第七十話 森羅聴の一振り
「次」
「木之子小夜」
正臣の声が響く。
「はい」
小夜は静かに立ち上がり、薙刀を手に試験場中央へ向かった。
対戦相手は――。
「根郷綾女」
綾女も静かに前へ出る。
黒装束の少女。
腰には忍刀。
袖には無数のクナイ。
忍びの一族・根郷家のクノイチであり、その素早さと忍術は一年生でも群を抜いていた。
二人が礼を交わす。
「始め!」
正臣の合図と同時に綾女が動いた。
シュッ!
最初に飛んできたのはクナイ。
小夜は薙刀で弾き飛ばす。
キンッ!
だが、それが狙いだった。
「!」
その隙に綾女が一気に間合いへ飛び込む。
忍刀が鋭く閃いた。
小夜は慌てて薙刀の柄で受け止める。
ガキィン!
「くっ!」
防ぐだけで精一杯。
得意の返し技へ繋げる余裕がない。
綾女は休むことなく攻め続ける。
速い。
とにかく速い。
その時、綾女の脳裏に紅葉の言葉が蘇った。
『小夜は素晴らしい薙刀使い』
『でも返し技に頼りすぎ』
『相手がスピードと手数で来たら苦しくなります』
『だから迷うな』
『速さと手数で押し切りなさい』
綾女はさらに踏み込みを深くし、間断なく斬撃とクナイを織り交ぜる。
一瞬の隙も与えない連撃。
小夜の防御を削り取るように、速度と手数で押し潰そうとする。
小夜は大きく息を吸った。
「……やってみる」
大きく薙刀を振るい、綾女との間合いを広げる。
そして。
薙刀を地面へ突き立てた。
カチリ。
小さな音が響く。
次の瞬間。
薙刀が二つに分かれた。
長い柄は一本の杖となり、
刃の付いた穂先だけがもう一つの武器となる。
観客席がざわつく。
「武器が分かれた?」
三葉が嬉しそうに立ち上がる。
「あれは私たち三姉妹で作った武器です!」
「杖と薙刀を合体できるようにしたんです!」
小夜は杖だけを握る。
霊力を巡らせる。
身体強化。
綾女は再びクナイを放つ。
「甘い」
クナイを払った瞬間を狙い飛び込む。
だが。
杖は薙刀より短い。
取り回しが圧倒的に速い。
パシッ!
杖が忍刀を弾く。
そのまま返し技へ。
「!」
綾女は寸前で飛び退いた。
(危なかった)
初めて綾女の表情が変わる。
綾女はすぐ戦法を変えた。
「影隠れ」
姿が消える。
次の瞬間。
小夜の死角から忍刀が迫る。
ギィン!
何とか受け止める。
しかし。
クナイ。
影隠れ。
死角からの斬撃。
さらにクナイ。
見えない位置から次々と攻撃が続く。
小夜は追い詰められていく。
「……」
小夜は静かに目を閉じた。
(落ち着いて)
(焦らない)
森羅聴を発動する。
綾女の心を探る。
しかし。
綾女は感情の起伏が少ない。
心の揺らぎが小さく、とても感じ取りにくい。
(もっと……)
(もっと集中して)
静寂。
その一瞬。
ほんの僅かな殺気が走った。
「そこ!」
小夜は振り返ることなく杖を振るう。
ガッ!
綾女の忍刀を弾き飛ばす。
そのまま喉元へ杖を添えた。
静寂。
正臣が宣言する。
「勝者」
「木之子小夜」
会場から大きな拍手が起こる。
綾女は静かに微笑み、小夜へ頭を下げた。
「負けた」
「強かった」
小夜も深く礼を返す。
「ありがとう」
試合を終えた小夜は、そのまま観客席へ向き直る。
視線の先には――。
クシナダ。
そして一葉、二葉、三葉。
小夜は三人へ向かって深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
クシナダは満足そうに笑う。
「うむ」
「ようやった」
一葉たち三姉妹も嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「新しい武器、ちゃんと使いこなしてくれましたね」
「私たちも嬉しいです」
その温かな拍手の中。
正臣が次の試合を告げる。
「次」
「麻賀多凛」
「麻賀多紅葉」
二人が静かに試験場の中央へ歩き出した。




