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おでかけ編5 再会の同級生たち

 王立歌劇場。


 私は馬車を降りた瞬間、心の底から後悔した。


 人が多い。

 貴族が多い。


 そして、何もかもが煌びやかすぎる。


 高い天井。

 眩しいシャンデリア。

 色鮮やかなドレス。


 場違いだ。


 私は思わず踵を返しかけた。


「リアンヌちゃん」

 少将夫人が微笑む。

「背筋を伸ばして」

「……はい」


 返事はした。

 でも無理である。


◇◇◇


 ヴァイス中佐との待ち合わせまで、まだ少し時間があった。

 私と少将夫人は劇場のロビーで待っていた。


 その時だった。


「あら」


 聞き覚えのある声。


 振り返る。

 見覚えのある顔が並んでいた。


 学院時代の同級生たちだった。

 もちろん名前は知っている。

 でも、在学中に親しく話した記憶はほとんどない。


「リリアーヌ様!」

「お久しぶりです!」


 皆、とても嬉しそうだった。


 私は慌てて頭を下げる。


「お久しぶりです」


 すると一人が目を輝かせた。


「聞きましたわ!」

「……え?」

「ヴァイス中佐様とのお話です!」


 私は固まった。


 どうして知っているの?


「どうしてご存じなんですか?」


 思わず聞き返す。


 令嬢たちは顔を見合わせると、不思議そうに瞬きをした。


「どうしてって……」

「王都では有名なお話ですもの」


 有名。

 いつの間に。


「王都の情報網を甘く見てはいけませんわ」


 怖い。

 なんだ、その情報網。


「少将夫人が動かれた時点で」

「はい」

「隠し通せると思いましたの?」


 思っていました。

 むしろ、どうして広まるのか分かりません。


◇◇◇


 私は小さく息を吸った。


 少しだけ覚悟していた。


 こういう場所だ。


 相手は王国の英雄。

 私は田舎の貧乏子爵家の娘。


 きっと言われる。

 ――どうしてあなたなの。

 そんな視線を向けられると思っていた。


 ところが。


「本当にお似合いですわ!」

「ええ!」

「学院時代からそう思っていましたの!」

「リリアーヌ様には、大人の殿方が似合うって」


 私は固まった。


「……はい?」

「本当に素敵ですわ」

「どこがですか?」


 思わず聞き返す。


 今度は令嬢たちが固まった。


「どこが……?」


 皆で顔を見合わせる。

 やがて一人が首を傾げた。


「全部……でしょうか?」

 疑問形だった。


 私も疑問形になる。


「いえいえ」

 私は慌てて首を振る。


「ヴァイス中佐様ですよ?」

「ええ」

「英雄ですよ?」

「ええ」

「私はただの――」


 そこで言葉が止まった。


 令嬢たちが一斉にこちらを見たからだ。


「ただの?」


「……貧乏貴族です」


 しん、と静まり返る。


 そして。


「え?」


 全員が同時に声を漏らした。


 なんで?


「リリアーヌ様」


 代表するように、一人が口を開く。


「ご自分が学院でどう見られていたか、本当にご存じありませんの?」

「知りません」

 だから困っているのです。

「白百合の幻姫ですのよ」


 またその名前だ。

 私は頭を抱えた。


「男性陣は、それはもう大騒ぎでしたわ」

「令嬢たちも同じでしたの」

「リリアーヌ様が本気を出したら、誰も敵わないって」


 怖い。

 本当にそんな話があったの。


「でも」

 一人が微笑んだ。

「リリアーヌ様は、誰とも争われませんでした」

「前へ出ようともなさらなかった」

「だから皆、安心したんですの」


 意味が分からない。

 私は本当に何も知らなかった。


 少将夫人だけではない。

 学院のみんなまで。

 私を、とんでもない人物だと思い込んでいたらしい。


◇◇◇


「それに」


 先ほどの令嬢が、少し表情を和らげた。


「ヴァイス中佐様は、とても立派な方ですけれど……」

「はい」

「色々あったと聞いておりますわ」


 私は思わず顔を上げた。


 彼女たちの表情には、噂話を面白がるような色はなかった。

 ただ静かな、思いやりだけがあった。


「だから」

 彼女は優しく笑う。

「リリアーヌ様で良かったと思いますの」

「……なぜですか?」


 本当に分からなかった。


「学院にいた頃」

 彼女は懐かしそうに続ける。

「私たちは、いつも誰かと競っていました」

「誰が優秀か」

「誰が目立つか」

「誰が選ばれるか」


 私は黙って聞いていた。


「でも」

 彼女は私を見る。

「リリアーヌ様だけは違いました」

「いつも穏やかで」

「誰の悪口も言わなくて」

「誰の味方にも敵にもならなくて」

「だから皆、安心できたんです」


 私は言葉を失った。


 違う。


 穏やかだったんじゃない。

 怖かっただけだ。

 面倒だっただけだ。

 関わりたくなかっただけだ。


 でも。

 私がそう思っていた時間を。

 彼女たちは、まったく違う景色として見ていた。


◇◇◇


 その時だった。

 ロビーの入口が、ふっとざわめく。

 自然と視線が集まる。


 軍服姿の男性が、こちらへ歩いてきた。

 背筋は真っすぐ。

 けれど、どこか困ったような苦笑い。


 レオン・ド・ヴァイス中佐だった。


 令嬢たちの視線が一斉に彼へ向く。

 そして、また私へ戻る。


 皆が顔を見合わせ、満足そうに頷いた。


「やっぱり」

「お似合いですわ」

「本当に」


 私は二人を見比べる。


 中佐さんを見る。

 自分を見る。


 そして心の中で、今日何度目か分からない叫びを上げた。


(だから、どこがなんですかーーーっ!?)


 その疑問だけは、最後まで誰も答えてくれなかった。


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