おでかけ編3 結婚式はやめましょう!
「次から中将だ」
お父様がそう言うと、私は思わず息をついた。
「やっとですか」
「やっととは何だ」
だって。
さっきから大将、大将、大将。
軍には偉い人しかいないのだろうか。
もう胃が痛い。
お父様は苦笑しながら続けた。
「まずは参謀本部副長、シャルル・ド・ロシュフォール中将」
「総長閣下の片腕だ」
「おお」
それは分かる。
片腕。
強そうだ。
「軍で四番目くらいに偉い」
「くらい?」
「本人談だ」
私は思わず吹き出した。
「本人談なんですか?」
「ああ。時々『俺は軍で四番目に偉い』と言うらしい」
お父様まで笑っている。
そんなこと自分で言う人がいるのか。
私は勝手に想像した。
なんだか少し可愛い。
「どんな方なんです?」
お父様は腕を組み、少し考えてから答えた。
「苦労人だな」
「意外です」
「総長閣下が無茶振りをする」
……ああ。
なんとなく想像できる。
「先のグラーベン会戦でもな」
お父様が続ける。
「あまりに危険だった」
「はい」
「だから総長閣下が言った」
お父様は淡々と再現した。
「シャルル」
「はい」
「お前も行け」
私は思わず噴き出した。
「そんな軽い感じだったんですか!?」
「実際はもっとちゃんとしていただろう」
だと思いたい。
「本人は随分ぼやいていたらしい」
私の頭の中では勝手に会話が始まる。
『何で私まで現地へ行くんですか』
『危険だからだ』
『理由になってませんよね?』
……ありそう。
すごくありそう。
「でも」
私は聞いた。
「行ったんですよね?」
「行った」
「偉いですね」
お父様は静かに頷く。
「だから片腕なんだろう」
なるほど。
文句は言う。
でも行く。
そういう人らしい。
お父様は少し表情を変えた。
「ちなみに」
「はい」
「グラーベン会戦のあと、ロシュフォール中将はヴァイス中佐をかばったらしい」
私は首を傾げた。
「どうしてでしょう」
お父様は肩をすくめる。
「自分の目で見たからだろう」
私は黙った。
半壊した部隊。
行方不明の指揮官。
敵は数倍。
泣きそうでした――と笑っていた中佐。
そして。
そのすべてを、この中将は現地で見ていた。
だから。
結果だけで責める気にはなれなかったのだろう。
私は少しだけ嬉しくなった。
会ったこともない人なのに。
何となく好きになってしまう。
文句は言う。
でも現場へ行く。
部下をかばう。
そして時々、
『俺は軍で四番目に偉い』
と言う。
……やっぱり可愛い。
「リアンヌ」
お父様が真顔で言った。
「可愛いは違うと思うぞ」
どうやら顔に出ていたらしい。
◇◇◇
「次の中将だ」
私はもう覚悟を決めていた。
軍には偉い人が多すぎる。
「軍部省編制局長、エティエンヌ・ド・クレルモン中将」
「軍部省のナンバー2だ」
「次官閣下の下ですね」
「そうだ」
私は頷く。
「編制局というのは?」
「軍隊の組織を作るところだ」
「組織?」
「どんな部隊を作るか」
「はい」
「どこへ何人置くか」
「はい」
「どの部隊を統合するか」
私は黙った。
また怖い仕事だった。
軍のお母さんの、そのまた中枢。
「この方は長いこと次期次官と言われていた」
「出世コースだったんですね」
「そうだ」
お父様は少し言葉を選ぶ。
「だが、負けた」
「負けた?」
「軍部省次官の座を争ってな」
私はゆっくり理解した。
つまり。
今の次官閣下。
第三派閥のあの人に。
負けたのだ。
「なんだか……」
私はぽつりと漏らした。
「かわいそうですね」
お父様は苦笑した。
「まあな」
「ちなみに」
お父様は続ける。
「ヴァイス中佐の同郷の先輩でもある」
「ああ……」
全部つながった。
「可愛がられていたんですか?」
「かなりな」
「若い頃から目をかけていた」
私は整理する。
「先輩が負けた」
「そうだ」
「中佐さんも一緒に苦しい立場になった」
「そういうことだ」
胸が少し痛んだ。
私は今まで、中佐さんは失敗して降格した人だと思っていた。
でも。
違う。
本人だけの問題じゃない。
その人を育てた先輩。
その先輩の敗北。
派閥の劣勢。
そういうものまで全部重なっていた。
お父様が何気なく付け加える。
「クレルモン中将は王弟派の実質ナンバー2でもある」
私は固まった。
「つまり」
お父様が静かに言う。
「王弟派全体が押されている」
私は天井を見上げた。
ようやく見えてきた。
軍で一番偉い王弟殿下。
その派閥。
負けた先輩。
苦労する中将。
そして。
全部を背負ったまま、
「怒られました」
と笑っていた中佐さん。
私は小さく呟く。
「……大変だったんですね」
その言葉が誰に向いたものなのか。
自分でも分からなかった。
◇◇◇
「他の中将もいる」
「まだいるんですか……」
お父様は笑った。
「まず東部軍司令官」
敵国グランヴァール王国と向き合う最前線。
「つまり毎日ケンカしてる人ですね」
「軍人に聞かれたら怒られるぞ」
「でも間違ってませんよね」
お父様は苦笑した。
「まあ……大きくは外れていない」
東部軍司令官。
ガストン・ド・ラ・ロシュ中将。
グラーベン会戦の現地最高指揮官でもあるらしい。
現場の親分。
そんな印象だった。
南部軍司令官は、友好的な隣国ベルロワ王国との国境を守る人。
「戦争をするためではなく、戦争を起こさせないための軍だ」
その一言は、なんだか格好よかった。
中央軍司令官は予備戦力。
「控え選手ですか」
「怒られるぞ」
そして最後は海軍司令官。
船。
大砲。
海。
冒険。
なんだか物語の主人公みたいで、私は少しわくわくしてしまった。
◇◇◇
「そういえば」
私は思い出した。
「仲介してくださった少将さんは?」
「ああ」
お父様は頷く。
「アドリアン・ド・モンフォール少将。人事局長だ」
私は即答した。
「顔が広そうです」
お父様は笑う。
「その通りだ」
「王弟派なんですか?」
「いや」
お父様は首を振った。
「総長派だ」
「はい?」
また分からなくなった。
「でも中佐さんは」
「王弟派だ」
私は頭を抱える。
派閥とは。
いったい何なのだろう。
お父様は苦笑した。
「理由は簡単だ」
「ヴァイス中佐が新人だった頃の直属の上官だった」
私は目を丸くする。
「少尉から中尉へ昇進した後に当時の人事局長が推薦した。大尉への昇進と砦への配属をな」
私は思わず声を上げた。
「先生が推薦して進学校へ行った生徒みたいなものですか?」
「そんな感じだ」
全部つながった。
砦。
英雄。
昇進。
人事局長。
『最初に見つけたのは俺だ』
そんな顔で自慢していた姿まで想像できる。
でも。
お父様は静かに言った。
「色々あった」
降格。
離婚。
待命。
派閥の劣勢。
そして。
「ズタボロになったヴァイス中佐が、人事局へ戻ってきた」
私はようやく理解した。
「先生が」
「うむ」
「期待していた教え子が」
「うむ」
「社会でボロボロになって帰ってきた」
お父様は吹き出した。
「まあ、そんな感じだ」
「それで」
私は笑いながら言う。
「シャキッとしろ!」
「その通りだ」
お父様は声を上げて笑った。
◇◇◇
その笑い声が落ち着いた頃。
今まで黙っていたお母様が、おそるおそる口を開いた。
「もしですよ?」
お父様も姿勢を正す。
「本当にリアンヌとヴァイス中佐が結婚することになったら……」
私は吹き出しそうになった。
まだそんな話ではない。
……たぶん。
「今まで出てきた偉い方々」
お母様は震える声で続ける。
「結婚式に来たりしませんよね?」
部屋が静まり返った。
お父様は真剣に考え込む。
やがて、小さく呟いた。
「……あるかも」
「「「ひええええええっ!?」」」
家中に悲鳴が響いた。
「王弟殿下ですよ!?」
「椅子が足りません!」
「テーブルも小さいです!」
私は思わず叫ぶ。
「そもそも来るんですか!?」
お父様は頭を抱えた。
「普通は来ない」
「ですよね!」
「ただ」
その前置きはやめてほしい。
「ヴァイス中佐の場合、普通じゃない」
やっぱりだ。
人事局長閣下。
副長閣下。
同郷の先輩。
お父様とお母様は、次々に「来そうだな」と意見が一致していく。
最後に王弟殿下。
「普通なら来ない」
お父様は言う。
「だが、中佐が招待状を出したら」
「出しませんよね!?」
「出さないと思う」
ほっとした。
「ただ」
まだあるのか。
「王弟殿下が知ったら、面白がる可能性はある」
私は絶望した。
「やめましょう」
「何をだ」
「結婚式です」
お父様もお母様も吹き出した。
「そんな理由でやめるな」
でも。
もし本当に来たら。
私は何を話せばいいのだろう。
その時、ふと気付く。
「……あれ?」
「何だ」
「中佐さん本人は、こういうの絶対嫌ですよね」
お父様とお母様は顔を見合わせ。
同時に笑い出した。
「それはそうだ」
「間違いなく逃げたがる」
私も思わず笑ってしまう。
そうだ。
あの人は。
英雄だとか。
派閥だとか。
そういう話になるたびに、困ったように笑う人だった。
結婚式に軍の重鎮が勢揃い。
そんな状況になったら。
きっと誰よりも先に逃げ出したくなるのは――。
他でもない、中佐さん本人なのだろう。
そう思うと、おかしくてたまらなかった。




