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第九話 佐倉道

バスは井野の七辻を後にし、石畳の街道をゆっくりと

走り始めた。


この街道の名は――佐倉道(さくらみち)


表佐倉では、


江戸と佐倉城を結ぶ大切な街道として栄えた佐倉道。


武士や商人、旅人が行き交い、多くの荷物が運ばれた。


やがて成田山へ向かう旅人でも賑わうようになり、今も佐倉の歴史を伝える街道として


今もなお、その歴史の面影を残している。


一方、裏佐倉の佐倉道は趣が異なる。


井野の七辻から続くこの道は、大きな境界門きょうかいもんをくぐった先から裏佐倉となる。


門を越えると、四季折々の草花が咲く里山と小川のせせらぎが広がり、さらに進めば谷津田やつだが続く。


やがて活気あふれる城下町へ入り、その先には山の上に佐倉城がそびえている。 


佐倉陰陽学園へ向かう者たちは、


この佐倉道を通り、

それぞれの新たな一歩を踏み出すのだった。


まだバスは境界門の手前


窓の外には、井野の七辻と変わらぬ幻想的な景色が広がっていた。


晴真の肩の上では、

小桜が気持ちよさそうに丸くなっている。


「すっかり懐いちゃったね」


凛が優しく笑う。


「うん」


晴真が頭をなでると、小桜は目を細めた。


「きゅい……」


「いいなぁ」


刀也が羨ましそうに見つめる。


「俺も白蛇の式神欲しい!」


「お前はまず木刀を置いて静かに座れ」


沙羅が呆れたように言う。


「なんでだよ!」


「式神は主の心を見て選ぶ」


井野丸の言葉を思い出した銀花が微笑む。


「刀也様も、いつか必ずご縁がありますよ」


「ほんとか!」


「はい」


刀也は一気に機嫌を直した。


「よーし!」


「だから車内では静かに」


凛がすかさず注意する。


「……はい」


刀也はしょんぼりと席へ戻った。


車内に笑いが起こる。


その時だった。


肩で眠っていた小桜が突然、ぴくりと頭を上げた。


「きゅ?」


小さな鼻をひくひくと動かす。


そして窓の外を見つめた。


「どうしたの?」


晴真が尋ねる。


小桜は低く鳴いた。


「きゅい……」


先ほどまで甘えるような声ではない。


警戒するような声だった。


それに気づいたのはミヅチだった。


「……来るか」


「え?」


晴真が振り返る。


ミヅチは窓の外を見つめている。


「銀花」


「はい」


「結界を」


銀花は静かに頷いた。


指先で一枚の札を挟む。


「結」


札がふわりと舞い上がる。


車体を淡い銀色の光が包み込んだ。


「何が起きるの?」


琥太郎が声を潜める。


「裏の街道には、たまに道に迷った妖が現れます。」


銀花が落ち着いて答えた。


「ですが、普通は近づいてきません」


「普通は?」


「今日は違うようですね」


その瞬間――


ゴォォォ……


黒い霧が街道を覆った。


窓の外に、ぼんやりと人影が立っている。


一人


二人


三人


その数はどんどん増えていく。


顔は見えない。


ただ、ぼろぼろの着物をまとい、うつむいたまま道の脇に立っている。


「うわ……」


晴真は息をのんだ。


「幽霊?」


「違う」


沙羅が静かに答える。


「あれは『影人かげびと』」


「影人?」


「くらやみ坂から迷い出る、人でも妖でもない存在よ。」


影人たちは、バスをじっと見つめていた。


その視線だけで、車内の空気がひんやりと冷える。


「止まったら駄目なんですよね?」


凛が尋ねる。


「もちろんだ」


運転席から沙羅が答える。


「式神バスは決められた道を走り続ける。それが一番安全だ」


その時だった。


一体の影人が、ゆっくりと道路の真ん中へ歩き出た。


「止まれ……」


かすれた声が響く。


「止まれ……」


何人もの声が重なる。


「止まれ……」


「止まれ……」


晴真は思わず身を強張らせた。


しかし沙羅は表情一つ変えない。


「ミヅチ」


「うむ」


ミヅチは窓を少しだけ開ける。


そして軽く息を吸った。


「失せよ」


たった一言だった。


ゴォッ!


銀色の霊気が風となって吹き抜ける。


次の瞬間。


無数の影人たちは、桜の花びらのようにさらさらと崩れ、黒い霧へと戻っていった。


「あ……消えた」


晴真が驚く。


「まだ力の弱い迷い霊だ」


ミヅチは窓を閉める。


「害はない」


「すごい……」


琥太郎が目を丸くする。


「ミヅチさん、強いんだ」


「当然じゃ」


胸を張るミヅチ。


その隣で銀花がため息をついた。


「本気を出せば、裏佐倉が半分なくなりますから」


「ええっ!?」


子どもたち全員が声をそろえた。


「冗談ですよね?」


凛がおそるおそる尋ねる。


銀花は困ったように笑う。


「半分は冗談です」


「半分!?」


車内は再び大騒ぎになる。


その様子を見て、ミヅチは少しだけ口元を緩めた。


そして晴真の肩では、小桜が安心したように小さく鳴く。


「きゅい」


井野丸から託された小さな式神は、初めての役目を果たしたことを誇らしく思っているようだった。


バスはなおも街道を進み、やがて霧が晴れ始める。


その先には、巨大な門がゆっくりと姿を現し始めた。


石造りの柱と重厚な門扉。


表佐倉と裏佐倉を隔てる――境界門だった。


「見えてきました」


銀花が静かに微笑む。


「裏佐倉への入口――境界門です」


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