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第百十五話 疑念


 印旛大龍王から豪斎と瘴気の種について語られたあと。


御堂家の修練場には重い空気が残っていた。


集まった者たちは皆、一年一組の子供たちを見る。


豪斎を救い。


禍津喰羅教の手練れである直弥とも交戦した。


それを成し遂げたのが初等部一年生だというのだから、驚くのも無理はない。


そんな中――。


「大変申し訳ございませんが」


一人の男が静かに前へ出た。


神門家当主――神門蓮雅。


神門玄の父であり、裏佐倉でも有数の札術師である。


蓮雅は印旛大龍王へ深く頭を下げた。


「少しお聞きしたいことがございます」


「申してみよ」


「はっ」


蓮雅は顔を上げる。


「瘴気に侵された豪斎様を、この初等部一年生たちが救ったとのこと」


そして晴真たちを見る。


「さらには禍津喰羅教の手練れとも交戦したと伺いました」


少し間を置く。


「ですが――」


「私の常識では、到底あり得ません」


一年一組の空気が変わった。


「私にも孫がおります」


「この子らとそう変わらぬ歳です」


蓮雅の声は落ち着いている。


「その歳の子供たちが豪斎様を救い、禍津喰羅教の手練れと渡り合うほどの実力を備えているとは」


「到底思えません」


「貴様!」


怒声が響いた。


麻賀多道秀だった。


「何を言っておるのじゃ!」


「印旛大龍王様のお言葉を信じぬというのか!」


「道秀」


立身家前当主――立身刀斎が間へ入る。


「落ち着くのじゃ」


「しかし刀斎兄!」


「蓮雅も、大龍王様が嘘を申していると言いたいわけではあるまい」


「……無論です」


蓮雅は頭を下げる。


そこへ西御門家当主――西御門紫玄も口を開いた。


「私も大龍王様のお言葉を疑うつもりはございません」


紫玄は慎重に言葉を選ぶ。


「しかし常識的に考えれば、あまりにも――」


「おい」


低い声が遮った。


豪斎だった。


いつもの人の良さそうな顔から笑みが消えている。


「救われた俺が言ってんだぞ」


「こいつらが俺を助けてくれた」


一歩前へ出る。


「それなのに何なんだ貴様ら!」


「豪斎」


土浮丸が腕を掴んだ。


「離せ爺さん!」


「俺はな!」


「命を助けてもらった奴らが目の前で馬鹿にされて黙ってられるほど――」


「分かった分かった」


土浮丸が引っ張る。


「人間には人間で色々あるんじゃ」


「面子やら立場やら、面倒臭いものがのぉ」


「知らねぇよそんなもん!」


「じゃから抑えろと言うとるんじゃ!」


土浮丸が豪斎を引き戻す。


その様子を見ていた麻賀多本家当主――麻賀多影虎が前へ出た。


「我々も何も、神にも等しい皆様のお言葉へ反発するつもりはございません」


深く頭を下げる。


「ただ――」


「年端もいかぬ子供たちが成し遂げた、この偉業」


晴真たちを見る。


「これをどう扱うべきなのか」


「我々が考えねばならぬのです」


「この話をそのまま裏佐倉の者たちへ伝えたとして」


影虎は静かに問いかけた。


「果たして皆が素直に信じるでしょうか」


その言葉に何人かの当主が頷いた。


ずっと黙って聞いていた沙羅が鼻で笑う。


「なるほどな」


全員が沙羅を見る。


「御堂家」


晴真を見る。


「麻賀多宗家」


道満と凛を見る。


「立身家」


刀也を見る。


そして他の一年一組の生徒たちへ視線を向ける。


「名のある家のガキどもが、とんでもねぇことをやり遂げちまった」


沙羅はにやりと笑った。


「それで自分たちの立場が揺らぐんじゃねぇかって不安になって」


「難癖つけてやがるのか」


影虎の眉が動く。


「……何?」


「マジ笑える」


「貴様!」


影虎が怒鳴った。


「無礼だぞ!」


「あ?」


沙羅のこめかみに青筋が浮かぶ。


「だったら俺が相手してやるよ」


バチッ。


沙羅の身体から雷が弾けた。


「御託並べてねぇで」


「自分で確かめりゃいいだろうが!」


「沙羅!」


「やめんか!」


ミヅチが慌てて腕を掴む。


反対側からチヨヒメも止めた。


「離せミヅチ!」


「やかましい!」


「ここで当主相手に雷槍を撃つ奴があるか!」


「まだ撃ってねぇ!」


「撃つ気じゃったじゃろうが!」


「まあまあ」


チヨヒメも苦笑しながら沙羅を押さえる。


そんな騒ぎの中――。


「沙羅さん」


小さな声がした。


沙羅が振り返る。


晴真だった。


「晴真?」


晴真は沙羅をまっすぐ見る。


「僕たちが馬鹿にされて怒ってくれて」


「ありがとうございます」


沙羅の怒気が少しだけ消えた。


「でも――」


晴真が神門蓮雅たちを見る。


その顔に、いつもの柔らかな笑顔はなかった。


「僕たちは子供です」


静かな声だった。


「皆さんから見たら、まだ何も知らない子供だと思います」


拳を握る。


「でも」


「子供だからって馬鹿にされて」


「何も言わずに引き下がるつもりはありません」


「晴真……」


凛が驚いたように見る。


道満も目を細めた。


刀也たちも晴真を見る。


晴臣がその姿を見ながら、隣にいる晴隆へ小声で話しかけた。


「親父」


「なんじゃ」


「俺……晴真があんなに怒ってるの、初めて見たかもしれない」


晴隆は孫を見つめる。


そして豪快に笑った。


「それでよい」


「え?」


「男ならのぉ」


晴隆は腕を組む。


「大事なもんのために怒って」


「いざという時には体を張れるくらいでなければならん」


そして晴真へ声を飛ばした。


「晴真!」


「はい!」


「好きにやれ!」


晴真が目を丸くする。


晴隆は胸を叩いた。


「何かあったら爺ちゃんが責任取ってやる!」


「お爺ちゃん……」


晴真の表情が少し緩む。


「ありがとう!」


「うむ!」


すると別の場所から声がした。


「そうじゃな」


麻賀多道秀が道満を見る。


「道満」


「はい」


「お前も行ってこい」


「お爺様……」


父 道継は静かに笑う。


「麻賀多宗家の名に恥じぬよう」


「しっかりやってきなさい」


道満は一度目を閉じる。


そして頷いた。


「はい」


「分かりました」


「待ってください」


今度は凛が前へ出る。


「二人だけで張り切らないでください」


晴真が振り返る。


「凛ちゃん?」


「豪斎様を助けたのは二人だけではありません」


凛は晴真の隣へ並ぶ。


「私たち全員です」


「そうだぜ!」


刀也も木刀を肩へ担いだ。


「晴真と道満だけにいい格好させるかよ!」


迅も前へ出る。


「俺たちも混ぜろ」


与一は何も言わず弓を手に取る。


その隣では豪太が槍を担いだ。


「俺もやるぞ!」


太一も刀へ手を添える。


小夜も薙刀を握った。


美鈴が苦笑する。


「なんか本当にやる流れになってるんだけど……」


「やるしかないでしょ」


紅葉は迷わず道満のそばへ立つ。


「道満様」


「ご指示に従います」


「紅葉」


道満が困った顔をする。


「ここでもですか?」


美鈴が揶揄う。


「もちろんです」


「そこは即答なんだな……」


太一が笑う。


つられて皆も笑った。


少しだけ張り詰めていた空気が緩む。


隼人はため息をつきながら忍具を確認していた。


「やれやれ」


迅が見る。


「なんだよ隼人」


「別に」


「こうなると思って準備していただけだ」


「やる気満々じゃねぇか」


「お前に言われたくない」


茜と桔梗も笑いながら準備を始める。


綾女はすでに無言でクナイを取り出していた。


気づけば――。


一年一組全員が前へ出ていた。


「お前ら……」


正臣が額を押さえる。


「分かってるのか?」


生徒たちが振り向く。


正臣は集まっている当主たちを見る。


「相手は裏佐倉の重鎮たちだぞ」


その言葉に太一が手を上げた。


「先生」


「なんだ」


「直弥より強いですか?」


「……」


正臣は一瞬黙った。


沙羅と顔を見合わせる。


「難しいところだな」


正臣が答える。


「直弥は札術、剣術、結界術、体術」


「どれを取っても一流だ」


沙羅も腕を組む。


「あいつは何でも高い水準でこなす万能型だ」


「だから実戦じゃ滅茶苦茶厄介だ」


正臣が頷く。


「ただし――」


視線を各家の当主へ向ける。


「ここにいる方々は違う」


「神門家なら札術」


「西御門家なら結界術」


「麻賀多家なら陰陽術」


「立身家なら剣術」


「それぞれ一つの道を極めた方々だ」


沙羅がにやりとする。


「一つ一つの能力だけで比べりゃ」


「直弥より上だと思っていい」


太一は少し考える。


「そうですか」


「怖くないのか?」


正臣が尋ねる。


「怖いですよ」


太一はあっさり答えた。


そして刀也たちを見る。


「でも一人で戦うわけじゃないので」


正臣が目を見開く。


晴真も頷いた。


「僕たちが豪斎様を助けられたのも」


「誰か一人が強かったからじゃありません」


凛が続ける。


「皆で役割を分けて戦ったからです」


道満も前へ出た。


「俺たち一人一人では」


「ここにいる当主の方々には遠く及ばないでしょう」


「だが――」


一年一組を見る。


「十五人なら話は別です」


当主たちの表情が変わる。


麻賀多影虎が腕を組んだ。


「では――」


「どうするつもりなのじゃ」


晴真たちは顔を見合わせる。


そして――。


自然と道満へ視線が集まった。


「……俺?」


「道満君」


晴真が笑う。


「こういうの得意でしょ?」


「お前も考えろ」


「もちろん!」


凛も笑った。


「では皆で考えましょう」


一年一組が集まり始める。


その姿を見ながら印旛大龍王は何も言わず目を細めていた。


疑われたから怒るだけではない。


自分たちが成し遂げたことを、自分たちの力でもう一度示そうとしている。


そして何より――。


誰一人として。


「自分が強いから勝てる」とは言わなかった。


皆で戦う。


草笛の丘で豪斎を救った時と同じように。


印旛大龍王の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


「さて――」


「どう見せてくれるかのぉ」

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