第八話 小桜
井野丸は晴真を見つめたまま、静かに目を細めた。
「なるほど……」
その声には、どこか懐かしさが滲んでいた。
晴真は首を傾げる。
「えっと……僕ですか?」
「ああ」
井野丸は穏やかに頷いた。
「おぬしからは、あやつと同じ風を感じる」
「え?」
意味が分からず、晴真はきょとんとする。
沙羅も銀花も何も言わない。
ただ静かに様子を見守っていた。
井野丸はふっと笑う。
「そう警戒するな。ただの土産じゃ」
そう言うと懐から一枚の札を取り出した。
古びた和紙でできた、小さな式札だった。
札には、丸くなって眠る白い蛇が描かれている。
「これを授けよう」
「僕に?」
「うむ」
井野丸は札を晴真へ差し出した。
「お札……ですか?」
何の札か?、晴真にはよく分からない。
銀花が小さく説明した。
「式神を宿した札です」
「えっ!」
晴真は驚いて札を見る。
「でも僕、まだ何もできないよ?」
「今はそれでよい」
井野丸は優しく笑う。
「これは戦うための式神ではない」
「違うの?」
「旅のお供じゃ」
晴真が札を受け取った瞬間だった。
ぽうっ。
札が淡く金色に光る。
「わっ!」
光はふわりと宙へ舞い上がり、小さな白い蛇へと姿を変えた。
体長は三十センチほど。
雪のように白い鱗。
つぶらな金色の瞳。
頭には桜の花びらのような小さな角が生えている。
「かわいい……」
晴真が思わず笑顔になる。
白蛇は嬉しそうに空中をくるりと回ると、晴真の肩へちょこんと乗った。
「きゅい」
小さく鳴いて頬をすり寄せる。
「わっ、くすぐったい」
晴真が笑う。
その様子を見て刀也が目を輝かせた。
「いいなぁ! 俺も欲しい!」
「式神は、もらうものではない」
井野丸は笑いながら言う。
「縁ある者を、自ら選ぶ」
「そっかぁ……」
刀也は少し残念そうだった。
凛も興味深そうに白蛇を見つめる。
「とても人懐っこいんですね」
「この子は争いが嫌いだからのう」
井野丸は白蛇に微笑みかけた。
「名はまだない」
「名前?」
「おぬしが付けてやるとよい」
「僕が?」
「主になる者が名を与えてこそ、式神は本当の力を得る」
晴真は肩の上の白蛇と目を合わせた。
白蛇は期待するように首を傾げる。
「うーん……」
少し考えてから、晴真はにっこり笑った。
「それじゃあ……小桜」
「きゅい!」
白蛇は嬉しそうに鳴き、晴真の首へ優しく巻き付いた。
ぽうっ。
その瞬間、小桜の額に小さな金色の桜紋が浮かび上がる。
銀花が目を丸くした。
「初めて名を授かっただけで印が……」
沙羅も静かに目を細める。
「やっぱり、この子も晴真を選んだのね」
ミヅチは腕を組みながら鼻を鳴らした。
「ふん。井野丸様にしては、なかなか良い土産ではないですか」
「珍しく褒めてくれるではないか」
井野丸は楽しそうに笑う。
「勘違いしないでください」
ミヅチはそっぽを向いた。
「その子が晴真を守れるなら、それでよい」
晴真は小桜を両手でそっと抱き上げる。
「これからよろしくね、小桜」
「きゅい!」
元気よく返事をした小桜は、晴真の肩へぴょこんと戻った。
その姿を見た井野丸は満足そうに頷く。
「その子はまだ幼い。戦う力はない」
「うん」
「じゃが、人の悪意や妖の気配を誰よりも早く感じ取る。危険が迫れば、必ずおぬしへ知らせるじゃろう」
晴真は大切そうに小桜を見つめ、力強く頷いた。
「ありがとう、井野丸様」
「礼なら、その子を大事にしてやることじゃ」
井野丸はそう言い残すと、ふっと笑みを浮かべた。
次の瞬間――。
その姿は朝霧が晴れるように、静かに消えていた。
バスはそのまま井野の七辻を後にし、佐倉陰陽学園へ向かって走り続ける。
晴真の肩では、小さな式神・小桜が気持ちよさそうに丸くなり、これから始まる学園生活を楽しみにするように、小さく「きゅい」と鳴い




