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第百七話 草笛の丘の笛吹き爺さん


 「見えてきました!」


先頭を進んでいた凛が声を上げる。


晴真たちが顔を上げると――


森の向こうに緑に覆われた小高い丘が見えてきた。


「あれが草笛の丘?」


「そうです」


凛が頷く。


晴真は月桜の上から、その景色を眺めた。


「へぇ……」


表佐倉にも草ぶえの丘と呼ばれる場所がある。


豊かな自然や里山の風景に囲まれ、子どもから大人まで楽しめる体験型の施設だ。


しかし――


裏佐倉の草笛の丘は、まるで違う。


そこに遊具や建物はない。


小高い丘一面に広がる草原。


その周囲を深い森がぐるりと囲んでいる。


風が吹くたびに長い草が揺れ、緑の波が丘を駆け抜けていく。


「きれい……」


小夜が呟く。


「本当だね」


晴真も頷いた。


どこまでも広がる青い空。


夏の日差しを受けて輝く草原。


そして――


「晴真」


与一が丘の向こうを指差した。


「見てみろ」


「え?」


晴真が目を凝らす。


そこには――


何頭もの馬がいた。


茶色。


黒。


白。


灰色。


さまざまな毛色の霊馬たちが、草原をゆっくりと歩いている。


親子らしい霊馬もいた。


草を食べるもの。


寝転がっているもの。


仲間同士で駆け回っているもの。


「すごい!」


晴真の目が輝いた。


「霊馬がいっぱい!」


「キュイーン!」


月桜の鞍に乗っていた小桜も嬉しそうに鳴く。


与一が笑う。


「草笛の丘は野生の霊馬の群生地として有名なんだ」


「この辺りなら運がよければ珍しい毛色の霊馬も見られるぞ」


「本当に!?」


晴真はさらに身を乗り出した。


「探してみたい!」


「落ちないでくださいね」


後ろに乗る桜花が晴真の服を掴んだ。


「はは……ごめん」


そんな晴真を見て、皆が笑う。


やがて一行は丘の麓へ到着した。



霊馬から降りた晴真は、改めて周囲を見渡した。


「ここも佐倉なんだよね」


「もちろん」


凛が答える。


「この草笛の丘を含む辺りは内郷地区と呼ばれています」


「内郷……」


晴真が繰り返す。


すると豪太が胸を張った。


「俺ん家もこの辺だぞ!」


「えっ!」


晴真が振り返る。


「豪太君の家 この近くなの?」


「おう!」


豪太は嬉しそうに笑う。


「岩名家は代々内郷に住んでるんだ」


「へぇー!」


「だからこの辺は庭みたいなもんだ!」


「庭は言いすぎだろ」


迅が突っ込む。


「細けぇことはいいんだよ!」


豪太が笑う。


道満が周囲の森へ目を向けた。


「内郷といえば……」


「確か土浮の大亀 土浮丸様の縄張りだったな」


「おう」


豪太が頷く。


晴真も聞き覚えのある名前に反応した。


「土浮の大亀 土浮丸様って 印旛大龍王様の眷属だよね?」


「そうだ」


道満が答える。


「この辺りを守っている大亀――土浮丸様」


印旛大龍王に仕える眷属の一柱。


内郷地区の森や大地を古くから守る存在である。


「土浮丸様かぁ」


晴真は森を見る。


「会えるかな?」


豪太が笑った。


「そう簡単には会えねぇぞ」


「普段はどこにいるか 俺たちだって知らねぇからな」


「そうなんだ」


「でも」


豪太は地面を軽く踏む。


「この辺じゃ昔から言われてる」


「森で迷った時」


「地面が少し揺れたら 土浮丸様が正しい道を教えてくれてるってな」


「へぇ……!」


晴真の目が輝く。


「会ってみたい!」


「晴真君」


凛がじっと見る。


「探しに行ってはいけませんよ」


「行かないよ!」


晴真は慌てて答える。


「……たぶん」


「たぶん?」


「行きません!」


皆が笑った。



一行は霊馬を休ませるため、草原の一角へ移動した。


そこには大きな木が何本か立っている。


木陰に荷物を置き、霊馬たちの鞍を外してやる。


「今日はここを拠点にしよう」


与一が言った。


「霊馬たちもこの辺なら自由にさせて大丈夫だ」


刀也が大きく伸びをする。


「よーし!」


「遊ぶぞー!」


「まだ着いたばかりでしょう」


凛が呆れる。


その時だった。


「……ん?」


小夜が顔を上げた。


「どうしたの?」


美鈴が尋ねる。


小夜は森の方へ耳を澄ませる。


森羅聴を持つ彼女には、何かが聞こえているらしい。


「音がする」


「音?」


皆が静かになる。


すると――


ヒュルル……。


ヒュルルル……。


どこからともなく不思議な音が聞こえてきた。


「笛?」


晴真が首を傾げる。


しかし普通の笛とは少し違う。


素朴で。


どこか懐かしく。


風そのものが歌っているような音だった。


ヒュルル……。


ヒュルルルル……。


その音が草原を渡る。


すると――


「見ろ」


与一が小さな声を上げた。


草を食べていた野生の霊馬たちが、一斉に顔を上げた。


一頭。


また一頭。


霊馬たちが笛の音がする方へ歩き始める。


「え……?」


晴真たちは顔を見合わせた。


「霊馬が集まってる」


小夜が呟く。


晴真たちの霊馬まで耳を立てていた。


そして――


丘の上。


一本の大きな木の下に、一人の老人が座っているのが見えた。


ぼさぼさの白髪。


日に焼けた顔。


使い古した笠を背負い、粗末な着物を身につけている。


その手にあるのは――


笛ではなかった。


一本の草。


老人は草の葉を唇に当てていた。


ヒュルルル……。


美しい音色が響く。


「草笛だ」


晴真が呟いた。


老人の周りには、いつの間にか何頭もの野生の霊馬が集まっている。


大きな霊馬。


小さな霊馬。


親子の霊馬。


どの霊馬も警戒する様子がない。


老人のすぐ隣で寝転がるものまでいる。


「すごい……」


晴真は目を輝かせた。


すると豪太が老人を見て首を傾げる。


「ん?」


「どうした?」


刀也が聞く。


「いや……」


豪太は老人をじっと見る。


「俺 この辺に住んでるけど……」


「知らねぇ爺さんだ」


「え?」


皆がもう一度、丘の上を見る。


ヒュルル……。


草笛を吹いていた老人がゆっくりと目を開いた。


そして――


離れた場所にいる晴真たちへ顔を向ける。


「ほう……」


老人が笑った。


その視線は――


晴真。


いや。


晴真のそばにいる小桜へ向けられていた。


「珍しい子を連れてきたのぉ」


「キュイ?」


小桜が首を傾げる。


老人は楽しそうに笑う。


「ほっほっほ」


そして再び草を唇へ当てる。


ヒュルルル――


夏の風に乗り。


不思議な草笛の音が、草笛の丘いっぱいに響き渡った

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