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第百十話 直弥


 森の中。


隼人たち忍び組は、すでに動いていた。


「綾女」


「そっちは?」


「完了」


「茜 桔梗」


「こっちも準備できたよ」


「いつでもいける」


迅が木の上から豪斎を見る。


「なら あとはあいつをここまで連れてくりゃいいんだな」


「ああ」


隼人が頷いた。


「罠は完成した」


その声を聞いた与一が、遠くから弓を構える。


「分かった」


ギリッ――


弦を引き絞る。


狙うのは豪斎そのものではない。


進ませたい方向。


ヒュンッ!


一本目の矢が豪斎の右側へ突き刺さる。


ドンッ!


霊力が弾け、豪斎が反射的に左へ進路を変える。


「ブォォォォォッ!」


続けて二本目。


ヒュンッ!


今度は左。


豪斎は再び進路を変えた。


与一は冷静にその動きを読んでいる。


「もう少し」


三本目。


四本目。


矢を撃ち込むたびに、豪斎の進む方向が少しずつ変わっていく。


そして――


「刀也!」


太一が叫ぶ。


「ああ!」


刀也が太一を見る。


「行くぞ!」


「うん!」


二人が並ぶ。


そして同時に――


小篠塚流。


上段の構え。


刀を大きく頭上へ掲げる。


二人の丹田から霊力が流れ出す。


脚へ。


腰へ。


背中へ。


肩へ。


腕へ。


刀へ。


霊力を全身へ巡らせる。


刀也が豪斎を見る。


「豪斎様!」


「ちょっと痛いけど――」


にやりと笑う。


「我慢してくれよ!」


二人が同時に踏み込んだ。


「せぇぇぇぇい!」


「はぁぁぁぁっ!」


ズバァァァン!!


二つの斬撃が地面へ叩き込まれる。


凄まじい衝撃。


だが狙ったのは豪斎ではない。


その足元。


ドゴォォォン!


地面が崩れる。


「ブォッ!?」


豪斎の巨体が沈んだ。


その下には――


忍び組が掘り、術式を仕込んだ巨大な落とし穴。


「今だ!」


隼人が叫ぶ。


豪斎が完全に罠へ落ちる。


ドォォォォン!!


大地が揺れた。


さらに罠の底から縄と術式が伸び、豪斎の四肢へ絡みついていく。


「よし!」


刀也が拳を握った。


「晴真!」


「道満!」


凛の声が響く。


「うん!」


「ああ!」


二人はすでに準備を終えていた。


札が並ぶ。


手印を結ぶ。


霊力を練る。


「桜花封印術!」


二人の霊力が豪斎を包む。


淡い桜色の光。


その光が黒い瘴気へ絡みついていく。


晴真が叫ぶ。


「封じる!」


道満も術へさらに霊力を送り込む。


「そのまま押さえろ!」


桜色の光が強くなる。


だが――


バチッ!


「え?」


術が弾かれた。


黒い瘴気が蠢く。


桜花封印術が押し返されていく。


「そんな……!」


晴真が目を見開く。


「封印できない?」


道満も眉をひそめる。


「なぜだ」


「術式は間違っていない」


「霊力量も足りている」


「なのになぜ――」


その時だった。


「そりゃ無理だろ」


知らない声が響いた。


全員が振り向く。


森の木の上。


一人の男が座っていた。


刀を肩へ担ぎ。


面白そうに晴真たちを見下ろしている。


刀也の表情が変わった。


「……てめぇ」


男が笑う。


「久しぶりだな 坊主」


「直弥!」


直弥は木から飛び降りる。


そして豪斎を覆う瘴気を見る。


「その瘴気は普通の瘴気じゃねぇ」


道満が睨む。


「どういう意味だ」


直弥は笑った。


「禍津喰羅の瘴気だからさ」


「――っ!」


晴真たちの表情が変わる。


笛吹き爺さんの目も鋭くなった。


直弥は刀也を見る。


「で?」


にやにやと笑う。


「来ねぇのか?」


刀也は木刀を構えたまま動かない。


直弥は肩をすくめる。


「なんだよ」


「この前の戦いでビビっちゃったか?」


「坊主」


以前なら――


刀也は間違いなく飛び込んでいただろう。


だが――


刀也は動かない。


「……」


豪斎から伸びてきた瘴気の触手。


刀也はそちらへ木刀を振る。


バシュッ!


触手を切り落とす。


直弥が目を細めた。


「へぇ」


挑発に乗らない。


自分の役目を優先した。


「つまんねぇなぁ」


その瞬間――


ヒュォォォォッ!!


直弥の表情が変わった。


「っ!?」


凄まじい霊力を帯びた矢が、一直線に迫ってくる。


直弥は咄嗟に刀を振る。


ガギィィィン!!


「ぐっ!」


腕へ衝撃が走る。


どうにか矢を弾き飛ばした。


直弥が矢の飛んできた方向を見る。


そこには――


弓を構える与一。


与一は淡々と言った。


「外したか」


そして――


すでに次の矢を番えている。


「おいおい」


直弥が頬を引きつらせる。


「初対面の人間にそんな物騒なもん飛ばしてくんなよ」


ヒュンッ!!


二射目。


「マジか あのガキ!」


ガキィン!


再び刀で弾く。


その瞬間――


「今だ!」


隼人の声。


直弥の背後から――


シュシュシュシュッ!


大量のクナイが飛んでくる。


「うおっ!」


直弥が飛び退く。


そこへ――


「これも!」


「おまけ!」


茜と桔梗。


二人が丸い爆薬を投げる。


直弥の目が見開かれる。


「おいおいおい!」


ドカァァァン!!


爆発。


煙が上がる。


しかし――


煙の中。


直弥の周囲には結界が張られていた。


「頭おかしいのか!?」


「人様に爆薬投げつけるなよ!」


「敵に言われたくない!」


茜が叫ぶ。


直弥が結界を解いた瞬間――


地面から黒い影が伸びた。


「影縛り!」


綾女。


影が直弥の足へ絡みつく。


「っと!」


直弥は危険を察知し、大きく跳んだ。


拘束される直前に逃れる。


だが――


空中。


「そこだ!」


迅。


紫電が身体を包む。


「紫電一閃!」


バチィィィッ!!


一直線。


直弥へ迫る。


「おっと!」


直弥が刀を構える。


ガギィン!!


紫電を纏った一撃を受け止める。


直弥が笑う。


「また速くなったな」


「坊主」


迅も笑い返す。


「余裕ぶってろ!」


その背後――


すでに太一がいた。


「はぁぁぁっ!」


直弥が振り返る。


「なっ――!」


太一は立身道場で学び始めた技を放つ。


「立身流――烈風斬!」


巨大な斬撃。


「お前!」


直弥が慌てて刀を振る。


「後ろからは卑怯だろうが!」


ズバァァァン!!


互いの斬撃が激突。


相殺。


直弥が着地する。


「ったく」


「最近のガキは――」


「直弥ぁぁぁ!」


今度は豪太。


槍を水平に構えている。


その槍の上に――


刀也が乗っていた。


「……は?」


直弥が固まる。


豪太が笑う。


「飛んでけぇぇぇぇ!」


槍を思い切り振り上げる。


「うおおおおお!」


刀也が空へ吹き飛ばされた。


いや――


直弥へ向かって投げ飛ばされた。


「お前ら戦い方おかしいだろ!」


直弥が叫ぶ。


刀也は空中で木刀を大きく振りかぶる。


小篠塚流。


上段。


全身を巡っていた霊力を――


その一撃へ集める。


「小篠塚流――!」


振り下ろす。


「大斬刃!!」


ドゴォォォォン!!


直弥が刀で受ける。


だが――


「なっ……!」


ピシッ。


刀身に亀裂。


次の瞬間――


バキィン!!


直弥の刀が真っ二つに折れた。


刀也が叫ぶ。


「この前のお返しだぁぁぁ!」


直弥が折れた刀を見る。


「…………」


震える声。


「これ……」


「高かったのに……」


本気で泣きそうだった。


「知るか!」


刀也が着地する。


直弥は涙目のまま刀也へ裏拳を放つ。


「このクソガキ!」


ブンッ!


だが――


刀也は腕でしっかり受け止めた。


ドンッ!


後ろへ滑る。


それでも倒れない。


刀也はにやりと笑った。


「二回も喰らわねぇよ」


直弥が眉をひそめる。


「……可愛くねぇガキになったなぁ」


その時――


「今です!」


凛の声。


直弥の四方。


凛。


紅葉。


美鈴。


小夜。


四人がすでに配置についていた。


「桜花封印術――!」


四人の霊力が繋がる。


花びらのような霊力が舞う。


「桜花六方封印陣!」


桜色の結界が一気に閉じた。


「げっ」


直弥が包み込まれる。


ガシャン!


結界完成。


直弥は中から壁を叩く。


「おい」


「これずるいだろ」


もう一度叩く。


ビクともしない。


「チヨヒメの術じゃねぇか」


「一年坊主が使っていい術じゃねぇだろ……」


その一方――


晴真と道満はまだ豪斎の瘴気と格闘していた。


「駄目だ!」


晴真が叫ぶ。


「やっぱり封じられない!」


道満も歯を食いしばる。


「何かが足りない」


「封印術だけじゃ駄目なのか?」


晴真の頭に――


以前、銀花から聞いた話が蘇る。


「……あっ」


「どうした?」


晴真が顔を上げる。


「前に銀花さんが言ってた」


「龍姫様と夜叉丸様が瘴気を封じていた時」


道満を見る。


「龍姫様が封印を担当して――」


「夜叉丸様が浄化を担当してたって」


道満の目が見開かれる。


そして――


すぐ理解した。


「そうか」


「封印できないんじゃない」


「このままでは封印してはいけないんだ」


晴真が頷く。


「まず瘴気を浄化する」


「それから封じる!」


「やるぞ」


道満は手印を変える。


術式を組み替える。


「浄化術!」


白い光が生まれる。


豪斎を覆う黒い瘴気へ触れる。


ジュウゥゥゥ……。


「ブォォォォッ!」


豪斎が苦しそうに鳴く。


「豪斎様!」


豪太が叫ぶ。


「少しだけ我慢してくれ!」


その頃――


直弥は桜花四方封印陣の中で静かになっていた。


「……」


先ほどまでの軽い表情が消える。


そして――


にやり。


「ま」


「ガキの遊びに付き合うのも――」


身体から霊力が溢れ出す。


「ここまでだな」


ドンッ!!


凄まじい霊力が爆発する。


「えっ!?」


凛たちの顔色が変わる。


桜花六方封印陣の結界に亀裂が走る。


ピシッ。


ピシピシッ。


「まずい!」


紅葉が叫ぶ。


バリィィィン!!


結界が砕け散った。


四人が吹き飛ばされる。


「きゃっ!」


「うっ!」


直弥が片手を上げる。


「火球」


巨大な炎が生まれた。


「まずは――」


凛たちを見る。


「邪魔なガキから」


火球が放たれる。


「凛!」


晴真が叫ぶ。


轟ッ!!


しかし――


炎は四人へ届かなかった。


目の前に――


巨大な結界が現れていた。


炎を完全に受け止めている。


直弥の表情が変わる。


笛吹き爺さん。


その老人が静かに片手を前へ出していた。


「……」


先ほどまでの飄々とした空気はない。


大地そのもののような――


重く。


巨大な霊力。


老人が直弥を見る。


「未来の種を――」


低い声。


「潰させんぞ」


直弥は一瞬だけ目を細めた。


そして――


「未来の種……ねぇ」


くくっと笑う。


「いい言葉だ」


懐へ手を入れる。


取り出したのは――


小さな黒い塊。


まるで種のようなもの。


それを指先でつまむ。


「じゃあ俺は――」


笑う。


「瘴気のしょうきのたねでも蒔きましょうかねぇ」


老人の顔色が変わった。


「貴様……!」


初めて――


明確な怒気が滲む。


「それをどこで手に入れた」


直弥は答えない。


老人の視線が――


豪斎へ向かう。


そして再び――


直弥を見る。


「まさか……」


声が低くなる。


「豪斎に――」


直弥が口角を上げた。


「御名答」


草原を――


冷たい風が吹き抜けた。

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