第三十八話 御堂家名物手打ちうどん
学校へ戻る前日。
御堂家の台所は朝から賑やかだった。
「今日は晴真のために おばあちゃんが腕を振るいますよ」
紫乃が微笑みながら袖をまくる。
「やった!」
晴真は目を輝かせた。
陽香が嬉しそうに笑う。
「おばあちゃんの手打ちうどん すっごくおいしいんだよ!」
陽乃も頷く。
「御堂家の名物だからね」
晴隆も腕を組みながら笑う。
「修練を頑張った褒美じゃ」
「しっかり食べるがよい」
「はい!」
⸻
台所では紫乃が大きな鉢へ小麦粉を入れていた。
そこへ少しずつ塩水を加えていく。
晴真は興味津々で覗き込む。
「おばあちゃん」
「一気に入れないんですか?」
「ええ」
紫乃は優しく微笑む。
「最初から全部入れてしまうと 粉が均一にまとまらないの」
「少し入れて混ぜる」
「また少し入れて混ぜる」
「それを何度も繰り返すのよ」
晴真は真剣に見つめる。
粉は最初 ばらばらだった。
しかし少しずつ水が行き渡り 小さな塊になっていく。
さらに混ぜる。
またまとまる。
やがて一つの大きな生地になった。
⸻
紫乃は生地を力強くこね始めた。
押して。
折りたたみ。
また押す。
何度も。
何度も。
「これも一回じゃ終わらない」
「何度もこねることで 生地にコシが生まれるの」
晴真はその手の動きを目で追う。
同じ動作を繰り返しているだけなのに 生地は少しずつ滑らかになっていく。
⸻
しばらくすると 紫乃は生地を寝かせた。
「すぐには切らないんですか?」
晴真が尋ねる。
「焦ってはいけないわ」
「休ませる時間も大切なの」
「そうすることで 生地が落ち着くのよ」
晴真は生地をじっと見つめた。
押す。
休ませる。
また押す。
何度も繰り返して 少しずつ完成へ近づいていく。
その姿が 不思議と自分の修練に重なって見えた。
⸻
「……あ」
晴真が小さく声を漏らす。
「どうしたの?」
陽乃が尋ねる。
晴真は生地を見つめたまま答えた。
「僕の霊力も これと同じなのかもしれない」
一同が晴真を見る。
「丹田へ戻して」
「霊圧で少しずつ押し固める」
「また巡らせて」
「また戻す」
「一回じゃ変わらない」
「何度も繰り返して 少しずつ強くなっていく」
晴真の目が輝く。
「刀を鍛えるのとも似てる」
「でも うどんも同じだったんだ」
紫乃は驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。
「そんな風に考えたことはなかったわ」
晴隆は腕を組み 小さく笑う。
「ふむ」
「やはり お前は面白い」
晴真はまだ考え続けている。
「巡らせるだけじゃ駄目」
「戻すだけでも駄目」
「戻る時に 少しずつ鍛えていく……」
「それを何度も繰り返せば……」
そこまで口にしたところで 晴真は首を振った。
「でも まだ何か足りない」
晴隆は静かに立ち上がる。
「今はそれでよい」
「答えは急いで出すものではない」
「考え続けることが大切じゃ」
「はい おじいちゃん」
晴真は力強く頷いた。
やがて 茹で上がったうどんが食卓へ並ぶ。
つややかで もちもちとした御堂家自慢の手打ちうどん。
「いただきます!」
家族みんなで箸を伸ばす。
その温かな食卓の中でも 晴真の頭の中では 霊力と丹田 そして霊圧を結ぶ新たな考えが 少しずつ形になり始めていた。




