第二話 受け継がれし金桜眼
夕暮れ
茜色に染まった空の下、桜晴真は佐倉城址公園を後にした。
胸には、金色の桜が描かれた入学許可書の入った封筒を、大切そうに抱えている。
頭の中は、まだ整理がつかなかった。
裏佐倉
陰陽師
金桜眼
そして、佐倉陰陽学園
どれも現実とは思えない話ばかりだった。
「お母さんに話したら、きっと驚くだろうなぁ」
そう呟きながら家の玄関を開ける。
「ただいまー!」
すると、リビングから聞き慣れない男の声が返ってきた。
「おう。おかえり」
晴真は思わず足を止める。
「……え?」
ソファに座っていたのは、一人の男性だった。
短く整えられた黒髪
穏やかな笑顔
その顔を見間違えるはずがない。
「お父さん!?」
桜晴臣
海外へ単身赴任していた父だった。
「いつ帰ってきたの!?」
晴真は駆け寄る
「ついさっきだ」
晴臣は笑って立ち上がる。
「久しぶりだな」
「本当にお父さん?」
「偽物だったら怖いだろ」
「それもそうだけど!」
晴真は勢いよく抱きついた。
晴臣は少し照れくさそうに笑いながら、息子の頭を優しく撫でる。
「大きくなったな」
「えへへ」
その様子を見て、美咲が台所から微笑んだ。
「二人とも、ご飯の前にお茶でも飲みましょう」
食卓には、湯気の立つ佐倉茶が並んでいた。
美咲がお茶を注ぎながら言う。
「今日はちょうど良かったわね」
「?」
晴真が首を傾げる。
すると晴臣が静かに口を開いた。
「晴真」
「うん?」
「今日、誰かに会わなかったか?」
その言葉に、晴真は目を丸くした。
「あっ!」
慌てて鞄を開き、大切そうに封筒を取り出す。
「これ!」
金色の桜が描かれた封筒。
佐倉陰陽学園の入学許可書だった。
それを見た美咲は、驚くことなく微笑む。
「やっぱり来たのね」
「え?」
「知ってたの!?」
晴真は目を丸くする。
晴臣は静かに頷いた。
「実はな」
「学園長に頼んであったんだ」
「晴真の金桜眼を確認してほしいってな」
晴真は固まる。
「……知ってたの?」
「ああ」
晴臣は穏やかに答えた。
「お前の目のことも」
「裏佐倉のことも」
「全部な」
「まず一つ話しておく」
晴臣は湯飲みを置いた。
「海外赴任っていうのは半分本当だ」
「半分?」
「俺の本当の仕事は、裏佐倉の公安部だ」
「こうあんぶ?」
「裏佐倉の治安を守る部署だ。」
「こっちで言えば警察みたいなものだな」
晴真は口をぽかんと開けた。
「えぇぇぇぇっ!?」
「ちなみに俺は裏佐倉の生まれだ」
「もっと早く言ってよ!」
「言えなかったんだよ」
晴臣は苦笑した。
「裏佐倉のことは、誰にでも話していい秘密じゃないからな」
その後、晴真は今日あった出来事を夢中になって話した。
ミヅチのこと
御堂沙羅のこと
結界
札術
黄金の桜吹雪
そして巨大な白蛇へ姿を変えたことまで
すべて話し終えると――
晴臣は腹を抱えて笑い始めた。
「あっはっはっは!」
「な、何?」
「ミヅチに蔵六餅を取られたのか!」
「うん……」
「それは気に入られたな」
「え?」
晴臣は笑いをこらえながら言う。
「昔からそうなんだ」
「気に入った相手の食べ物を平気で取る癖がある」
「迷惑だね」
「否定できん」
晴臣は苦笑し、美咲も肩を震わせて笑った。
やがて話題は、晴真の瞳へ移る。
「金桜眼って何なの?」
晴真が尋ねる。
晴臣と美咲は顔を見合わせる。
「簡単に言えば」
晴臣は静かに言った。
「特別な陰陽眼だ」
晴真は首を傾げる。
「……陰陽眼って何?」
晴臣は少し驚いたように笑う。
「ああ、そうか。」
「表佐倉で育ったお前は知らないんだったな」
美咲も苦笑する。
「普通は知らないものね」
晴臣は湯飲みを持ち上げ、一口飲んでから話し始めた。
「陰陽眼というのはな」
「妖力や霊力。」
「結界や式神の力。」
「普通の人には見えないものを見ることができる目だ」
晴真は、公園での出来事を思い返す。
誰も気付かなかった結界。
神々しいミヅチの姿。
「あれ?」
「じゃあ僕にもあるの?」
「ある」
晴臣は頷いた。
「お前は生まれつき陰陽眼を持っている」
「ちょっと見せてやる」
晴臣は静かに目を閉じた。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
部屋の空気が少しだけ変わった気がした。
美咲は慣れた様子で微笑んでいる。
やがて晴臣が目を開いた。
「晴真」
「うん?」
「俺の目を見てみろ」
晴真は父の瞳を見つめる。
「……!」
思わず息をのんだ。
晴臣の瞳が、淡い白金色に輝いている。
月明かりを閉じ込めたような神秘的な光。
虹彩の奥で、白金色の輝きが静かに揺れていた。
「すごい……」
晴真は思わず見入る。
「お父さんの目、光ってる」
晴臣は微笑んだ。
「これが陰陽眼だ」
「陰陽眼は持ち主によって色も力も違う」
「俺のは、御堂家特有の白金色なんだ」
晴臣は引き出しから手鏡を取り出した。
「今度は自分の目を見てみろ」
「僕の?」
「意識を集中するんだ」
晴真は鏡を受け取る。
深呼吸をして目を閉じる。
ゆっくりと意識を落ち着かせる。
そして、静かに目を開いた。
「――っ!」
鏡の中の瞳が、黄金色に輝いていた。
その中心には、小さな桜。
まだ蕾を残しながらも、ゆっくりと花びらを開き始めている。
「これ……」
晴真は言葉を失う。
「前はこんなの、なかった……」
美咲が静かに頷いた。
「小さい頃は普通の金色だったの」
「でも最近になって、少しずつ桜が咲き始めたのよ」
「だから、お父さんへ相談したの」
晴臣も真剣な表情になる。
「ああ」
「だから学園長に確認を頼んだ」
晴真は鏡の中の金色の桜から目を離せなかった。
その時、美咲が棚から小さなケースを取り出した。
「でもね」
ケースを開く。
中に入っていたのは、一見すると普通の銀縁の眼鏡だった。
「眼鏡?」
美咲は優しく微笑み、それを掛ける。
その瞬間。
レンズの奥で、淡い光がふわりと揺れたように見えた。
「それ何?」
晴臣が答える。
「陰陽眼鏡だ」
「陰陽眼鏡?」
「陰陽術で作られた特殊な眼鏡だ」
「陰陽眼を持たない人でも、妖気や霊力、結界なんかを少しだけ見ることができる」
美咲は晴真を見つめ、優しく微笑む。
「これのおかげでね」
「あなたの瞳が少しずつ変わっていくのも見えていたの」
「最初は金色に光るだけだった」
「でも、だんだん蕾になって」
「最近は花びらが少しずつ開いてきたの」
晴真はそっと自分の瞳に触れる。
「お母さんも気付いてたんだ……」
「もちろん」
美咲は優しく笑った。
「だって、お母さんだもの」
その言葉に、晴真も安心したように笑顔を浮かべた。
その夜
晴真はまだ知らない
金色の桜が咲くその瞳に、どれほど大きな運命が託されているのかを――




