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第一話 金色の桜と入学許可書

千葉県の北にある町――佐倉市。


昔は佐倉藩の城下町として栄え、今も武家屋敷や古い町並みが残っている。


春になると、佐倉城址公園にはたくさんの桜が咲き、多くの人が訪れる。


だが。


この町には、普通の人が知らないもう一つの姿があった。


表佐倉。


そして裏佐倉。


そこには陰陽師や忍者、侍、巫女たちだけでなく、妖や鬼、神々の眷属たちも暮らしている。


選ばれた者だけがたどり着ける、不思議な世界。


これは、裏佐倉へ足を踏み入れることになった一人の少年――桜晴真と仲間たちの物語である

第一話 金色の桜と入学許可書


春のあたたかな日。


佐倉城址公園では、満開の桜が石垣を淡い桃色に染め、やわらかな風に乗って花びらがゆっくりと舞っていた。


ベンチに腰かけた桜晴真(さくらはるま)は、その景色を眺めながら、にこにことおやつを食べている。


「やっぱり木村屋の蔵六餅(ぞうろくもち)はおいしいなあ」


手には|蔵六餅。


隣には、湯気の立つあたたかい佐倉茶。


晴真の大好きな組み合わせだった。


「あと一個しかないや」


最後の一個を持ち上げた、その瞬間。


ひらり――。


目の前を一枚の桜の花びらが横切る。


ひょい。


「あれ?」


蔵六餅が消えた。


慌てて顔を上げると、目の前には見たこともない女の人が立っていた。


華やかな花魁姿。


腰まで届く銀色の長い髪。


まるで人ではなく、神話から抜け出してきたような美しさだった。


その女の人は、晴真の蔵六餅を口に運び、満足そうに頷く。


「うむ、うまいのう」


「えええっ!?」


さらに、その女の人は隣の佐倉茶を手に取る。


ずずっ。


「こちらも、なかなか良い」


「それ僕のお茶!」


「細かいことは気にするな」


「気にするよ!?」


女の人は、くすくすと楽しそうに笑った。


その後ろのベンチには、もう一人の女性が座っていた。


黒髪に金色のメッシュ。


鋭い目つきで少し怖そうだが、凛とした美しさを持つ女性だった。


女性は深いため息をつく。


「ミヅチ」


「なんじゃ?」


「初めて会った子のお菓子を取るな」


「うまそうだったから仕方ない」


「最低だな」


「褒め言葉として受け取ろう」


「褒めてねぇ」


女性は立ち上がり、晴真の前まで歩いてくる。


「悪いな」


「え?」


「こいつは昔からこうなんだ」


そう言って親指でミヅチを指した。


「私は御堂沙羅(みどうさら)だ」


「みどう……さら?」


「ああ」


沙羅はにっと笑う。


「覚えとけ」 


「う、うん」


晴真は慌てて頷いた。


その時だった。


晴真は周囲を見回し、不思議そうな顔をする。


「……あれ?」


桜は咲いている。


観光客も歩いている。


けれど、誰一人としてこちらを見ようとしない。


まるで三人だけが、この場所から切り離されてしまったようだった。


ミヅチが微笑む。


「気付いたか」


「なんで誰も見てないの?」


「結界じゃ」


「けっかい?」


「外からは、わらわたちの姿が見えぬようになっておる」


晴真は首を傾げた。


「つまり?」


沙羅が肩をすくめる。


「今ここには、俺たちしかいないってことだ」


「……そんなこと、本当にできるの?」


「できる」


その一言には、不思議な説得力があった。


沙羅は改めて晴真の顔を見つめる。


そして、息をのんだ。 


「……本当にあるんだな」


「え?」


さらに顔を近づける。


晴真の瞳の奥。


金色の光が静かに揺れ、その中心には、一輪の桜が咲いているような模様が浮かんでいた。


ミヅチも真剣な表情になる。


「間違いない」


「ああ」


沙羅は小さく頷いた。


「金桜眼だ」


「きんおうがん?」


晴真は首を傾げる。


ミヅチは優しく微笑んだ。


「今は知らなくてもよい。」


「その時が来れば、おのずと分かる。」


沙羅は懐から、一通の封筒を取り出した。

金色の桜の紋が美しく刻まれている。


「桜晴真」


「はい」


「お前を佐倉陰陽学園へ招待する」


晴真は恐る恐る封を開けた。


中には厚みのある黒い和紙。


金色の光がゆっくりと広がり、文字が浮かび上がる。


佐倉陰陽学園 入学許可書


「えええええっ!?」


説明を聞き終えても、晴真はまだ信じられないという


顔をしていた。


「本当にそんな学校があるの?」


「ある」


ミヅチは静かに答える。


「裏佐倉という場所にな」


「裏……佐倉?」


聞いたこともない名前だった。


帰ろうとした時、沙羅が振り返る。


「入学式の日、ヒヨドリ坂のバス停に来い」


「僕、本当にその学校へ行くの?」


「当たり前だろ」


「でも、まだ信じられなくて……」


沙羅は苦笑した。


「じゃあ、百聞は一見にしかずだ。」


ミヅチが一枚の札を取り出す。


「見ておれ」


札がふわりと宙へ舞い、金色の光へと変わる。


その瞬間だった。


公園中の桜が一斉に舞い上がる。 


風は吹いていない。


それでも花びらは空を埋め尽くし、黄金の光をまとって美しく輝いていた。


幻想的な桜吹雪。


晴真は目を輝かせる。


「すごい……」


「これが札術じゃ」


「うん!」


晴真は大きく頷く。


「信じる!」


「おお?」


「こんなの普通じゃないもん!」


沙羅は笑った。


「だろ?」


その直後だった。


ミヅチが急に頬を膨らませる。


「表佐倉の案内板が気に入らん!」


「なんで?」


「三階池と姥ヶ池を同じ池のように書いておる!」 


「またその話か」


沙羅は呆れたように額へ手を当てる。


ミヅチは胸を張る。


「ならば、本当の姿を見せてやろう!」


眩い銀色の光が溢れる。


空気が震え、公園中の桜が一斉に揺れた。


次の瞬間。


巨大な白蛇が天へと身をもたげる。


真珠のように輝く白い鱗。


黄金に輝く瞳。


神そのものを思わせる神々しい姿だった。


「わらわは三階池の主じゃ!」


だが晴真は逃げなかった。 


しばらく見上げると、にっこり笑う。


「ミヅチって面白いな」


「……む?」


ミヅチは固まる。


「すごく怒ってるのに、なんか面白い」 


晴真は楽しそうに笑った。


ミヅチも思わず吹き出す。


「変な子供じゃ」


沙羅は苦笑する。


「気に入ったな?」 


「ふん」


ミヅチはそっぽを向く。


だが、その表情はどこか嬉しそうだった。


そして、小さく呟く。


「どこか……あのかたを思い出す」


沙羅は遠くの桜を見つめ、静かに微笑む。


「きっと面白いことになる。」


この日、三階池の主ミヅチは、一人の少年に心を許した。


まだ誰も知らない。


この少年が、裏佐倉の運命を大きく変える存在になることを。


そして――


金桜眼の伝説は、静かに再び動き始めた。

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