第百二十二話 夏の終わりの花火大会
三人の当主との立ち合いから数日が過ぎた。
あれから一年一組は夏休みの課題であるチーム研修の発表へ向け、毎日のように練習を続けていた。
三つの班に分かれ
何度も作戦を組み直し
失敗すれば話し合い
また試す。
そんな毎日を過ごしているうちに――
長いと思っていた夏休みもいつの間にか終わりが近づいていた。
そして今日は
皆で前々から約束していた――夏の終わりの花火大会だった。
⸻
夕暮れ。
裏佐倉の町はいつもとはまるで違う賑わいを見せていた。
通りには提灯が並び、神社の境内までずらりと屋台が続いている。
焼きそば
焼きとうもろこし
りんご飴
かき氷
射的に輪投げ。
浴衣姿の人々が行き交い、あちらこちらから楽しそうな笑い声が聞こえていた。
花火をよく眺められる場所には大きな桟敷席が設けられている。
御堂家
麻賀多宗家
立身家
神門家
西御門家
岩富家。
裏佐倉を代表する家々もそれぞれ席を構えて花火大会を楽しんでいた。
御堂家の桟敷席は――とにかく賑やかだった。
晴隆、紫乃
晴時、照美
晴臣、美咲
陽乃、陽香。
さらに沙羅、若陽
ミヅチ、チヨヒメ、クシナダ
銀花、珠代
一葉、二葉、三葉
そして春花。
晴真の肩には当然のように桜花が座っている。
「わぁぁ……!」
桜花は目を輝かせながら辺りを見回していた。
「屋台がいっぱいです!」
「晴真様!」
「あれは何ですか!?」
「りんご飴だよ」
「あっちは!?」
「綿飴」
「食べたいです!」
「さっき焼きそば食べたでしょ?」
「甘い物は別です!」
晴真が苦笑する。
そのやり取りを春花がじっと見る。
「桜花」
「食べ過ぎはいけませんよ」
「……はい」
一瞬で大人しくなった桜花を見てミヅチたちが笑っていた。
⸻
御堂家の右隣。
そこには麻賀多宗家の大きな桟敷席がある。
道満の家族が勢揃いし、さらに凛の父 道清、母 千桜、祖父母。
紅葉の家族も同じ席に集まっていた。
そして左隣には立身家。
その周囲には麻倉家や岩富家もいる。
やがて――
「晴真!」
刀也の声が響く。
一年一組の仲間たちが次々と集まってきた。
道満
凛
刀也
迅
与一
小夜
紅葉
美鈴
豪太
隼人
綾女
太一
茜
桔梗。
一年一組、勢揃いである。
さらに――
「晴真!」
奉先もやって来る。
その横には舞桜。
そして与一の後ろには弓月と櫻華。
「自称じゃない」
「正式な許嫁です」
二人が同時に言う。
「誰も何も言ってないよ!?」
与一が突っ込んだ。
皆が笑う。
刀也が境内へ続く屋台を指差した。
「よし!」
「屋台行こうぜ!」
迅も乗ってくる。
「おう!」
「せっかく祭りに来たんだ」
「全部回ろうぜ!」
凛が即座に言う。
「二人とも」
「勝手にどこか行かないでよ」
「まだ何もしてねぇだろ!」
刀也と迅の声が重なる。
「これからするでしょう?」
「信用ねぇなぁ!」
「普段の行いだ」
道満が淡々と言う。
「道満まで!?」
笑い声とともに一年一組は屋台へ向かった。
⸻
歩きながら話すことは尽きなかった。
夏休みの出来事。
草笛の丘。
豪斎との戦い。
御堂家での修練。
三人の当主との立ち合い。
もっと前の話になれば入学式や寮生活の思い出まで飛び出す。
まだ入学して数か月しか経っていない。
それなのに
話したい思い出はいくらでもあった。
その中で――
「道満様」
紅葉が道満のすぐ横を歩いている。
いつも以上に近い。
いや
明らかに近い。
「どうした?」
「いえ」
紅葉は嬉しそうに笑う。
「何でもありません」
道満が紅葉を見る。
そして何気なく言った。
「その浴衣」
「よく似合っているな」
「……!」
紅葉が固まった。
一瞬で頬が赤くなる。
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
「綺麗だと思う」
「……ありがとうございます!」
紅葉の顔が一気に明るくなった。
その直後――
「へぇ〜」
美鈴がにやにやしながら現れる。
反対側から綾女。
「紅葉」
「嬉しそう」
「なっ……!」
「道満様に綺麗って言われたもんねぇ」
「美鈴さん!」
「顔、赤い」
「綾女さんまで!」
紅葉は真っ赤になって抗議する。
当の道満だけはなぜ紅葉がここまで慌てているのか分かっていない。
「何か変なことを言ったか?」
「道満様は黙っていてください!」
「……?」
その様子に皆が笑った。
⸻
一方――
「刀也!」
「そっち行かない!」
「迅君も!」
「分かってるって!」
「俺は何もしてねぇ!」
凛はいつものように刀也と迅の監視役になっていた。
そして与一は――
「与一」
「こちらへ」
「一緒に行きましょう」
「え?」
弓月と櫻華に両側から腕を取られる。
「ちょっと待って」
「どこ行くんだ?」
「秘密です」
「行けば分かります」
「晴真!」
与一が助けを求める。
晴真は手を振った。
「行ってらっしゃい!」
「助けてくれよ!」
そのまま与一は人混みの中へ連れ去られていった。
迅が呟く。
「南無」
刀也も手を合わせる。
「与一……」
「お前のことは忘れねぇ」
「死んでないから!」
遠くから与一の声が聞こえた。
⸻
少し進んだところ。
「輪投げだ!」
茜が屋台を見つけた。
その瞬間――
隼人、綾女、茜、桔梗の目が変わる。
忍びとして投擲術を学ぶ四人。
「これは得意」
綾女が言う。
隼人も腕を組む。
「まあ外す理由がないな」
「景品選んでおこう!」
「全部取れるかもしれないよ!」
茜と桔梗も自信満々だった。
数分後。
「……」
「……」
「……」
「……」
四人は無言になっていた。
輪が入らない。
なぜか全然入らない。
「おかしい」
隼人が呟く。
「なんでだ」
もう一度投げる。
ぽいっ。
カラン。
外れる。
「……」
隼人の眉がぴくりと動いた。
その横で――
「おっ!」
豪太が適当に投げる。
ぽいっ。
すぽん。
「あ、入った」
もう一個。
すぽん。
「また入った!」
太一も投げる。
すぽん。
「あれ?」
「俺も入った」
隼人が二人を見る。
「なぜだ」
「知らねぇよ」
豪太が笑う。
「こう、ぽーんって投げれば入るぞ?」
「その説明で分かったら苦労しない」
ぽいっ。
カラン。
また外れる。
「……もう一回」
綾女が隼人を見る。
「隼人」
「もうやめた方がいい」
「嫌だ」
「珍しくムキになってる!」
美鈴が笑う。
「うるさい!」
ぽいっ。
カラン。
「なんでだ!」
とうとう隼人が声を上げた。
それを見て――
「あはははは!」
皆が大笑いした。
⸻
そんな賑やかな仲間たちから少し離れたところで――
「晴真君」
声を掛けられた。
振り返る。
「小夜ちゃん」
浴衣姿の小夜が立っていた。
いつもは学園の制服。
あるいは修練着。
だからだろうか。
今日は少し雰囲気が違って見える。
「どうしたの?」
「ううん」
小夜が晴真の隣へ並ぶ。
「少しお話ししたくて」
「うん」
二人は屋台を眺めながら歩いた。
草笛の丘でのこと。
白桜毛の霊馬のこと。
森羅聴の修練。
巴から立身道場へ誘われたこと。
晴真も御堂家での修練や春花が来てからのことを話す。
「桜花ちゃん、春花さんのお勉強大変そうだね」
「うん」
晴真は肩を見る。
そこでは桜花が綿飴を抱えていた。
「でも楽しそうだよ」
「晴真様!」
「私は大変なんですよ!」
「綿飴食べながら言っても説得力ないよ」
小夜がくすっと笑った。
晴真も笑う。
その横顔を見た時――
どきっ。
なぜか晴真の胸が鳴った。
「……?」
小夜が首を傾げる。
「晴真君?」
「な、何でもないよ」
晴真は慌てて前を向く。
なんだろう。
もう一度、小夜を見る。
浴衣姿。
普段と少し違う髪型。
祭りの灯りに照らされた横顔。
また少し胸が落ち着かない。
浴衣だからかな。
いつもと違って見えるから?
晴真はしばらく考え――
まあ、いいか。
考えるのをやめた。
その時だった。
ヒュルルルル――
夜空へ光が昇っていく。
「晴真君」
「うん」
二人が空を見る。
ドォォォン――!
大輪の花火が夜空いっぱいに咲いた。
赤
青
金。
色とりどりの光が裏佐倉の空を染め上げる。
「わぁ……」
小夜が小さく声を漏らす。
続けて――
ドンッ!
ドォォン!
いくつもの花火が咲き誇る。
その光が一年一組のみんなを照らしていた。
刀也と迅が何かを言い合っている。
凛が二人を叱っている。
道満の横では紅葉が笑っている。
美鈴と綾女も楽しそうだ。
隼人はまだ輪投げに挑戦している。
豪太と太一が横から口を出している。
茜と桔梗が笑っている。
少し向こうからはようやく解放された与一が戻ってくる。
その後ろを弓月と櫻華が追いかけていた。
奉先と舞桜もいる。
晴真はその光景を静かに眺めた。
ほんの数か月前まで
自分は表佐倉で暮らしていた。
裏佐倉のことも
陰陽術のことも
金桜眼のことも
何も知らなかった。
それが今は――
家族が増えた。
自分を導いてくれる人たちがいる。
守ってくれる人たちがいる。
そして何より
一緒に笑って
一緒に悩んで
一緒に戦える――
かけがえのない仲間がいる。
「晴真君?」
小夜が不思議そうに晴真を見る。
「どうしたの?」
晴真は小夜を見る。
そして自然と笑った。
「小夜ちゃん達、みんなに会えて良かったよ!」
ちょうどその瞬間――
ドォォォォン!!
巨大な花火が弾けた。
「え……?」
小夜の耳に届いたのは――
「小夜ちゃんに会えて良かったよ!」
そこだけだった。
小夜の目が大きくなる。
一瞬で顔が真っ赤になった。
「……私も」
小さく呟く。
だが今度は晴真の耳に届かない。
「え?」
「小夜ちゃん、何か言った?」
「な、何でもない!」
「そう?」
「うん!」
晴真は不思議そうに首を傾げる。
その肩の上。
ただ一人――
桜花だけが全部聞いていた。
晴真を見る。
小夜を見る。
もう一度、晴真を見る。
そして小さくため息をついた。
「ご主人様」
「ん?」
「またやっちゃいましたね」
「何を?」
晴真は本気で分からない顔をしている。
「……何でもありません」
桜花は呆れたように肩をすくめた。
⸻
「晴真ー!」
刀也が駆けてくる。
「秋には桜駆けだぞ!」
迅も続く。
「その後、冬にはクラス対抗戦だ!」
「お前ら気が早いな」
道満が苦笑する。
「まずは夏休み明けのチーム研修の発表だろ」
「そうですね」
紅葉が道満の隣で頷く。
凛も皆を見回した。
「夏休みも、もうすぐ終わり」
「みんな」
笑顔になる。
「頑張ろうね!」
一瞬。
皆が顔を見合わせる。
そして――
「おおっ!!」
一年一組の大きな声が響き渡った。
その声に重なるように――
ヒュルルルル――
最後の大きな花火が夜空へ昇る。
ドォォォォォン――!
満開の光が十五人を照らし出した。
入学してまだ数か月。
それでも彼らはもう
ただ同じ教室で学ぶだけの同級生ではなかった。
競い合い
助け合い
時には命を預け合った――
大切な仲間だった。
夏が終わる。
そして――
一年一組の新しい季節が、もうすぐ始まろうとしていた。
第一巻 金桜眼の少年 完
ここまで『佐倉陰陽学園』第一巻を読んでいただき、本当にありがとうございました。
物語は、何も知らなかった一人の少年――桜晴真が、表佐倉から裏佐倉の世界へ足を踏み入れるところから始まりました。
陰陽術も知らない。
自分の持つ力の正体も知らない。
そんな晴真が佐倉陰陽学園へ入学し、刀也、凛、道満をはじめとする一年一組の仲間たちと出会いました。
最初は、ただ同じクラスになっただけだった十五人。
得意なことも違えば、性格も違う。
家柄も違う。
考え方だって違います。
喧嘩をしたり、競い合ったり。
失敗したり、悩んだり。
それでも一緒に学び、一緒に笑い、時には力を合わせて戦う中で、少しずつ「仲間」になっていきました。
第一巻で描きたかったものの一つが、この十五人の始まりです。
晴真だけが強くなっていく物語ではなく、刀也には刀也の道があり、凛には凛の成長があり、道満、小夜、与一、迅、隼人、紅葉、美鈴、豪太、綾女、太一、茜、桔梗にも、それぞれの得意なことや悩みがあります。
誰か一人ではできないことも、十五人ならできる。
豪斎を救う戦い、そして三人の当主との立ち合いは、そんな一年一組の姿を象徴する出来事になりました。
そして晴真自身も、この数か月でたくさんのものを得ました。
金桜眼。
桜花。
月桜。
新しい家族。
自分を導いてくれる師たち。
そして、命を預けられる仲間たち。
ほんの数か月前まで表佐倉で普通に暮らしていた少年にとって、裏佐倉はもう「知らない世界」ではありません。
大切な人たちが暮らす、もう一つの故郷になり始めています。
だから第一巻の最後は、大きな戦いではなく花火大会にしました。
皆で笑って、遊んで、くだらないことで騒いで。
そんな何気ない時間こそ、晴真が裏佐倉で手に入れた一番大切なものなのかもしれません。
もちろん、物語はまだ始まったばかりです。
禍津喰羅教。
瘴気の種。
表の世界の技術を利用し始めた敵。
龍姫と夜叉丸の過去。
金桜眼の秘密。
そして、凛と道満に現れ始めた銀桜眼の兆し。
まだ明かされていないことは、たくさん残っています。
学園生活だってこれからです。
夏休みが終われば、チーム研修の発表。
秋には桜駆け。
冬にはクラス対抗戦。
一年一組の十五人だけでなく、奉先や舞桜たち他クラスの生徒との関係も、これから少しずつ広がっていきます。
晴真たちがどんなことを学び、どんな失敗をして、どんな仲間と出会い、どんな陰陽師へ成長していくのか。
これからも一緒に見守っていただければ嬉しいです。
最後にもう一度。
ここまで晴真たちの物語に付き合ってくださり、本当にありがとうございました。
夏の夜空に咲いた花火の先。
次に待っているのは――新学期です。
それでは、第二巻。
『佐倉陰陽学園』二学期編で、またお会いしましょう。




