元妻対決編1 謎の招待状
朝。
私は誰よりも早く目を覚ました。
真っ先に向かったのは居間だった。
机の上に置かれた新聞を、お父様より先に確保する。
「おい」
「あとで返します!」
お父様が呆れた声を上げる。
そんなことより新聞だ。
一面。
政治。
経済。
地方。
私は紙面をめくる。
「国境で戦闘」
ない。
「緊張激化」
ない。
「大規模衝突」
ない。
ほっと息を吐く。
……よかった。
軍のことはよく分からない。
けれどお父様から聞いた。
国境では普段から偵察や牽制、小競り合いのようなものは珍しくないらしい。
だから。
本当に戦闘が起こることの方が、ずっと少ない。
今回もきっとそう。
私は自分に言い聞かせた。
大丈夫。
そのうち帰ってくる。
そして、きっとまた、お茶屋さんで笑うのだ。
「奇襲攻撃の予定だったんですが」
困ったように頭をかきながら。
「敵に先に気付かれてしまいまして」
「ええっ!? 何をしてるんですか!」
「上官から『隠密行動の自覚を持て』と叱られました」
「ふふっ、中佐さんらしいです」
そんな他愛もない話をしながら、お茶を飲む。
きっと、そうなる。
私は新聞を丁寧に畳いた。
その時だった。
お母様がじっとこちらを見ていた。
「なに?」
「恋する乙女ねぇ」
私は固まる。
「違います!」
反射的に否定する。
お母様はくすりと笑った。
「毎朝、お父様より先に新聞を読む子が?」
「情報収集です」
「戦争の記事だけ真っ先に探す子が?」
「偶然です」
「へぇ」
まるで信じていない顔だった。
私は照れ隠しに顔を背ける。
でも。
少しだけ笑ってしまう。
レオン・ド・ヴァイス中佐は。
何事もなかったような顔で帰ってくる。
「やっぱり草むしりの方が楽でした」
そんなことを真面目な顔で言うに違いない。
私はそう信じていた。
◇◇◇
昼前。
郵便屋さんが門をくぐってきた。
私は窓際にいた。
偶然である。
決して待っていたわけではない。
……たぶん。
私は勢いよく玄関を飛び出した。
「お、お嬢様!?」
郵便屋さんが目を丸くする。
受け取った手紙を、その場で確認する。
一通。
二通。
三通。
……ない。
もう一度数える。
やっぱり、ない。
レオン中佐からの手紙はなかった。
私は肩を落とす。
郵便屋さんは何とも言えない表情で帰っていった。
背後からお母様が苦笑する。
「まだ出発して数日でしょうに」
「分かってます」
本当は。
全然分かっていなかった。
頭では分かっていても。
心は毎日でも手紙が届くと思ってしまう。
そんな自分が少しだけ恥ずかしかった。
お母様は受け取った封筒を一枚ずつ確認している。
その手が、ぴたりと止まった。
「……あら」
お母様の表情が変わる。
「どうしました?」
「大変」
私は思わず身を乗り出した。
お母様は一通の封筒を見つめている。
「お茶会の招待状よ」
「へぇ」
正直、今はそれどころではなかった。
「しかも」
お母様はゆっくり私を見る。
「あなた宛て」
私は首を傾げた。
「誰からですか?」
お母様は封筒の紋章を見つめる。
「ベルクレール子爵家」
知らない。
「マリアンヌ様」
やっぱり知らない。
お母様は一瞬ためらってから言った。
「レオン中佐の」
私は頷く。
「離婚された前の奥様」
思考が止まった。
「……は?」
◇◇◇
お父様も呼ばれた。
三人で招待状を読む。
読み終える。
もう一度読む。
やっぱり意味が分からない。
家族会議が始まった。
「なんで?」
私が聞く。
「分からん」
お父様が答える。
「なんで?」
お母様が聞く。
「分からん」
お父様が繰り返す。
全員が首をひねる。
離婚前ならまだ分かる。
これからお見合いをする相手に対する、牽制とか。
どんな女か見てやろうという、品定めとか。
でも、今回は違う。
離婚がとっくに成立した後の話だ。
しかも、その元夫の「次のお見合い相手」を名指しで招待するなんて。
そんな話、聞いたことがない。
家族全員、何もわからない。
机の上には、美しく格式高い招待状だけが、冷然と存在感を放っていた。
私は天井を見上げた。
◇◇◇
前略
レオン中佐様。
どういうわけか。
こちらが先に戦争になりそうです。




