第六十話 森羅聴の娘
道満への指導が終わると、クシナダはゆっくりと小夜へ視線を向けた。
「次」
「森羅聴の娘」
「はい」
小夜は薙刀を手に前へ出る。
クシナダは静かに頷く。
「お主はこのまま薙刀を続けてもよい」
小夜の表情が少し明るくなる。
しかし。
「ただ……」
その一言で空気が変わった。
「そなたはいつか壁にぶつかる」
「え……?」
小夜は目を丸くする。
「その理由はそなたの性格じゃ」
「晴真と同じ」
晴真も思わず自分を指差した。
「僕?」
「うむ」
クシナダは頷く。
「お主らは人を傷付けることを好まぬ」
「だから無意識に相手の攻撃を受け、返す戦い方になっておる」
道満も納得したように頷いた。
「確かに」
クシナダは続ける。
「森羅聴」
「相手の心の揺らぎを感じ」
「その動きを読み」
「後の先を取る」
「返し技には非常に向いておる」
小夜は静かに頷いた。
「……はい」
「でも」
クシナダは薙刀を指さす。
「薙刀は違う」
「薙刀は長い間合いを活かし、先の先を取る武でもある」
「後の先だけでは限界が来る」
⸻
「言葉だけでは分からぬな」
クシナダは薙刀を構える。
「森羅聴の娘」
「構えよ」
「はい」
小夜も薙刀を構える。
修練場が静まり返る。
クシナダが静かに言う。
「今から」
「わしはお前の面を狙う」
「はい」
「返してみよ」
「……!」
次の瞬間だった。
ヒュンッ!
誰も見えないほど鋭い踏み込み。
一瞬。
本当に一瞬だった。
気付けばクシナダの薙刀は、小夜の頭上でぴたりと止まっていた。
あと数センチ。
それだけで一本だった。
小夜は一歩も動けなかった。
「……!」
背中を冷たい汗が流れる。
クシナダは薙刀を下ろした。
「これじゃ」
「対応しきれぬ相手には」
「返し技だけでは勝てぬ」
小夜は悔しそうに唇を噛む。
「はい……」
⸻
しかしクシナダは優しく微笑んだ。
「じゃが」
「落ち込む必要はない」
「そなたには」
「式神術がある」
「はい」
「ならば」
「式神術と合わせて使える武を学ぶがよい」
「杖術じゃ」
小夜は首を傾げる。
「杖術?」
一葉が一本の杖を持ってくる。
「杖は斬る武器ではありません」
二葉が続ける。
「払う」
「受ける」
「制する」
「式神を守りながら戦う武です」
三葉も微笑む。
「森羅聴との相性もとても良いですよ」
クシナダは頷いた。
「薙刀も続けよ」
「才能はある」
「ただ」
「もう一つ武を持て」
「はい!」
小夜は力強く返事をした。
⸻
その時。
晴真が前から気になっていたことを尋ねた。
「クシナダ様」
「何じゃ?」
「どうして人の名前をあまり呼ばないんですか?」
「『森羅聴の娘』とか」
「『麻賀多の坊主』とか」
「さっきからそんな呼び方ばかりですよね?」
クシナダは少し考え込む。
「……」
「そうじゃったか?」
晴真たちは顔を見合わせた。
すると三姉妹が苦笑する。
一葉が小声で言う。
「クシナダ様は……」
「武術以外のことにはあまり興味がないんです」
二葉も苦笑する。
「人の名前を覚えるのも少し苦手で……」
三葉は申し訳なさそうに頭を下げた。
「決して悪気はないんです」
その話を聞いた沙羅が吹き出す。
「簡単に言えば」
「クシナダは脳筋なんだよ」
「なっ!」
クシナダが振り向く。
「沙羅!」
「またひどいことを言っておるじゃろ!」
沙羅は肩をすくめた。
「事実だろ?」
「むぅ……」
さっきまでの神々しい武神の姿はどこへやら。
少し頬を膨らませる姿は、どこか年相応の女性らしく見えた。
晴真は思わず笑ってしまう。
「クシナダ様って」
「なんだか可愛いですね」
「……!」
クシナダの顔がほんのり赤くなる。
「か 可愛いとは何じゃ!」
その様子を見たミヅチは腹を抱えて笑う。
「はっはっは!」
「珍しいのう!」
「クシナダが照れておる!」
一方、小夜は少しだけ頬を膨らませていた。
(晴真くん……)
(そんな笑顔で他の人に可愛いなんて……)
小さな嫉妬が胸をくすぐる。
その表情に気付いた凛は、くすっと笑った。
沙羅も晴真の肩を軽く叩く。
「お前も天然だなぁ」
「え?」
「何が?」
「そこが天然なんだよ」
晴真だけが首を傾げていた。
⸻
そんな賑やかな空気の中。
修練場にふわりと桜の花びらが舞う。
「ほほほ」
鈴のような笑い声が響いた。
「お主たちだけ」
「楽しそうじゃのう」
そこに立っていたのは、優雅な十二単をまとったチヨヒメ。
その隣には、穏やかな笑みを浮かべる珠代。
「妾にも教えさせよ」
チヨヒメは頬を膨らませる。
「お主たちだけとはずるいではないか」
珠代も苦笑しながら頷いた。
「私たちにもお手伝いさせてください」
突然現れた二柱に、その場にいた全員が慌てて姿勢を正した。
新たな師たちの登場に、修練場は再び賑わいを見せ始めるのだった。




