第百十四話 瘴気の種と銃
印旛大龍王は、一年一組の子供たちをゆっくりと見渡した。
そして静かに口を開く。
「この度――」
「我が友 土浮丸の眷属たる豪斎に」
「禍津喰羅教の者が瘴気の種を植えつけた」
修練場の空気が一気に引き締まる。
印旛大龍王は豪斎を見る。
「豪斎は瘴気に心を喰われ」
「正気を失い暴れた」
「その豪斎を救ってくれたのが――」
晴真たちへ視線を向ける。
「ここにおる童たちじゃ」
一年一組の皆が思わず姿勢を正した。
「豪斎は土浮丸にとって大切な眷属」
「そしてわしにとっても 遥か昔より共にこの地を守ってきた仲間じゃ」
印旛大龍王は静かに頭を下げた。
「よくぞ救ってくれた」
「心より礼を言う」
「ありがとう」
「い いえ!」
晴真たちは慌てて頭を下げる。
印旛大龍王は顔を上げると、今度は険しい表情になった。
「じゃが――」
「今回の一件はこれで終わりではない」
その言葉に大人たちの表情も変わる。
「四百年前の災厄の折にも」
「禍津喰羅は瘴気の種を各地へ撒き散らした」
ミヅチが静かに頷く。
印旛大龍王は続ける。
「あの時の瘴気の種は主に土地へ根を張った」
「大地を汚し」
「水を濁らせ」
「やがてそこに住む人や妖 霊獣たちへ侵蝕していった」
「じゃが今回は違う」
視線が豪斎へ向く。
「直接――」
「生きた者へ種を植えつけてきた」
修練場に沈黙が落ちる。
土浮丸が腕を組む。
「豪斎」
「覚えておることを話してやれ」
豪斎が頷いた。
いつもの豪快な表情はない。
「正直なところ ほとんど覚えてねぇんだ」
皆が豪斎を見る。
「あの日もいつも通り内郷の森を見回ってた」
「そしたら遠くの方で――」
豪斎が眉を寄せる。
「ドンッてでけぇ音がした」
「爆発みてぇな音だった」
晴真の表情がわずかに変わる。
豪斎は自分の額へ手を当てた。
「なんだと思って振り向いたら」
「今度は額の辺りにものすげぇ衝撃が来た」
「何かを打ち込まれたような感じだったな」
「それから先は……」
首を振る。
「覚えてねぇ」
「気づいたら土浮の爺さんが目の前にいた」
印旛大龍王が低く呟く。
「何らかの術か」
「あるいは新たな道具か」
ミヅチも難しい顔をする。
「分からぬのぉ」
印旛大龍王は皆を見渡した。
「じゃがこれは由々しき事態じゃ」
「豪斎だけが狙われたとは限らぬ」
声が重くなる。
「すでに各地で妖や霊獣」
「あるいは神の眷属までもが狙われておるやもしれん」
「いや――」
「すでに種を埋め込まれておる者がいる可能性すらある」
大人たちの顔から完全に笑みが消えた。
その時だった。
「……あの」
晴真がおずおずと手を上げた。
印旛大龍王が見る。
「なんじゃ晴真」
晴真は少し申し訳なさそうに豪斎を見る。
「もしかしたらなんですけど……」
「なんじゃ?」
「僕 瘴気の種を見た時から少し思ってたことがあって」
「言ってみよ」
晴真は少し迷ったあと口を開いた。
「それって――」
「銃じゃないかなって思うんです」
「瘴気の種の形が銃の弾丸のようなな形をしていたので僕は実際に見たことはないんですが‥‥」
「銃?」
印旛大龍王。
土浮丸。
豪斎。
ミヅチ。
チヨヒメ。
クシナダ。
全員が同じような顔をした。
「なんじゃそれは?」
「銃?」
「術の名前か?」
晴真も逆に驚く。
「知らないんですか?」
「知らぬ」
豪斎が即答する。
そこへ晴臣が一歩前へ出た。
「表佐倉の武器です」
皆の視線が晴臣へ向く。
「銃というのは」
「火薬の力を利用して小さな金属の弾を高速で撃ち出す道具です」
晴臣は手で形を作りながら説明する。
「弾丸と呼ばれるものを遠くから撃ち込み」
「人や動物を傷つけたり殺したりするために使われます」
豪斎が眉をひそめる。
「小さな金属の玉を飛ばすだけだろ?」
「そんな表の武器ごときで」
胸を張る。
「俺たち眷属がやられるわけねぇだろ」
「普通の銃なら」
晴臣が答える。
「そうかもしれません」
「ですが――」
「銃そのものではなく」
「弾丸の代わりに瘴気の種を撃ち込むための道具として使ったのだとしたら」
皆の表情が変わった。
「なるほど……」
道満が呟く。
「豪斎様を傷つけることが目的じゃない」
「皮膚を破って種を体内へ入れることだけが目的なら……」
晴臣が頷く。
「十分考えられます」
豪斎は自分の額を触る。
「確かに……」
「ぶつかったっていうより」
「何かが一瞬で突き刺さった感じだったな」
印旛大龍王の目が鋭くなる。
「つまり――」
「表の世界の武器と」
「禍津喰羅の瘴気を組み合わせた可能性があるということか」
「はい」
晴臣が頷く。
土浮丸が難しい顔をする。
「しかしその銃とやら」
「それほど恐ろしいものなのか?」
晴臣は少し黙った。
そして答える。
「表の世界では」
「今でも多くの人が銃によって命を落としています」
豪斎が首を傾げる。
「多くってどれくらいだ?」
「世界全体で見れば」
晴臣は少し言葉を選ぶ。
「毎年 何十万人という人が銃によって亡くなったり傷ついたりすると言われています」
「何十万……?」
土浮丸の表情が固まる。
ミヅチも扇子を止めた。
「一年でか?」
「はい」
「一年でです」
「……」
誰も言葉を出せなかった。
印旛大龍王が低く呟く。
「それほどの数が……」
晴臣は続ける。
「残念ながら表の世界では今も」
「国と国が戦争をすることがあります」
「人と人が武器を持って殺し合い」
「一度の戦争で何千人何万人」
「時にはそれ以上の人が亡くなることもあります」
チヨヒメが悲しそうに目を伏せる。
「今の世でも……」
「人はまだ争っているのですね」
晴臣は静かに頷く。
「はい」
「そして現代の戦争で最も一般的に使われる武器の一つが」
「銃です」
長い沈黙。
豪斎が呆然とする。
「そんなもんを……」
「人間同士で使うのか?」
「はい」
土浮丸が顔をしかめた。
「なんと愚かな……」
印旛大龍王も目を閉じる。
遥か昔から人の営みを見てきた存在。
それでも――
その事実は重かった。
「わしらが表の世から離れておる間に」
「人はそこまで強力な武器を生み出したか」
そして目を開く。
「じゃが問題は人が銃を生み出したことだけではない」
「禍津喰羅教が」
「その技術を利用し始めた可能性がある」
沙羅が舌打ちする。
「最悪の組み合わせだな」
「遠くから撃ち込める」
「術を使った痕跡もほとんど残らねぇ」
「しかも当たれば瘴気の種が体内に入る」
正臣も表情を険しくする。
「今までの常識で警戒していては防げないということですね」
「そういうことじゃ」
印旛大龍王が杖を強く地面へついた。
コツン。
小さな音。
しかし――
その場にいる誰もが背筋を伸ばした。
「警戒を強めよ」
「妖」
「霊獣」
「眷属」
「人」
「種族を問わずじゃ」
「身体に見覚えのない傷」
「突然の精神の乱れ」
「急激な瘴気の発生」
「少しでも異変があれば必ず調べるのじゃ」
そして一年一組を見る。
「お主らもじゃ」
刀也が返事をする。
「はい!」
「今度も勝手に突っ込むでないぞ」
刀也と迅が固まる。
「なんで俺達を見ながら言うんですか!?」
「勝手に突っ込みそうな顔しておるのじゃ」
「そんなぁ!」
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
だが――
誰も忘れてはいなかった。
四百年前とは違う。
新しい瘴気の種。
そして。
表の世界の武器を利用しているかもしれない禍津喰羅教。
見えないところで――
敵は確実に新たな手段を手に入れ始めていた




