第七十二話 初めて会う祖父母
試合を終え、凛が席へ戻ると晴真が笑顔で声を掛けた。
「凛ちゃん」
「残念だったね」
凛は悔しそうに笑う。
「うん」
「もっと頑張らないと」
「みんな小さい頃から武術をやってるからね」
少し考え込んだあと、凛は首を傾げた。
「でも」
「紅葉さん、どうして最後の技を『あまり使いたくない』って言ったんだろう」
その時だった。
近くにいた根郷綾女と江原美鈴が顔を見合わせる。
綾女が小さく答えた。
「それは」
「脳筋みたいに思われたくないから」
「ぶっ!」
晴真が吹き出した。
美鈴も肩を震わせる。
「紅葉ちゃん、そういうところ気にしてるんだよ」
その場にいた皆が笑い始めた。
すると。
「……皆さん」
聞き慣れた声が後ろから響く。
振り返ると、腕を組んだ紅葉が立っていた。
少し頬を引きつらせながら微笑んでいる。
「今」
「私のことを話していましたね?」
「「…………」」
一同の笑顔が固まる。
その沈黙が何よりの答えだった。
「やっぱり」
紅葉はため息をつく。
その時。
「紅葉」
道満が歩いてきた。
紅葉は一瞬で表情が変わる。
「道満様!」
「さっきの試合」
「前よりさらに良くなっていたな」
「えっ……」
「小さい頃から修練を怠らない」
「流石、紅葉だ」
「尊敬する」
その一言で。
紅葉の瞳は完全にハートになった。
「ど、道満様……」
「ありがとうございます!」
「道満様も次の試合頑張ってください!」
「ああ」
道満はいつものように穏やかに頷いた。
紅葉は幸せそうな笑顔で自分の席へ戻っていった。
その様子を見て、美鈴が小さく笑う。
「単純だね」
「聞こえてます」
紅葉の鋭い一言に、美鈴は慌てて口を押さえた。
再び笑いが起こる。
そんな中。
凛はふと観客席へ目を向けた。
先ほどの老夫婦が静かに会場を後にしようとしていた。
「あっ……」
胸がざわつく。
(行かなきゃ)
「ごめん」
「ちょっと用事がある」
そう言い残し、凛は走り出した。
「待ってください!」
老夫婦が足を止める。
凛は二人の前で頭を下げた。
「さっきはありがとうございました」
「応援してくださって」
自分でも不思議だった。
どうしても、この二人と話さなければならない。
そんな気がした。
その時だった。
「凛!」
後ろから道清が駆け寄ってきた。
老夫婦の姿を見るなり、目を見開く。
「父上……」
「母上……」
凛は驚いて父を見る。
「え……?」
老夫婦は申し訳なさそうに微笑んだ。
「すまない」
「本当は会うつもりはなかった」
「だが……」
祖父は目を潤ませる。
「一目だけでも」
「凛の姿を見たくてな」
凛は困惑する。
「でもお父さん」
「お爺様もお婆様も亡くなったって……」
道清は苦しそうに目を閉じた。
「……すまない」
「嘘をついていた」
「私は」
「父上と母上に、お母さんとの結婚を反対された」
「家を出て」
「千桜と結婚した」
「だから」
「祖父母はいないと、お前に嘘をついた」
「祖父母がいるのに会えない」
「そんな寂しさを味わわせたくなかったんだ」
祖母は涙を流しながら首を振った。
「違うの」
「悪いのは私たち」
祖父も静かに頭を下げる。
「表佐倉の人を嫁に迎えることを」
「周りの目を恐れて反対した」
「だが」
祖母は優しく微笑んだ。
「こんなに素敵な子へ育ったということは」
「千桜さんは本当に素敵な人なのでしょうね」
「私たちは間違っていました」
「本当にごめんなさい」
祖父母は深く頭を下げた。
道清は慌てて二人の肩へ手を置く。
「父上」
「母上」
「頭を上げてください」
その時。
凛はゆっくりと二人へ歩み寄った。
そして。
ぎゅっと祖父母へ抱きつく。
「お爺様」
「お婆様」
涙が止まらなかった。
「ありがとう」
「会いに来てくれて」
少し離れた道清を見て、凛は涙を拭きながら笑う。
「……晴真君なら」
「きっとこうするよね」
道清も思わず笑った。
「ああ」
「きっとな」
祖父も。
祖母も。
道清も。
凛も。
皆、笑いながら涙を流していた。




