第七十九話 忘れられた霊馬
続いて、牧人が最後の名前を呼ぶ。
「桜晴真君」
「はい!」
晴真は元気よく前へ出た。
皆が固唾をのんで見守る。
だが――。
一頭も霊馬が近づいてこない。
「……あれ?」
晴真は首を傾げる。
しばらく待っても変わらない。
「どうしたんだ?」
刀也が不思議そうに呟く。
その時だった。
「キュイン♪」
聞き慣れた鳴き声が響く。
式神札から小桜が姿を現した。
「あっ!」
桜花が晴真の肩から飛び降りる。
「小桜ちゃん!」
「こんにちは!」
嬉しそうに駆け寄る。
「キュイン」
桜花は小桜を見上げて目を丸くした。
「あれ?」
「少し大きくなった?」
小桜は嬉しそうに鳴くと、桜花を背中へ乗せる。
そのまま二匹で森の奥へ駆けて行ってしまった。
その瞬間。
放牧地の霊馬たちが一斉にざわつく。
ヒヒーン!
次々と距離を取り、小桜を避けるように逃げていった。
牧人も目を丸くする。
「霊馬たちが……逃げている」
晴真は周囲を見渡す。
「えっ……」
「僕だけ霊馬なしなの?」
肩を落とす。
「そっかぁ……」
がっくりとうなだれた。
丘の上の野点席でも驚きの声が上がる。
「まさか」
沙羅が苦笑する。
「霊馬なしとは」
「規格外にもほどがあるだろ」
皆がそう思った、その時だった。
森の奥から――。
ゆっくりと一頭の霊馬が姿を現した。
「……」
誰もが目を疑う。
「おい……」
刀也が目を擦る。
「あれ」
「光ってねぇか?」
迅も口を開けたまま頷く。
「俺もそう見える」
与一と道満は思わず苦笑する。
「晴真らしいな」
「最後まで普通じゃない」
一方。
沙羅だけは腹を抱えて笑っていた。
「ははははっ!」
「本気かぁ!」
しかし。
神の眷属たちだけは笑っていなかった。
皆、一斉に立ち上がる。
「……まだ生きておったのか」
「いや」
「あやつではない」
「子孫か……」
口々に呟く。
沙羅が振り返る。
「知ってるのか?」
ミヅチが静かに頷く。
「ああ」
「あやつは龍姫様が愛馬として騎乗していた――金桜毛じゃ」
誰も言葉を発しない。
「龍姫様がお亡くなりになった後、姿を消した」
「おそらく……」
「あの金桜毛の子孫じゃろう」
皆の視線が集まる。
その霊馬は、美しい月毛――淡いクリーム色の毛並みをしていた。
しかし。
身体の内から金色の光が溢れている。
牧人が震える声で説明する。
「金桜毛は……」
「霊力に反応して金色へ輝くと言われています」
「今は月毛ですが……」
「先ほどは小桜さんの霊力に反応していたのでしょう」
御堂家の陰陽眼にも似た、優しい黄金色だった。
よく見ると。
金桜毛のたてがみには、小桜と桜花が仲良くつかまっていた。
桜花が手を振る。
「ご主人様ー!」
「小桜ちゃんが、ご主人様にぴったりな霊馬を見つけて連れて来てくれました!」
「ありがとう」
晴真は笑顔になる。
金桜毛はゆっくりと晴真の前まで歩み寄る。
そして。
静かに晴真の金桜眼を見つめた。
しばらく見つめ合う。
やがて。
晴真が優しく微笑む。
「よろしくね」
その瞬間。
金桜毛は静かに頭を下げた。
主人と認めたのだった。
丘の上では。
神の眷属たちが珍しく言葉を失っていた。
誰一人、笑わない。
ただ静かに。
晴真と金桜毛を見つめている。
その瞳は、どこか懐かしい思い出を見つめるようだった。
晴真は嬉しそうに金桜毛の首を撫でる。
「君の名前は――」
少し考え、笑顔で言う。
「月桜」
「今日からよろしくね」
月桜は嬉しそうに鼻を鳴らした。
その姿を見ていた皆は、金桜毛という伝説の霊馬よりも――。
晴真の次の言葉に笑ってしまった。
「よかったぁ」
「僕にも霊馬が来てくれた」
本気で胸をなで下ろしている。
刀也が大笑いする。
「そこかよ!」
迅も腹を抱える。
「伝説の霊馬なのに!」
凛も、小夜も、道満も、与一も。
皆、自然と笑顔になっていた。
「やっぱり」
「晴真らしいね」
その笑い声は、青空の下へいつまでも響いていた。




