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第二十八話 御堂家の人々


 御堂家の門をくぐると 広い庭が一行を迎えた。


丁寧に手入れされた松。


白い砂利が敷かれた小道。


小さな池には色鮮やかな鯉が泳ぎ その奥には古く立派な日本家屋が建っている。


「すごい……」


晴真は思わず辺りを見回した。


「父さんは ここで育ったの?」


「ああ」


晴臣は懐かしそうに屋敷を見つめる。


「昔とあまり変わってねぇな」


沙羅が横から口を挟む。


「ずいぶん長いこと帰ってなかったくせに よく覚えてんな」


「うるさい」


「また始まった」


晴真は苦笑した。


晴時が一行を屋敷の中へ案内する。


「父上と母上は 奥の座敷で待っている」


その言葉を聞いた瞬間 晴臣の足がわずかに止まった。


沙羅はすぐに気付き 呆れた顔を向ける。


「今さら逃げるなよ」


「逃げねぇよ」


「顔が逃げたがってるぞ」


「うるせぇな」


正臣は困ったように笑った。


「晴臣先輩でも 緊張することがあるんですね」


「正臣」


「余計なこと言うな」


玄と紫苑も小さく笑う。


晴真はそんな父を見上げた。


「父さん 大丈夫?」


「ああ」


晴臣は一度息を吐き 晴真の頭へ手を置いた。


「今日はお前のために来たんだからな」


「うん」


晴真は素直に頷いた。



一行が奥座敷の前まで来ると 晴時が静かに襖へ手を掛けた。


「父上 母上」


「晴真たちが参りました」


襖が開く。


広い座敷の上座に 一組の男女が座っていた。


一人は御堂晴隆。


白髪交じりの髪を後ろへ撫でつけ 鋭い目をした威厳ある老人だった。


年齢を感じさせないほど背筋が伸び 座っているだけで周囲の空気が引き締まる。


その隣に座るのは 妻の紫乃。


美しく整えられた銀混じりの黒髪。


上品な着物姿。


穏やかな顔立ちをしているが その立ち居振る舞いには名門御堂家の夫人らしい気品が漂っていた。


晴臣は二人の姿を見るなり わずかに視線を逸らした。


晴隆も無言で息子を見る。


座敷に重い沈黙が流れた。


沙羅が小声で呟く。


「気まずすぎるだろ」


「聞こえてるぞ」


晴臣も小声で返す。


晴真は父と祖父を交互に見つめた。


正臣たちも どう声を掛ければよいのか分からず黙っている。


その沈黙を破ったのは 紫乃だった。


「いつまで入り口に立っているのです」


「皆さん どうぞお入りなさい」


「はい」


一行は座敷へ入り それぞれ腰を下ろした。


晴真は晴臣の隣で正座し 少し緊張した様子で晴隆と紫乃を見つめる。


二人もまた 晴真から目を離せずにいた。


自分たちの孫。


長い間 会うことのできなかった晴臣の息子。


晴隆は平静を装っていたが 膝の上に置かれた手には少し力が入っている。


紫乃も表情こそ崩していなかったが その目はどこか優しかった。


晴時が晴真へ声を掛ける。


「晴真」


「こちらが私たちの父と母だ」


晴真は姿勢を正した。


そして 二人へ深く頭を下げる。


「初めまして」


「桜晴真です」


少しだけ顔を上げ 緊張しながら続けた。


「お爺様」


「お婆様」


その呼び方を聞いた瞬間。


晴隆の眉がわずかに動いた。


紫乃は思わず目を見開く。


晴真は不安そうに首を傾げた。


「呼び方 間違っていましたか?」


「いや」


晴隆はすぐに答えた。


いつもより少しだけ声が上ずっている。


「間違っておらん」


紫乃も静かに微笑む。


「ええ」


「そう呼んでください」


「はい」


晴真は安心したように笑った。


その笑顔を見た瞬間 紫乃の表情がわずかに崩れる。


晴隆は咳払いをして 顔を横へ向けた。


沙羅がその様子を見逃さなかった。


「伯父さん」


「もう孫にやられてんじゃねぇか」


「黙れ 沙羅」


晴隆が低い声で言う。


しかし 耳は少し赤くなっていた。


晴臣が呆れたように呟く。


「相変わらず分かりやすいな」


「お前が言うな」


晴隆の鋭い視線が晴臣へ向く。


再び空気が張り詰めた。


晴真は慌てて口を開く。


「あの!」


全員の視線が晴真へ集まる。


晴真は少し緊張しながらも 晴隆と紫乃を見つめた。


「入学の準備をしてくださって ありがとうございました」


先ほど 晴時から 入学用品の選別は、祖父母の二人が したことを聞かされた。


「制服も鞄も 全部とても気に入っています」


晴真は自分の制服を嬉しそうに見下ろした。


「今日は お爺様とお婆様にも見ていただきたくて 制服で来ました」


紫乃は思わず口元を押さえた。


晴隆も完全に言葉を失っている。


「それから」


晴真は少し照れくさそうに笑う。


「父さんの家族に会えるのを ずっと楽しみにしていました」


その言葉に 座敷が静まり返った。


晴臣は目を伏せる。


晴時と照美も穏やかな表情で晴真を見つめる。


陽乃と陽香は 今にも晴真へ抱きつきそうな顔をしていた。


紫乃は晴真へ静かに手を差し出した。


「晴真」


「もう少しこちらへ来て 顔をよく見せてください」


「はい」


晴真は素直に立ち上がり 紫乃の前へ進む。


紫乃は晴真の顔をじっと見つめた。


目元。


鼻筋。


笑った時の表情。


晴臣に似ている部分もあれば 母である美咲に似ている部分もある。


紫乃はそっと晴真の頬へ触れた。


「本当に」


「晴臣の子なのですね」


「はい」


晴真は優しく笑った。


「父さんには いつもお世話になっています」


「お世話って お前は親戚か」


晴臣が思わず口を挟む。


座敷に小さな笑いが広がった。


張り詰めていた空気が 少しだけ和らぐ。


晴隆は晴真へ尋ねた。


「学園生活はどうだ」


「楽しいです」


「友達もたくさんできました」


「授業は 少し大変ですけど」


最後だけ声が小さくなる。


正臣が苦笑した。


「少しではありませんけどね」


「先生!」


晴真は慌てて正臣を見る。


紫苑が楽しそうに笑う。


「札術では火柱」


「結界術では教室全体を包み込み」


「封印術ではクラス全員を封じかけたそうですよ」


「紫苑先生まで!」


晴真は真っ赤になった。


陽香は目を輝かせる。


「すごい!」


「すごくないよ」


「全部失敗なんだよ」


晴真は肩を落とす。


晴隆は晴真を静かに見つめた。


「なるほど」


その一言で 表情がわずかに変わる。


孫を見る祖父の顔から 霊力操作の達人の顔へ。


「それで 今日は晴真の霊力について相談に来たということか」


正臣は姿勢を正した。


「はい」


「俺なりに基礎から教えているのですが どうしても霊力の加減ができません」


「霊力量が多いことは分かります」


「ですが それだけでは説明できない失敗ばかりです」


晴隆は目を細めた。


「詳しく聞こう」


その隣で 紫乃はまだ晴真の手を握ったままだった。


陽乃と陽香も 晴真のすぐ近くに座っている。


照美は穏やかに笑い 晴時はどこか安心したように家族の様子を見つめていた。


初めて会ったはずなのに。


晴真を中心に 少しずつ御堂家の空気が変わり始めていた。


そして晴真自身もまた 初めて知る父の家族の温かさに 胸の奥がじんわりと満たされていくのを感じていた。

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