第七十七話 霊馬との出会い
実技試験から数日後。
一年一組の教室は、朝からいつも以上に落ち着きがなかった。
「今日だ!」
「やっと霊馬の授業だ!」
刀也が待ちきれない様子で叫ぶ。
迅も机を叩いて笑う。
「ずっと楽しみにしてたんだよ!」
正臣は苦笑しながら教壇へ立った。
「そんなに急がなくても霊馬は逃げません」
教室に笑いが広がる。
「今日から始まるのは霊馬術です」
「皆さんにはこれから霊馬と共に学んでもらいます」
黒板へ大きく『桜駆け』と書く。
「そして秋には、この学園伝統の競技――桜駆けがあります」
生徒たちが一斉に身を乗り出す。
「桜駆けとはクラス対抗の騎馬駅伝です」
「ただ走るだけではありません」
「陰陽術も使用可能」
「仲間との連携、霊馬との信頼、そして戦略が勝敗を左右します」
「おおー!」
教室が一気に沸き立つ。
その時だった。
教室の後ろから沙羅の声が聞こえた。
「正臣」
「昔、桜駆けで金桜宝玉賞を取ってるからな」
一同が驚いて振り返る。
「金桜宝玉賞?」
正臣は照れくさそうに頭をかく。
沙羅がニヤリと笑う。
「高等部個人の部優勝者だけに贈られる名誉ある賞だ」
「ちなみに」
「道満のお父さん、道継さんも受賞者」
道満が少し誇らしげな顔になる。
沙羅は懐かしそうに続けた。
「あの年は晴臣、道清、道継の三人が最後まで競り合ってな」
「学園中が大騒ぎだった」
正臣は苦笑する。
「懐かしい話ですね」
「さぁ」
「今日はその第一歩です」
⸻
一行は学園の広大な霊馬放牧地へやって来た。
青々とした草原。
遠くでは数十頭もの霊馬が自由に駆け回っている。
「すげぇ……」
刀也が目を輝かせた。
その時、一人の青年が近づいてきた。
日に焼けた肌。
穏やかな笑顔。
「ようこそ」
「霊馬放牧地へ」
正臣が紹介する。
「放牧地の管理人」
「木之子牧人さんです」
牧人は軽く頭を下げた。
「木之子牧人です」
「小夜とはいとこになります」
「よろしくお願いします」
小夜も小さく頭を下げる。
「いとこの牧人兄さんです」
牧人は放牧地を見渡しながら話し始めた。
「今日の授業は簡単です」
「皆さんが霊馬を選ぶのではありません」
首を横へ振る。
「霊馬に選んでもらいます」
生徒たちは不思議そうな顔をする。
「霊馬は人の心を見ます」
「力だけでも」
「才能だけでもありません」
「互いに認め合えた時だけ」
「初めて本当の相棒になります」
その言葉に皆の表情が引き締まる。
一方その頃。
放牧地がよく見える丘の上では――。
赤い毛氈。
和傘。
茶釜。
すっかり見慣れた野点席が出来上がっていた。
「さて」
沙羅がお茶をすすりながら笑う。
「今日も楽しませてもらうか」
ミヅチが団子を頬張る。
「霊馬選びは面白いからの」
クシナダも腕を組む。
「さて」
「誰がどんな馬に選ばれるか」
チヨヒメと珠代、銀花も穏やかに見守っていた。
もはや一年一組の授業見学が恒例行事になっていた。
牧人が声を上げる。
「では始めます」
「一人ずつ前へ」
最初に歩き出たのは刀也。
「よろしくな!」
元気よく挨拶すると、一頭の霊馬が駆け寄ってきた。
艶やかな鹿毛。
どこか落ち着きがなく、元気いっぱいな霊馬だった。
「おっ!」
刀也も嬉しそうに笑う。
霊馬も鼻を鳴らしながら刀也へ頭を擦り寄せる。
牧人が笑った。
「見事な鹿毛ですね」
「性格も刀也君によく似ています」
皆が笑う。
続いて迅。
すると一頭の芦毛の霊馬が勢いよく走ってくる。
落ち着きがなく、今にも駆け出しそうな俊敏な霊馬だった。
「ははっ!」
「よろしくな!」
迅が首を撫でると、霊馬は嬉しそうに前脚を鳴らした。
牧人が苦笑する。
「こちらも似た者同士ですね」
刀也と迅は顔を見合わせて笑う。
「やっぱ俺たち似てるな!」
「馬までそう思ったらしい!」
放牧地は笑い声に包まれる。
そして。
牧人は次の生徒の名を呼んだ。
「鏑木与一君」
静かな草原に、一頭の霊馬がゆっくりと歩き始めた。




