第六十一話 桜花封印術
修練場へ姿を現したチヨヒメと珠代。
二柱の神気に、その場の空気が静かに澄み渡る。
晴真と道満はすぐに姿勢を正し、深く頭を下げた。
「お久しぶりです!」
「ご無沙汰しております」
珠代は穏やかに微笑む。
「お二人ともずいぶん霊力が安定しましたね」
「晴隆様のご指導の成果でしょう」
「本当によく頑張りました」
道満も晴真も照れくさそうに笑う。
「ありがとうございます」
すると。
晴真の肩へ乗っていた桜花がえっへんと胸を張った。
「そうです!」
「ご主人様とっても頑張ったんです!」
「毎日修練してたんですよ!」
その姿を見たチヨヒメと珠代の表情が固まる。
「……」
「……え?」
二柱は同時に桜花を見つめた。
「れ……」
「霊童ではありませんか!」
珠代も驚きを隠せない。
「しかも晴真様の式神……」
桜花は元気いっぱいに飛び上がる。
「こんにちは!」
「桜花です!」
そしてにこにことチヨヒメへ近付いた。
「チヨヒメちゃん!」
「よろしくね!」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
チヨヒメが頬を膨らませた。
「ちゃん付けするでない!」
「妾を子ども扱いするな!」
桜花はきょとんと首を傾げる。
「でもかわいいよ?」
「か……可愛い……」
チヨヒメは思わず言葉に詰まる。
その様子にミヅチは肩を震わせて笑った。
「はっはっは!」
「霊童は遠慮がないのう!」
珠代も口元を隠して微笑む。
「ふふ」
「桜花さんらしいですね」
チヨヒメは咳払いを一つする。
「こほん」
「よい!」
「特別じゃ!」
「妾のすごい術を見せてやろう!」
そう言うと修練場の中央へ歩み出る。
両手を静かに合わせる。
鈴の音のように澄んだ声で歌うように祝詞を唱え始めた。
その声に合わせるように流れるような手印が次々と結ばれていく。
誰もが息を呑んで見守る。
やがて。
チヨヒメの足元から淡い桜色の光が広がった。
光は空中で五つの頂点を結び――
五角形の桜を描く巨大な結界となる。
その内側では無数の桜の花びらが渦を巻き始めた。
ひらり。
ひらり。
やがて桜吹雪は激しさを増し一つの嵐となる。
花びらは相手の自由を奪い逃げ場を失わせる。
最後に五枚の巨大な桜の花弁が重なるように閉じると結界は静かに光を放った。
「これが――」
チヨヒメは誇らしげに微笑む。
「桜花封印術・第一の術」
「桜花散々(おうかさんざん)」
その名が告げられた瞬間。
桜吹雪はさらに美しく舞い上がった。
晴真は思わず見入る。
「きれい……」
道満も目を輝かせる。
「これが封印術……」
珠代は静かに頷く。
「封印とは閉じ込めるだけではありません」
「術者の想いを形にし相手を包み込む技でもあるのです」
チヨヒメは満足そうに腕を組む。
「どうじゃ!」
「妾の術は見事であろう!」
「はい!」
晴真は素直に大きく頷く。
「すごくきれいでした!」
その一言にチヨヒメは少し照れくさそうに微笑んだ。
桜花は目を輝かせながら小さく拍手をする。
「チヨヒメちゃん!」
「すっごくかっこよかった!」
「だ……だから『ちゃん』はやめい!」
修練場には再び笑い声が響き。
桜の花びらは春風に乗って静かに舞い続けていた。
珠代は優しく微笑みながら、生徒たちを見渡した。
「今の術をご覧になって、難しそうだと思われた方もいるでしょう。」
晴真たちは一斉に頷く。
珠代は穏やかな口調で続けた。
「ですが、安心してください。」
「今、チヨヒメ様がお見せした術は、結界術と封印術を組み合わせた複合術です。」
「一つの術ではありません。」
道満が感心したように呟く。
「だから、あれほど精密な術式だったのですね。」
珠代は頷く。
「はい。」
「まず結界術で相手を囲み、その結界を器として封印術を発動しています。」
「二つの術が一つになって、初めてあの術は完成するのです。」
凛は思わず息を呑んだ。
「結界術と封印術を同時に……。」
「私には、まだ想像もできません。」
珠代は優しく微笑む。
「最初からそこを目指す必要はありません。」
「皆さんは、まず一つずつ確実に身につけていきましょう。」
「一つの術を極めること。」
「それが、やがて複合術への第一歩になります。」
チヨヒメも満足そうに頷く。
「焦る必要はない。」
「基礎なくして大きな術は生まれぬ。」
「一歩ずつ積み重ねるのじゃ。」
その言葉に、晴真たちは力強く頷いた。
「はい!」
複合術への道は遠い。
しかし、その第一歩は目の前にある基礎を積み重ねることだと、全員が改めて心に刻むのだった。




