第十六話 担任 勝田正臣
黒桜寮の新入生たちは教師の案内で初等部一組の教室へ向かっていた。
廊下には磨き上げられた木の床が続き、大きな窓から春の陽射しが差し込んでいる。
「ここが一年一組です」
案内の教師が扉を開けた。
「おお……」
刀也が思わず声を漏らす。
教室は広く、一人ひとりの机もゆったりと並べられていた。
窓の外には桜が咲き、中庭では式神たちが忙しそうに働いている。
「好きな席に座ってください」
その一言で新入生たちは思い思いの席へ向かった。
晴真は窓際の席に座る。
その隣へ刀也が腰を下ろした。
「よし 今日からよろしくな!」
「うん よろしく」
その後ろには凛が座る。
「二人ともよろしくね」
三人は自然と笑顔になった。
少し離れた席では道満が静かに腰を下ろす。
その周りには紅葉をはじめ取り巻きの四人が自然と集まった。
まるで最初から決まっていたかのようだった。
道満は静かに教室を見渡す。
(黒桜寮……)
(なぜ私が……)
宗家は代々白桜寮。
父も
兄・道隆も
姉・道香も
皆 白桜寮だった
自分だけが黒桜寮
五行桜が間違えるはずはない。
だからこそ納得できなかった。
その時だった
ガラッ
教室の扉が勢いよく開く。
「よう お前ら!」
明るい声とともに入ってきたのは勝田正臣だった。
「改めまして一組担任の勝田正臣だ」
「式神術を担当する」
「陰陽術の基礎は一年生の間は担任が教える」
「二年生からは専門の教員が担当する」
「一年間よろしくな!」
教室中が一斉に頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
正臣は教壇に立つと教室を見回した。
「そんなに緊張しなくていい」
「俺も初日は緊張したからな」
その言葉に教室の空気が少し和らぐ。
「さて」
「まずは自己紹介と言いたいところだけど」
正臣は悪戯っぽく笑った。
「その前に一つだけ話をしておく」
皆が耳を傾ける。
「この一組には家柄が立派な奴もいる」
「名門の出もいる」
「表佐倉で育った奴もいる」
「でもな」
正臣は教卓に軽く手をついた。
「この教室に入った瞬間から全員が同じ一年生だ」
「宗家も分家もない」
「表も裏も関係ない」
「ここでは実力と努力 それから仲間を思う心で評価する」
教室は静まり返る。
その言葉はまっすぐ道満へ向けられているようでもあった。
道満は表情を変えず静かに聞いていた。
「俺は肩書きじゃ生徒を見ない」
「誰が一番伸びるかなんて今は誰にも分からないからな」
晴真は思わず笑顔になる。
(いい先生だな)
凛も安心したように微笑んだ。
刀也は腕を組み何度も頷いている。
一方 道満は静かに正臣を見つめていた。
(父上が評価していた勝田正臣……)
(こういう人だったのか)
その時 正臣の視線が道満へ向く。
「麻賀多道満」
「はい」
「お前 新入生代表の挨拶 立派だったぞ」
教室のみんなが道満を見る。
「ありがとうございます」
「ただ」
正臣は少し笑う。
「肩に力が入りすぎだ」
「もっと気楽でいい」
教室から小さな笑いが起こる。
道満は一瞬だけ驚いた表情を見せた。
名門の跡取りとして育った自分に、そんな言葉をかける教師はいなかったからだ。
「先生」
道満は静かに口を開く。
「質問があります」
「おう」
「なぜ私は黒桜寮なのでしょうか」
教室の空気が張り詰める。
誰もが気になっていたことだった。
正臣は少し笑う。
「それは俺にも分からん」
「決めるのは五行桜だからな」
「でも一つだけ言える」
正臣は道満を真っすぐ見つめた。
「黒桜寮に選ばれたことには必ず意味がある」
「その意味を見つけるのはお前自身だ」
道満は静かに目を閉じた。
「……はい」
その返事は今までより少しだけ柔らかく聞こえた。
教室の窓から春風が吹き込む。
新しい仲間
新しい担任
そしてそれぞれが抱える思い。
黒桜寮一年一組の一年が、いよいよ始まろうとしていた。




