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第十話 境界門の鬼童丸

巨大な境界門の前で、式神バスはゆっくりと速度を落とした。


門の両脇には、巨大な石柱がそびえ立っている。


その前に、一人の男が腕を組んで立っていた。


長い赤茶色の髪を後ろで束ね、二本の鬼角を生やした精悍な青年。


整った顔立ちだが、どこか軽い笑みを浮かべている。


「あっ、鬼童丸(きどうまる)


沙羅が窓を開ける。


「おっ、沙羅ちゃんにミヅチ様やないですか」


青年はにかっと笑って手を振った。


「境界門門番責任者、鬼童丸です」


「今日は、ちゃんと仕事してるのか」


沙羅が少し意地悪そうに笑う。


「なんやその言い方!」 


鬼童丸は苦笑いした。


「井野丸様のパシリ言われても、一応責任者やで」


ミヅチがくすりと笑う。


「それは事実じゃろう」


「ミヅチ様まで!」 


車内から子どもたちの笑い声が聞こえた。


鬼童丸は照れくさそうに頭をかいた。


「まぁええですわ」


そしてバスの中を見回した。


「今年の新入生ですな」


「そうだ」 


「井野丸様から聞いてます」


鬼童丸は真面目な表情になった。


「金桜眼の坊ちゃんが乗っとるって」


晴真は少し緊張しながら頭を下げた。


「桜晴真です。よろしくお願いします」


「おう、ええ子やなぁ」


鬼童丸は優しく笑った。


「わいは酒呑童子しゅてんどうじ茨木童子いばらきどうじの息子、鬼童丸や」


晴真が目を丸くする。


「えっ!? あの酒呑童子の?」


「せや」


鬼童丸は照れくさそうに笑う。


「親父は昔、人間から恐れられた大鬼や。

けど本当は仲間思いで酒が大好きな、豪快な鬼やった」


「母ちゃんの茨木童子は、親父以上に強かったけどな」


「昔はいろいろあって人間に追われたけど、井野丸様に助けられて、この裏佐倉で暮らせるようになったんや」


銀花が頷く。


「その時に鬼一族へ与えられたのが、酒々井の酒蔵ですね」


「そうそう」


鬼童丸は嬉しそうに笑う。


「井野丸様が酒の湧く井戸を造ってくださってな。

それが今の『鬼沼本家酒蔵』や」


「今じゃ裏佐倉一番の酒蔵やで」


「親父も母ちゃんも毎日よう働いとるわ」


ミヅチが笑う。


「働くより飲んでおる姿の方が多い気もするがの」


「……それは否定できへんな」


鬼童丸は苦笑した。


車内はまた笑いに包まれる。


その時だった。


鬼童丸の視線が晴真の肩に止まった。


「……ん?」


小桜が首をかしげる。


「きゅ?」


鬼童丸の目が大きく見開かれた。


「えっ……ちょ、ちょっと待って!」


思わず門番らしからぬ大声を上げる。


「その子…… 井野丸様の式神やないか!!」


「きゅい?」


小桜は首をかしげたまま鬼童丸を見つめる。


鬼童丸は慌てて晴真の前まで駆け寄った。


「坊ちゃん!」


「は、はい!」


「その子はな、井野丸様が何より大事にしとる式神な

んや!」


晴真は驚いて小桜を見る。


「そうなんですか?」


「当たり前や!」


鬼童丸は何度も頷く。


「井野丸様が誰かに預けるなんて、聞いたことあらへん!」


沙羅が腕を組む。


「だからあたしも驚いたのよ」


ミヅチも静かに頷いた。


「井野丸様がそこまで心を許すとは、珍しいことじゃ」


鬼童丸は晴真に向かって真剣な顔になった。


「坊ちゃん」


「はい」


「その子を、大事にしたってや」


「井野丸様の宝物みたいな子なんや」


晴真は優しく小桜を抱き上げた。


「もちろんです」


「絶対に大切にします」


「きゅい♪」


小桜は嬉しそうに晴真の頬へすり寄る。


その様子を見た鬼童丸は、安心したように大きく笑った。


「よっしゃ!」


「ほんなら安心や!」


そう言うと鬼童丸は門へ向き直り、大きく右手を掲げる。


「境界門、開門!」


ゴゴゴゴゴ……


重厚な音を響かせながら、巨大な門扉がゆっくりと開き始めた。


門の向こうには、表佐倉とはまったく違う世界が静かに広がっていた。

本作では、一般に「印旛の鬼童丸」と「酒呑童子の息子と伝わる鬼童丸」は別々の鬼とされる伝承をもとにしながら、『佐倉陰陽学園』の世界では、両者を同一の存在として描いています。

日本各地には、鬼や妖怪にまつわる数多くの伝説が残されており、土地ごとに名前や来歴が異なることも珍しくありません。鬼童丸もその一例であり、史実や伝承にはさまざまな説があります。

また、本作に登場する酒呑童子や茨木童子についても、古くから伝わる物語や説話を下敷きにしつつ、作品世界に合わせて独自の解釈や脚色を加えています。登場人物たちの関係性や出来事は、史実や伝承を忠実に再現することを目的としたものではなく、「もしも、こうした伝説が一つにつながっていたなら」という発想から生まれたフィクションです。

伝説は語り継がれる中で姿を変え、新たな物語を生み出してきました。本作もまた、その長い伝承の流れに敬意を払いながら、新しい解釈の一つとして楽しんでいただければ幸いです。

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