場。
「そうね」
「つまり、中佐さんのご実家そのものが、筋金入りの王弟派」
「その通りよ」
私は一本目の指を折る。
「それで……中佐さんは、同じ王弟派だったベルクレール子爵家のお嬢様と結婚した」
「ええ。当時はまだ、ベルクレール家も王弟派の一員だったわ」
二本目の指を折る。
「でも、そのあと……ベルクレール家が王弟派を離れて、軍部省次官派……第三派閥へ移った」
「そういうこと」
三本目の指を折ったところで、私は動けなくなった。
王弟派。
クレルモン家。
その家臣であるヴァイス家。
そしてレオン・ド・ヴァイス中佐。
一方で、ベルクレール家は第三派閥へ。
その娘だったマリアンヌ様。
――その二人が、夫婦だった。
「あ……」
思わず声が漏れる。
そういうことだったのか。
頭の中で、ばらばらだった話が一本の糸で繋がっていく。
少将夫人は、そんな私を静かに見つめていた。
「……分かったかしら、リアンヌちゃん」
私はゆっくり頷く。
「……はい」
自分でも驚くほど、小さな声だった。
「たぶん……分かりました」
夫人は何も急かさない。
私は胸の奥の重たい塊を抱えたまま、ようやく言葉を探した。
「中佐さんが王都で巻き込まれたっていう……あの派閥争いは……」
一度息を飲む。
「自分の実家と……」
喉が詰まる。
「奥様の実家との、板挟みだったんですね……」
少将夫人は静かに頷いた。
「――そういうことよ」
その表情には、いつもの悪戯っぽい笑みはどこにもなかった。
ただ、一人の若者の苦しみを知る人だけが浮かべられる、静かな痛みがあった。
◇◇◇
私は完全に言葉を失った。
今まで、お父様から「派閥争い」だの「権力闘争」だのという話を聞いても、どこか歴史の教科書の出来事のように思っていた。
雲の上のお偉い貴族たちが繰り広げる権力ゲーム。
田舎の落ちぶれ子爵令嬢には、一生縁のない世界。
そう思っていた。
でも、違った。
レオン・ド・ヴァイス中佐は、その真ん中に立たされていたのだ。
生まれ育った家は王弟派。
妻の実家は第三派閥。
どちらも自分にとって大切な人たちで、どちらも簡単には切り捨てられない。
私は、町のお茶屋さんでの彼を思い出した。
砦を守り抜いた話をする時も。
多くの仲間を失った大会戦の話をする時も。
降格になった話をする時でさえ。
あの人はいつも、少し困ったように笑っていた。
まるで、自分とは関係のない昔話でも語るように。
でも――。
今になって思う。
もしかしたら。
銃弾が飛び交う戦場よりも。
血が流れる最前線よりも。
愛する人と、生まれ育った家との間で引き裂かれ続けた王都の日々の方が。
あの人にとっては、ずっと苦しかったのではないだろうか。
応接室には静かな沈黙が流れていた。
やがて少将夫人が、ぽつりと口を開く。
「だからね」
私は顔を上げた。
夫人の眼差しは、母のように優しかった。
「あなた、このあとマリアンヌさんのお話を聞きに行くのでしょう?」
私は小さく頷く。
夫人は少しだけ間を置き、穏やかに言った。
「どうか、正しい人と悪い人を決めようとしないで、お話を聞いてあげて」
私は息を呑む。
「立場が違えば、皆それぞれ、自分なりの正しさを抱えて生きていたのだから」
胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
私は何も言えなかった。
ただ、深く、深く頷く。
たぶん、この権力争いの中には。
誰か一人だけが悪い、そんな簡単な物語はなかった。
時代の大きな流れに翻弄され、自分の立場から逃げることもできず、それでも懸命に生きようとした人たち。
ただ、それだけだったのだ。




