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第百十八話 認める者たち


 勝負が終わってから、しばらく後。


御堂家の修練場には、再び穏やかな空気が戻り始めていた。


一年一組の子供たちは先ほどの戦いについて話し合ったり、大人たちから声を掛けられたりしている。


そんな中――


西御門紫玄が一年一組の前へ歩いてきた。


子供たちが振り返る。


紫玄は少しばかり言いづらそうな顔をしていた。


そして――


静かに頭を下げた。


「先ほどは失礼した」


「え?」


凛が目を丸くする。


紫玄は顔を上げる。


「私はお前たちを子供と侮っていた」


「豪斎様を救ったという話を聞いても、どこかで信じ切れていなかった」


少し苦笑する。


「だが今日の戦いでよく分かった」


一年一組を見る。


「お前たちは強い」


「一人一人の力だけではない」


「互いを理解し、自分に足りぬものを仲間で補う」


「見事な連携だった」


そしてもう一度頭を下げた。


「疑ったことを詫びよう」


「すまなかった」


子供たちは顔を見合わせる。


すると美鈴が手を上げた。


「あの!」


紫玄が顔を上げる。


「なんだ?」


「紫苑先生とは従兄弟なんですか?」


「……は?」


あまりにも突然だった。


美鈴は興味津々で続ける。


「だって同じ西御門家ですよね!」


「顔もなんとなく似てるし!」


「ああ……紫苑とは従兄妹だ」


「やっぱり!」


今度は茜が手を上げる。


「じゃあ紫月さんとは兄妹なんですか?」


「紫月?」


「公安の西御門紫月さん!」


「ああ」


紫玄が頷く。


「妹だ」


「へぇー!」


「全然雰囲気違う!」


「紫月さんの方が怖くないよね」


「聞こえておるぞ」


「すみません!」


先ほどまで自分へ真剣な顔を向けていた子供たちが。


もう勝負のことなど気にせず、親戚関係を質問している。


紫玄はしばらく呆気に取られていた。


やがて――


ふっと笑った。


「お前たちは本当に変わった子供たちだな」


「よく言われます!」


刀也が胸を張る。


「お前が代表して言うな」


迅が突っ込んだ。



一方――


「桜晴真!」


「はい!?」


晴真は突然肩を掴まれた。


振り返ると――


神門蓮雅。


先ほどまで一年一組を疑っていた男だった。


しかし今は。


目が完全に違っている。


「教えてくれ」


「え?」


「先ほどの六枚同時発動だ!」


「どうやった!」


「えっと……」


「普通にですけど」


「普通なわけがあるか!」


蓮雅が詰め寄る。


「六枚だぞ!」


「それも六つの術を同時に維持しながら、別の術へ接続した!」


「どういう霊力操作をしている!」


晴真が困ったように頭を掻く。


「霊脈を六本繋いで――」


「待て待て!」


蓮雅が止める。


「霊脈を六本?」


「はい」


「一本ずつ太さを調整してます」


「太さを……?」


「はい」


晴真は両手で糸を作るような仕草をする。


「札ごとに必要な霊力量が違うから」


「それに合わせて霊脈を細くしたり太くしたりしてるんです」


「…………」


蓮雅が固まった。


そこへ。


「晴真」


道満がやって来る。


「その説明では分かりにくい」


「そうかな?」


「お前は感覚で説明しすぎだ」


蓮雅が道満を見る。


「麻賀多道満」


「はい」


「お前は理解しているのか?」


「ある程度は」


道満は地面に指で線を描く。


「従来の札術では霊力を札へ流す時、基本的には一つの霊脈として考えます」


「だが晴真はそれを細分化している」


一本。


二本。


三本。


いくつもの線を描いていく。


「それぞれ独立した霊脈として札へ接続し」


「一本ごとに流量を調節する」


蓮雅の目がどんどん輝いていく。


「それなら……」


「六枚それぞれに必要な霊力量だけを送れる」


「そうです」


「だから余計な霊力を消費しないのか!」


「はい」


「なるほど!」


先ほどまでの威厳はどこへやら。


蓮雅は完全に札術師の顔になっていた。


そこへ神門玄までやって来る。


「父上」


「玄!」


「晴真君の方法については私も以前見せてもらいました」


「なぜもっと早く教えん!」


「慎重に扱うべき技術だと申し上げたはずですが」


「それとこれは別だ!」


「同じです」


「いや違う!」


道満が二人を見る。


「神門先生も大変ですね」


「お前も他人事ではないぞ」


玄が苦笑した。


そのまま四人は地面を囲む。


「では六本を維持したまま複合する時は?」


蓮雅が尋ねる。


晴真が答える。


「繋いだ霊脈同士を途中で合わせます」


「合わせる?」


「こうです」


晴真が地面へ線を描く。


「火炎の霊脈と旋風の霊脈をここで一緒にして――」


「待て」


道満が入り込む。


「そこは霊脈を直接混ぜているわけではない」


「術が形成された後に接続している」


「そうなの?」


「お前がやってることだろ!」


「感覚だから分かんない」


「おい!」


蓮雅が思わず笑った。


「ははは!」


三人が振り向く。


蓮雅は楽しそうだった。


「面白い」


「実に面白いぞ!」


「なるほどな」


「わしらが当然だと思っていた霊力操作そのものを、この子は別の見方で捉えているのか」


玄も頷く。


「私もそこが最も興味深いと思っています」


いつの間にか。


先ほどまでの傲慢な態度は完全に消えていた。


そこにいるのは――


陰陽術を心から愛する者たち。


年齢も。


家柄も。


立場も関係なく。


面白い術を前に夢中になって語り合う。


ただの術師仲間だった。


晴隆が少し離れたところから、その光景を眺めていた。


蓮雅がそれに気づく。


「晴隆殿」


「なんじゃ」


蓮雅は晴真。


道満。


そしてその周りで騒いでいる一年一組を見る。


「この子たちは――」


少し笑う。


「これからの裏佐倉の陰陽術を担う子供たちですな」


「そうじゃろうな」


晴隆も嬉しそうに頷いた。


蓮雅は穏やかな顔になる。


「私の孫たちも、いずれこの子らと親睦を深めてくれればよいのですが」


「その時は好きに遊ばせればよい」


晴隆が笑う。


「子供同士じゃ」


「大人が余計なことを考えん方が仲良くなるわい」


「……耳が痛いですな」


蓮雅も苦笑した。


「今日ほど身に染みたことはありません」



やがて――


神門蓮雅と西御門紫玄は、揃って印旛大龍王の前へ進んだ。


その隣には人の姿をした豪斎。


少し離れたところには土浮丸もいる。


二人は深く頭を下げた。


「大龍王様」


蓮雅が口を開く。


「先ほどは大変失礼いたしました」


紫玄も続く。


「豪斎様のお言葉まで疑うような態度を取ってしまったこと」


「深くお詫び申し上げます」


豪斎が腕を組む。


「まったくだ」


「助けられた俺が言ってんのによ」


土浮丸が横から肘で突く。


「もうよいではないか」


「分かってるよ」


豪斎は二人を見る。


そして――


にかっと笑った。


「まあちゃんと分かったんなら俺は気にしねぇよ」


「ありがとうございます」


二人がさらに頭を下げる。


印旛大龍王は黙って見ていた。


しばらくして――


「顔を上げよ」


二人が顔を上げる。


印旛大龍王の表情に怒りはない。


「己の過ちを認め」


「それを詫びることができるのであれば十分じゃ」


「はい」


蓮雅が真剣な顔になる。


「そして――」


「禍津喰羅教の件」


紫玄も頷いた。


「西御門家は全力で協力いたします」


蓮雅も続く。


「神門家も同じです」


「瘴気の種についての調査」


「結界や札術による対策」


「必要とあらば家の者すべてを動かします」


「二度と豪斎様のような被害を出さぬため」


深く頭を下げる。


「全力を尽くすことをお約束いたします」


印旛大龍王は二人を見つめる。


やがて静かに頷いた。


「うむ」


「頼んだぞ」


「はっ!」


豪斎も嬉しそうに笑う。


「頼りにしてるぜ!」


「はい!」


少し離れたところでは――


晴真。


道満。


玄。


そして蓮雅が地面に描いた術式をまだ囲んでいた。


「だからここを二本に分ければ――」


「いや待て晴真」


「それでは霊圧が――」


「だったら三本にしませんか?」


「それだ!」


また札術談義が始まっている。


紫玄はその様子を見て小さく笑った。


「切り替えの早い御仁だ」


晴隆も笑う。


「好きなものを前にすれば」


「大人も子供も変わらんということじゃ」


その言葉通り。


先ほどまで疑い合っていた者たちはもういなかった。


そこにいたのは――


同じ裏佐倉を守り。


同じ陰陽術を愛し。


これからの時代を子供たちへ繋ごうとする者たちだった。

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