表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
29/49

元妻対決編3 またしても軍隊講義

「ベルクレール子爵家って、どういう家柄か知ってる?」


 少将夫人が、試すような眼差しで尋ねた。


 私は正直に、ぶんぶんと首を振る。

「いえ、全く知りません」


「ヴィルヌーヴ伯爵家の、かなり近い傍流にあたるお家よ」


 ヴィルヌーヴ。

 私は紅茶のカップを持ったまま、頭の中を必死に探る。


 どこかで聞いた名前だ。

 それも、つい最近。

 ええと、お父様の軍隊講義で――。


「あっ!」

 思わず顔を上げる。

「あの、『三番目の大将さん』ですか!?」


 少将夫人が吹き出した。

「ふふっ……何、その呼び方」

「ええっと……軍部省次官閣下、でしたっけ?」

「そう。その方よ」


 私はその場で固まった。

 軍部省次官。

 第三派閥の長。

 また、とんでもなく偉い人が出てきてしまった。


 私は思わず頭を抱える。


「……どうして皆さんの周りには、そんな偉い方ばかりいるんですか」


 少将夫人はくすりと笑った。


「私の周りじゃないわ」

 一拍置く。

「もう、あなたの周りでも起きていることなのよ」


 慰めになっていない。

 まったくなっていない。


 私は思わず遠い目になった。


 すると少将夫人が、ふっと表情を引き締める。


「じゃあ確認しましょうか」

「はい」

「現在の軍部の派閥争い。その構図は覚えている?」


 私は胸を張った。

「バッチリです!」

「へぇ?」

 少将夫人が少し驚いたように眉を上げる。


 私は人差し指を一本立てた。

「まず、王弟殿下派閥」

 二本目。

「参謀本部総長派閥」

 三本目。

「軍部省次官派閥です」

 さらに胸を張る。

「現在、一番勢いがあるのは総長派です!」


 少将夫人は満足そうに頷いた。

「その通り。ちゃんと勉強しているのね」


 やった。

 あの少将夫人に褒められた。

 私は思わず鼻が高くなる。


 ……ところが。


「では」

 夫人がにっこり笑った。

 嫌な予感しかしない。

「どうして総長派が一番優勢なのかしら?」


 しまった。

 そこまでは考えていなかった。


 私は再び固まる。

 どうしてだろう。

 必死に頭の引き出しをひっくり返す。


「ええっと……」

 何とか一つ思いついた。

「総長閣下が、とても人気者だから……でしょうか?」


 少将夫人が吹き出す。

「ふふっ。間違ってはいないけれど」

 違うらしい。

「確かに、あの方は人望があるわ。それは事実よ」

「ですよね!」

「でも、一番大きな理由は別」


 夫人は紅茶のカップを静かに置いた。


「もともと王弟派の重鎮だったヴィルヌーヴ大将が、独立して第三派閥を作ったからよ」


 私は首を傾げた。

「あれ……?」

 何かがおかしい。

 私の中の常識と噛み合わない。


「でも……」

 私は恐る恐る尋ねる。

「王弟殿下の方が、ずっと偉いですよね?」

「もちろん」

「なのに、その部下だった方が勝手に独立しちゃったんですか?」

「そういうこと」


 私は腕を組み、うーんとうなった。

 考える。

 考える。

 そして、ようやく一つの疑問に行き着いた。


「……それ」

 私は首を傾げる。

「王弟殿下に怒られないんですか?」


 一瞬の静寂。


 次の瞬間。

 少将夫人は堪えきれなくなったように笑い出した。


「あはははは!」


 肩を震わせ、お腹を押さえる。

「あなた、本当に面白い子ね」

「えっ?」


 私はますます分からなくなってしまった。


「もちろん、裏ではそれはそれは色々なドロドロがあったでしょうね」


 笑いを収めた少将夫人が、少しだけ声を落とした。


「でもね。軍部なんて、国全体から見ればほんの一部に過ぎないのよ」


 私はこくこくと頷く。


「王弟派だの総長派だのと、軍の中では大騒ぎしているけれど、その外側にはもっと大きな争いがいくらでもあるわ」

「もっと大きな……ですか?」

「そう。たとえば、国を動かす政治家たちと軍との対立ね」


 私は固まった。

 まだ上がいるの?

 軍の偉い人たちだけでも頭が痛いのに、そのさらに上なんて勘弁してほしい。


「まあ、どこの国でも歴史を見れば珍しくない話よ」


 夫人はさらりと言う。

 でも、私には珍しすぎる。


 私は腕を組み、うーんとうなった。

 難しい。

 難しいけれど、何とか分かりやすく考えたい。


 その時、ふっと一つの例えが浮かんだ。


「ええと……!」

「何か思いついた?」


「つまり……普段はクラスの中で小競り合いしてる子たちも、クラス対抗戦になったら全員で一致団結する、みたいな感じですか?」


 応接室が静まり返った。


 しまった。

 子どもみたいな例えをしてしまっただろうか。


 少将夫人は驚いたように私を見つめ、そのまま黙って考え込む。


 そして、ゆっくりと微笑んだ。


「……だいたい合ってるわね」


「やったー!」


 思わず両手を上げる。

 夫人はとうとう吹き出した。


「ふふっ。本当にそんなに嬉しいの?」

「嬉しいですとも!」


 難しい話が分かると、素直に嬉しい。


 そんな私を見て、夫人はくすくす笑う。


「あなた、本当に不思議な子ね、リアンヌちゃん」

「そうですか?」

「組織の名前や階級はすぐ忘れるのに……」


 失礼である。

 私だって、だいたいは覚えている。たぶん。


 夫人は笑みを浮かべたまま続けた。


「その代わり、物事の本質だけは、不思議なくらい見抜いてしまうのよ」

「本質……?」


 私は首を傾げる。

 褒められているのかどうか、よく分からない。


 でも少将夫人は、それ以上説明せず、どこか楽しそうに紅茶へ口をつけた。


 少将夫人は、さらに言葉を続けた。


「この国はね、少し特殊な構造になっているのよ」


 私は背筋をぴんと伸ばした。


「我が国では、王弟殿下が軍の最高司令官を務めておられるでしょう?」

「はい」

「だからこそ、軍の発言力は他国よりずっと強いの」

「ふむふむ……」

「でも、それを面白く思わないのが、議会を牛耳る政治家の貴族たちよ。本来は政治家が決めるはずの予算や国家方針にまで、軍が口を出してくるように見えるからね」


 私は腕を組んだ。


 国家予算。

 国政。

 利権。


 また難しい言葉ばかりだ。


「その二つの大きな勢力の間で、軍人でありながら政治家側との繋がりが強かったのがヴィルヌーヴ伯爵家よ」


 少将夫人は静かに続ける。


「その影響力が軍の中で大きくなって、いつしか独自の勢力――第三派閥と呼ばれるようになったの」


 私は黙って考え込んだ。


 難しい。

 でも、このままでは頭に入らない。


 私はいつものように、自分の中で全部を学園の話へ置き換え始めた。


「ええっと……」

「何か思いついた?」

「学校の先輩たちから見たら、最近ちょっと調子に乗っている後輩グループって、生意気ですよね?」

「ええ」

「でも、そのグループには、逆らえないくらい怖い公爵令嬢がいる」

 少将夫人の口元がわずかに緩む。

「それで?」

「だから先輩たちも強く出られない。ところが、その後輩グループの中の一人が、いつの間にかその公爵令嬢に黙って先輩たちと仲良くし始めて……」


 私は両手を広げた。


「『こっちは先輩たちが味方だから!』って、新しいグループを作っちゃった。……そういう感じですか?」


 応接室が静まり返った。


 しまった。

 また子どもみたいな例えをしてしまった。


 少将夫人は紅茶のカップを机へ置き、感心したように私を見つめる。


「……完璧に合ってるわ」


「やったー!」

 思わず立ち上がってガッツポーズを決める。


 夫人は肩を震わせて笑った。


 笑いを収めた少将夫人が、静かに私を見つめた。


「でもね、リアンヌちゃん」


 その声色だけで、空気が変わる。


「もし今の例えで話を続けるなら……」

 私は思わず身構えた。

「ベルクレール家は、その"先輩たちと手を組んだ別グループ"の、ほぼ中心にいる家なの」


 私は完全に固まった。


 ――繋がった。


 元奥様。

 彼女は、ただ「レオン中佐の元妻」ではない。


 軍部省次官を頂点とする第三派閥。

 その中枢に連なるベルクレール家の令嬢だったのだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ