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第百十一話 銀桜の芽


「御名答」


直弥が笑った、その瞬間だった。


「直弥ぁぁぁぁぁ!!」


空気が震える。


直弥が顔を上げる。


「……げ」


上空から――


バチバチバチバチッ!!


凄まじい雷を纏った槍が飛来した。


「雷槍!」


ズドォォォォン!!


直弥は慌てて飛び退く。


雷の槍が地面へ突き刺さり、草原を大きく抉った。


その向こう――


御堂沙羅が立っていた。


肩を怒らせ。


完全に怒っている。


「逃さねぇからなぁ……」


直弥は引きつった笑みを浮かべる。


「いや」


「逃げるに決まってるだろ」


そして周囲を見る。


「どうせお前が来たってことは――」


「ミヅチやチヨヒメあたりも来てんだろ?」


「その通りじゃ」


柔らかな声がした。


直弥が振り返る。


そこにはチヨヒメ。


その隣にはミヅチも立っていた。


ミヅチが腕を組む。


「観念することじゃな」


「はぁ……」


直弥は大きくため息をついた。


「ほんと勘弁してくれよ」


そして晴真たちを見る。


「お前らさぁ」


「一年坊に何教えてんだよ」


沙羅が眉をひそめる。


「あ?」


直弥は折れた刀を持ち上げた。


「こちとらお陰で大事な愛刀を折られちまったんだぞ」


刀身は途中から綺麗に折れている。


直弥は本気で悲しそうな顔をした。


「結構高かったのに……」


「とほほ……」


沙羅は一言。


「知るか」


次の瞬間――


「死ね」


「おい」


バチバチバチッ!!


沙羅の周囲に雷槍が生まれる。


一本。


二本。


三本。


三本同時。


直弥の顔が引きつった。


「おいおい」


「そりゃ酷いだろ!」


「仮にも先輩だぜ俺は!」


「うるせぇ」


沙羅は迷わず手を振り下ろす。


「死ね」


「雷槍!」


三本の雷槍が一斉に放たれた。


「こりゃやばい!」


直弥が札を取り出す。


「じゃあ――」


札が強く光る。


「またな!」


バシュンッ!!


雷槍が直弥へ迫る。


しかし――


ドォォォン!!


雷が炸裂した時。


そこに直弥の姿はなかった。


「……逃げた」


晴真が呟く。


ミヅチが地面に落ちた札の燃えかすを見る。


「転移の札じゃ」


「かなり高度なものじゃの」


「クソッ!」


沙羅が拳を握る。


「また逃がした!」


「追うのは後じゃ」


チヨヒメが静かに言う。


視線の先――


罠に捕らわれた豪斎。


まだ黒い瘴気が身体を覆っている。


「今はこちらが先じゃ」



「道満君!」


晴真が叫ぶ。


「もう一度!」


「ああ!」


二人は再び豪斎へ向き直る。


道満が浄化術を続ける。


白い光が瘴気を削っていく。


しかし――


「くっ……」


道満の額に汗が浮かぶ。


「駄目だ」


「浄化しきれない」


瘴気があまりにも濃い。


一人では押し切れない。


その時――


「道満君」


凛が隣へ立った。


「私もやる」


「凛?」


凛は手を合わせる。


目を閉じる。


そして――


「浄化術」


柔らかな光が生まれた。


道満の浄化術へ重なる。


白い光が――


さらに明るくなる。


「……!」


道満が驚く。


二人の霊力が重なった、その瞬間。


凛と道満。


二人の陰陽眼が――


ほんの一瞬。


銀色に輝いた。


「え……?」


晴真が目を見開く。


しかし――


光はすぐに消えた。


本人たちも気づいていない。


ただ――


浄化の力だけが大きく高まる。


ジュウゥゥゥゥ――


豪斎を覆っていた瘴気が急速に薄れていく。


「ブォォォ……」


豪斎の苦しそうな声も、少しずつ弱くなる。


そして――


黒い瘴気が晴れ始めた時。


「……見えた」


晴真が呟く。


豪斎の額。


そこに――


黒い種のようなものが埋め込まれていた。


「瘴気の種……!」


凛が叫ぶ。


「今だよ晴真君!」


「うん!」


晴真の表情が変わる。


目を閉じる。


深く呼吸する。


丹田へ霊力を集める。


そして――


目を開く。


金色の桜が咲く。


金桜眼。


周囲の空気が震える。


晴真は瘴気の種へ手を向けた。


「金桜封印術――」


以前見た術。


龍姫の記憶。


龍姫の札。


その術式を金桜眼で読み取ったもの。


「模倣の一」


金色の霊力が集まる。


「金桜縛!」


パァァァァッ!!


金色の桜の花びらが舞う。


一枚。


十枚。


百枚。


無数の金桜が瘴気の種へ絡みつく。


シュルルルルッ!


まるで鎖。


黒い種を少しずつ豪斎の額から引き抜いていく。


「抜けろ……!」


晴真が歯を食いしばる。


さらに霊力を込める。


「豪斎様から――」


「離れろ!」


バシュッ!!


瘴気の種が抜けた。


金桜に包まれたまま宙を飛ぶ。


そして――


カラン。


地面へ落ちた。


その瞬間。


「ブォ……」


豪斎の身体から力が抜ける。


ドサァッ。


巨大な身体が草原へ倒れ込んだ。


「豪斎様!」


豪太が叫ぶ。


笛吹き爺さんも駆け寄る。


「豪斎!」


巨大な鼻先へ手を当てる。


しばらく様子を見る。


そして――


ほっと息を吐いた。


「……大丈夫じゃ」


「眠っておる」


豪太の肩から力が抜ける。


「よかった……」


そこへ銀花が駆け寄る。


「診せてください」


豪斎へ両手を向ける。


淡い光が巨体を包む。


「治癒術」


傷ついた身体へ、優しい霊力が染み込んでいく。



しばらくして――


ようやく緊張が解け始めた。


その時。


ミヅチ。


チヨヒメ。


そして沙羅まで。


笛吹き爺さんの前へ歩いていく。


皆が姿勢を正した。


ミヅチが静かに頭を下げる。


「お久しゅうございます」


チヨヒメも微笑みながら一礼する。


「ご無沙汰しております」


晴真たち以外の生徒が首を傾げる。


刀也が小声で言う。


「なんだ?」


「ミヅチたちが爺ちゃんに頭下げてるぞ」


迅も眉をひそめる。


「そんな偉い爺さんなのか?」


笛吹き爺さんは頭を掻く。


「やれやれ」


「せっかく黙っておったのに」


豪太が目を丸くする。


「まさか……」


晴真たち四人はすでに知っている。


老人は皆を見回す。


「仕方ないのぉ」


そして――


にかっと笑った。


「改めて名乗るとするか」


草原へ風が吹く。


老人の背後に――


一瞬。


巨大な亀の姿が重なった。


大地そのものと見間違えるほどの巨体。


悠久の時を生きてきた存在。


「わしは――」


「土浮の大亀」


「土浮丸じゃ」


「…………」


沈黙。


次の瞬間――


「ええええええええっ!?」


草笛の丘に一年一組の声が響いた。


「土浮丸様!?」


「印旛大龍王様の眷属!?」


「内郷の守護神!?」


豪太など完全に固まっている。


刀也と迅は互いを見る。


そして――


青ざめた。


「なぁ……」


「ああ……」


刀也が震える。


「俺たち……」


迅も顔を引きつらせる。


「神様を爺さん呼ばわりしてたよな」


「しかも普通にタメ口だったぞ」


「終わった」


二人が同時に頭を抱える。


土浮丸は豪快に笑った。


「ほっほっほっ!」


「良い良い!」


二人が恐る恐る顔を上げる。


「本当ですか?」


「気にしておらん」


そして――


土浮丸は一年一組全員を見る。


その表情が優しくなる。


「それよりも」


豪斎を見る。


「お前たちのおかげで――」


声が少し震えた。


「豪斎が救われた」


「礼を言うぞ」


土浮丸は静かに頭を下げた。


一年一組の誰もが驚く。


神と呼ばれる存在が――


自分たちへ頭を下げている。


「土浮丸様……」


豪太が呟く。


土浮丸は再び豪斎のそばへ座った。


その大きな鼻先を優しく撫でる。


「まったく……」


「心配させおって」


眠っている豪斎が、小さく鼻を鳴らす。


「ブフ……」


その音を聞いた瞬間――


土浮丸の目から一筋の涙が零れた。


「……よかった」


もう一筋。


「本当に……」


土浮丸は笑いながら涙を拭う。


「よかったのぉ……豪斎」


夏の風が吹き抜ける。


草原が静かに揺れる。


その日――


晴真たちは初めて知った。


神と呼ばれるほど長く生きた存在でも。


大切な者を失うことを恐れ。


救われれば――


人と同じように涙を流すのだと。

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