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第百二十一話 舞桜と与一の許嫁達

「あははは!」


晴真の笑い声が修練場に響く。


すると――


「なんじゃ?」


少し離れたところから少女の声がした。


「何か面白いことでもあったのか?」


晴真たちが振り返る。


一人の少女がこちらへ歩いてきていた。


奉先と同じように手には槍。


その姿を見た刀也が手を上げる。


舞桜まお!」


少女――岩富舞桜いわとみ まおが刀也を見る。


「ああ」


にっと笑った。


「なんだ刀也かぁ」


「なんだ刀也かぁ、はないだろ!」


「ははは!」


舞桜が楽しそうに笑う。


すると奉先がさらりと言った。


「舞桜」


「刀也、槍を始めるらしいぞ」


一瞬。


舞桜の動きが止まる。


「刀也が!?」


「ああ」


「槍を!?」


「そうだ」


「ぶははははは!」


舞桜が腹を抱えて大笑いした。


「無理無理!」


「刀也じゃ扱えん!」


「お前、失礼だなぁ!」


刀也も笑いながら言い返す。


「俺だって練習すれば使える!」


「槍は刀とは間合いも体捌きも違うぞ?」


「だから覚えるんだろ!」


「そのうち自分の足を払うんじゃないか?」


「払わねぇよ!」


そんな二人のやり取りを見て晴真は思わず笑う。


舞桜はそこで晴真に気づいた。


「ん?」


じっと顔を見る。


「あっ」


晴真を指差す。


「さっきの陰陽術の凄い男子」


「僕?」


「そう、お前じゃ」


舞桜は槍を肩へ担ぐ。


「私は岩富舞桜」


「よろしくな」


晴真も笑顔で答える。


「僕は桜晴真」


「よろしくね」


「桜晴真?」


舞桜が首を傾げる。


何かを思い出したように刀也を見る。


「もしかして」


「刀也が言ってた――」


「金桜毛の霊馬に選ばれた男子か?」


「ああ」


晴真は少し照れながら頷く。


「一応そうだけど」


「月桜って名前なんだ」


舞桜の目が輝いた。


「そうか!」


「金桜毛なんて伝説でしか聞いたことがなかったぞ」


「本当にいたんじゃなぁ」


「うん」


舞桜は晴真を興味深そうに眺める。


「一度見てみたいものじゃ」


「月桜も喜ぶと思うよ」


晴真は笑いながら思った。


なんだろう。


刀也と話してるみたいだなぁ。


言葉遣いこそ少し違う。


だが武術や霊馬の話になると途端に目を輝かせるところが、どことなく刀也に似ていた。


そんな晴真の横で奉先が言う。


「舞桜は馬術なら俺でも勝てないくらいの腕だ」


「そうなの?」


「ああ」


刀也も加わる。


「舞桜の霊馬も凄いんだぜ!」


紅蓮毛ぐれんげっていう全身真っ赤な霊馬なんだ!」


「へぇ!」


晴真の目が輝く。


「見てみたい!」


舞桜が得意そうに笑う。


「名はほむらじゃ」


「私の自慢の相棒じゃぞ」


「焔かぁ」


晴真が嬉しそうに笑う。


奉先が言った。


「秋の桜駆けで見られると思うぞ」


「桜駆け?」


「ああ」


「クラス対抗だからな」


「一年一組と一年三組なら勝負することになるかもしれん」


舞桜が晴真へ向き直る。


挑戦的な笑みを浮かべた。


「晴真」


「私の紅蓮毛――焔に勝てるかな?」


晴真も笑う。


「負けないよ」


「月桜は凄いからね」


「ほう!」


舞桜の笑みが深くなる。


「楽しみにしておるぞ!」


「うん!」


そこへ――


「何の話をしてるんだ?」


与一がやってきた。


「あっ与一!」


刀也が手招きする。


「霊馬の話!」


「こいつの霊馬も凄いんだぜ」


「黒曜毛の黒曜!」


奉先が与一を見る。


「黒曜毛か」


「良い霊馬と巡り会えたんだな」


与一は嬉しそうに頷く。


「ああ」


「僕にはもったいないくらいだよ」


「そんなことはないだろう」


奉先はそう言って与一の弓へ視線を移した。


「それに――」


「さっきの射」


「見事だった」


「え?」


与一が目を丸くする。


「しっかりとした会から冴えた離れへつながっていた」


「無理に的へ当てようとしていない」


「正射必中を体現したような美しい射だった」


与一の表情が少し明るくなる。


「ありがとう」


晴真が奉先を見る。


「奉先も弓をやるの?」


「少しはな」


すると舞桜が横から笑う。


「少し?」


「少しではなかろう」


「舞桜」


「本当のことじゃ」


晴真の目が輝く。


「見てみたい!」


与一も頷いた。


「僕も見たい」


奉先は少し困ったように笑う。


「仕方ないな」


幸い修練場の一角には弓術用の的が並んでいる。


「与一」


「弓を借りてもいいか?」


「もちろん」


与一が自分の弓を差し出した。


奉先は受け取ると弦や弓の状態を確認する。


「良い弓だな」


そして感心したように言う。


「手入れも行き届いている」


「大切に使っているのが分かる」


「ありがとう」


与一は嬉しそうに答えた。


奉先は的の前へ立つ。


その瞬間――


先ほどまでの気さくな雰囲気が消えた。


足踏み。


両足でしっかりと大地を捉える。


胴造り。


体の軸を整え心を静める。


そしてゆっくりと弓を押し開いていく。


息合いを整えながら胸を深く開く。


弓と体が一つになったような美しい姿勢。


やがて――会。


ぴたり。


奉先の動きが止まった。


だが力が止まったわけではない。


張り詰めた弦。


押し開かれた弓。


全身に巡る力が一つの均衡を保っている。


そして――


離れ。


迷いのない冴えた離れ。


バシュッ!!


矢が天を裂くように放たれる。


次の瞬間。


ドンッ!


「おおっ!」


的の中心へ凄まじい勢いで矢が突き刺さった。


晴真が思わず手を叩く。


「凄い!」


刀也も笑う。


「相変わらずだな!」


しかし――


与一だけは言葉を失っていた。


凄い。


同じ一年生。


しかも奉先の本分は槍のはずだ。


それなのに――


こんな矢を放てる人が同学年にいるんだ。


自分は弓の名家、鏑木家に生まれた。


幼い頃から弓を握ってきた。


だから心のどこかで同年代の弓なら自分が一番だと思っていた。


僕。


少し自惚れてたのかもしれない。


その時。


「与一」


聞き慣れた声がした。


振り返る。


そこには鏑木与乃が立っていた。


与乃は奉先が放った矢を見る。


そして与一へ言った。


「上には上がいる」


「それを忘れるな」


与一は黙って聞く。


「慢心すればその先はない」


少しの沈黙。


与一は静かに頷いた。


「……はい」


だがその瞳に落ち込みはなかった。


むしろ――


もっと上手くなりたい。


そんな光が宿っていた。


その時。


晴真は与乃の後ろに二人の少女がいることに気づいた。


一人は与乃によく似た凛とした顔立ちの少女。


もう一人は笑顔がとても愛らしい少女。


「あれ?」


与一も二人に気づく。


弓月ゆづき


櫻華おうかも来てたんだな」


二人が歩いてくる。


与一は晴真を見る。


「晴真」


「紹介するよ」


「俺の従妹の鏑木弓月かぶらぎ ゆづき角来櫻華かくらい おうかだ」


「違います」


「違います」


「え?」


晴真が目を瞬く。


二人は同時に言う。


「許嫁です」


「……あ」


晴真は思い出した。


前に迅君が言ってた二人だ。


晴真は笑顔で頭を下げる。


「桜晴真です」


「よろしく」


笑顔の少女が先に名乗る。


「角来櫻華です」


続いて凛とした少女。


「鏑木弓月です」


「よろしくお願いいたします」


二人は晴真をじっと見る。


そして――


「桜君なら」


「与一のお友達としてとても良いと思います」


二人揃って頷く。


「うん?」


晴真が首を傾げる。


すると弓月の表情が険しくなった。


「ですが」


櫻華も笑顔のまま続ける。


「麻倉迅のような人間は認めません」


「俺のこと呼んだかぁ?」


絶妙なタイミングで声がした。


迅だった。


「あ?」


迅が二人を見る。


そして――


「げっ」


二人の眉がぴくりと動いた。


「げっ、とは何ですか」


「失礼ではありませんか?」


「いや」


迅が一歩下がる。


「だってお前ら――」


「何ですか?」


「言ってみてください」


「……何でもない」


珍しく迅が怯んだ。


その横では刀也が――


そろーり。


静かにその場を離れようとしていた。


だが。


「立身刀也」


ぴたり。


刀也が止まる。


「はい」


「あなたもです」


「なんで!?」


弓月が腕を組む。


「あなた方二人のせいで」


櫻華も続ける。


「与一が黒桜の『四馬鹿』などと呼ばれる羽目になったのです」


「いやいやいや!」


刀也が反論する。


「四馬鹿なら晴真も入ってるだろ!」


二人は晴真を見る。


そして即答した。


「桜君はそんな人ではありません」


「はい」


「私たちは人を見る目は確かです」


「なんでだよ!」


刀也が叫ぶ。


迅も晴真を指差す。


「こいつだって結構やらかしてるぞ!」


「晴真は天然なだけだ!」


「そうだ!」


「俺らとは違う!」


晴真が困った顔になる。


「刀也君、それ僕を庇ってる?」


「庇ってる!」


「たぶん」


「たぶん!?」


その間にも――


「そもそも迅さんは――」


「刀也さんもです!」


弓月と櫻華の説教が始まった。


その様子を見ていた与一が――


すっ。


晴真を見る。


次に奉先。


そして舞桜。


目で合図する。


逃げるぞ。


晴真が目を瞬く。


奉先はすぐに察した。


舞桜も口元を押さえる。


四人は静かに後ずさる。


一歩。


二歩。


三歩。


そして――


そそくさとその場を離れた。


しばらく歩いたところで晴真が振り返る。


遠くではまだ迅と刀也が二人の少女に責められている。


「迅君と刀也君……」


晴真は苦笑する。


「大変だね」


与一が肩をすくめた。


「まあな」


そして小さく呟く。


「……後で二人に絞められるな、俺」


その言葉に――


「ぶっ!」


奉先が吹き出した。


舞桜も耐えられなくなる。


「あはははは!」


「与一、お主だけ逃げるとは!」


「仕方ないだろ!」


「捕まったら俺まで説教される!」


「許嫁なんだろ?」


「だからだよ!」


奉先と舞桜はもう笑いが止まらない。


晴真もつられて笑い出す。


「あはは!」


「与一君、本当に大変なんだね」


「晴真」


「笑い事じゃないぞ」


そう言う与一自身もとうとう堪えきれず笑ってしまった。


修練場にはまた一年生たちの楽しそうな笑い声が響いていた。

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