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第五十八話 凛の苦悩


クシナダの指導が始まって


晴真は合気術の基礎を学び始めていた。


その様子を見つめながら、凛はどこか浮かない表情をしていた。


「どうしたの?」


晴真が声を掛ける。


凛は少し困ったように笑った。


「実はね……」


「私も武術で悩んでるの」


「え?」


晴真は意外そうな顔をした。


「凛ちゃんって武術も得意だと思ってた」


凛は首を横に振る。


「陰陽術は好き」


「でも武術は……」


「実は苦手なの」



修練場の隅。


凛は薙刀を持ち上げる。


しかし。


振るたびに穂先が遅れ、動きがぎこちない。


「うーん……」


何度やっても思うように扱えない。


「私は表佐倉育ちだから」


「裏佐倉のみんなみたいに小さい頃から薙刀を習ってきたわけじゃないの」


小夜が頷く。


「確かに」


「裏佐倉の女の子は習い事で薙刀を習う人が多いよね」


凛も苦笑した。


「長くて重くて……」


「どうしても思うように動かせないの」



その時。


綾女が静かに通り掛かった。


凛は以前から気になっていたことを尋ねる。


「綾女ちゃん」


「忍者って薙刀は使わないの?」


綾女は立ち止まり、短く答えた。


「使わない」


「潜入」


「隠密」


「奇襲」


「忍者には長い武器は邪魔」


「だから私は忍刀」


「必要なら短刀」


「なるほど……」


凛は深く頷く。


(私も……)


(扱いづらい武器じゃなくて)


(自分に合う武器があるんじゃないかな)


凛が、そう考えてる間に 綾女は静かに行ってしまった。 



その時だった。


「麻賀多の小娘」


低く落ち着いた声が響く。


振り向くと、クシナダが立っていた。


「はい!」


凛は慌てて姿勢を正す。


クシナダは凛をじっと見つめる。


「お主」


「神楽を舞うそうじゃな」


「はい」


「小さい頃から舞っています」


クシナダは満足そうに頷く。


「ならば」


「こんな武術はどうじゃ」


一葉が二本の小太刀を持ってくる。


クシナダは一本ずつ手に取った。


そして――。


静かに舞い始める。


右の小太刀が相手の攻撃を流す。


左の小太刀が流れるように斬り込む。


一歩踏み出し。


半歩退き。


身体をひねり。


まるで神楽を奉納する巫女の舞。


美しく。


無駄がなく。


しかし鋭い。


攻撃と防御が一つになった武だった。


凛は思わず息を呑む。


「きれい……」


「まるで神楽みたい」


クシナダは動きを止める。


「その通りじゃ」


「神楽の歩法にも通じる」


「巫女が身を守るために伝えてきた武でもある」


凛の瞳が輝く。


「私にも……できますか?」


一葉が微笑んだ。


「神楽を舞える凛様ならきっと」


二葉も頷く。


「霊力の扱いも繊細ですし」


三葉は優しく続けた。


「二本を別々に扱うにはとても向いています」


凛は胸の前で小太刀を握りしめた。


軽い。


薙刀よりもずっと身体になじむ。


自然に構えられる。


晴真も嬉しそうに笑う。


「凛ちゃん すごく似合ってるよ」


凛は照れながら微笑んだ。


「ありがとう」


そしてクシナダへ尋ねる。


「この武術には名前があるんですか?」


クシナダは静かに二本の小太刀を納める。


「ある」


「この武術の名は――」


神楽双刃術かぐらそうじんじゅつ


「神楽の舞から生まれた二刀の武」


「攻めるためではなく」


「守り」


「いなし」


「そして必要な時だけ斬る」


凛はその名を胸の中で静かに繰り返した。


「神楽双刃術……」


その響きは、不思議なほど自分の心にしっくりと馴染んでいた。


新たな武との出会いが、凛の未来を大きく変えようとしていた。

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