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第百六話 道中での話


 草笛の丘へ向かう道


凛を先頭に、一年一組の霊馬たちはのんびりと街道を進んでいた。


パカラッ。


パカラッ。


パカラッ。


一定の間隔で蹄の音が響く。


夏の日差しは強いものの、霊馬の上を吹き抜ける風は心地よい。


そんな中――


「だからあそこで踏み込む時はさ!」


「いや 小篠塚流では少し違うんだ」


刀也と太一が、隣り合って霊馬を進めながら夢中になって話していた。


話題はもちろん――剣術。


「相手の刀を受けてから返すんじゃなくて 受ける動きそのものを次の攻撃へ繋げるんだ」


「なるほど!」


刀也が目を輝かせる。


「それ もう一回詳しく教えてくれ!」


「いいよ」


二人の会話は先ほどからずっとこんな調子だった。


晴真は月桜の上から、そんな二人を眺める。


前には小桜。


後ろには桜花。


晴真はふと思い出して、刀也へ声を掛けた。


「そういえば刀也」


「ん?」


「小篠塚道場に行ったの?」


「ああ!」


刀也は嬉しそうに笑った。


「行ったぜ!」


そして少し苦笑する。


「実はさ 父ちゃんまでついてきてよ」


「刀真さんも?」


「そうなんだよ」


すると太一が笑った。


「本当にびっくりしたよ」


「父さんも爺ちゃんも 最初は何が起きたのか分からないって顔してたから」


刀也は首を傾げる。


「そんなに驚くことか?」


「当たり前だよ」


太一は呆れたように言った。


「立身刀真といったら 現役の剣士では最高峰の一人だよ」


「そんな人がいきなりうちみたいな町道場に来たんだから」


「しかも――」


太一は刀也を見る。


「息子を指導してほしいって言うんだから」


「あれは驚くよ」


「そうなのか?」


刀也はあまり分かっていない様子だった。


「父ちゃん 家じゃ普通だけどな」


「お前の家を基準にするな」


迅が横から突っ込む。


「立身家だぞ」


「そうですよ」


凛も苦笑する。


「刀也君のお父様は 剣士なら誰でも知っているような方ですから」


「へぇ……」


刀也は自分の父親のことなのに、どこか他人事だった。


太一が続ける。


「特に爺ちゃんは大変だったよ」


「刀真さんのお父上――刀斎様をずっと尊敬しているから」


「二人は同世代だからね」


「そうそう!」


刀也が身を乗り出す。


「あの爺ちゃん すげぇな!」


太一が眉をひそめる。


「うちの爺ちゃんを あの爺ちゃんって言うなよ」


「だってすげぇんだもん!」


刀也は興奮気味に晴真たちを見る。


「いきなり親父に一撃入れたんだぜ!」


「え?」


晴真が目を丸くする。


「刀真さんに?」


「ああ!」


刀也は木刀を振るような仕草をする。


「こう ズバァン! って!」


「説明が雑すぎる」


与一が苦笑した。


「とにかく!」


刀也は気にせず続ける。


「あの一撃 すごかったんだよ!」


「親父がやっと防いでたぜ!」


「へぇ……」


晴真も興味津々になる。


クシナダに褒められる立ち合いを見せた刀姫。


その父であり、現役最高峰の剣士と呼ばれる刀真。


その刀真に、本気で防御させるほどの一撃。


「太一君のお爺さんって すごく強いんだね」


「うん」


太一は嬉しそうに頷いた。


「爺ちゃんはずっと町道場で剣を教えてきた人だから」


「有名ではないけど 僕は尊敬してるよ」


刀也も大きく頷く。


「俺も!」


そして胸を張る。


「だから俺 親父の許可をもらって小篠塚流を学ばせてもらうことになったんだ!」


「本当に?」


「ああ!」


今度は太一が続けた。


「その代わり 僕は立身道場へ通わせてもらうことになった」


「お互いの剣を学ぶんだ」


「へぇー!」


晴真は嬉しそうに笑う。


「なんかいいね」


しかし――


道満は少し不思議そうな顔をした。


「待て」


「どうしたの?」


「小篠塚流はともかく……」


道満は太一を見る。


「よく大篠塚道場が許したな」


その言葉に何人かが「あっ」と声を漏らす。


小篠塚流は、大篠塚流の流れを汲む剣術。


勝手に他流派との技術交流を決められるほど、単純な話ではない。


「それはね」


太一が笑った。


「刀真さんがきちんと大篠塚道場にも話を通してくれたんだ」


「刀真さんは小篠塚の剣をすごく気に入ってくれたみたいで」


刀也が得意げに頷く。


「親父 太一の爺ちゃんと立ち合った後 めちゃくちゃ嬉しそうだったからな!」


太一は続ける。


「それで刀真さんがこう言ってくれたんだ」


「大篠塚流の流れを汲む小篠塚の剣に惚れ込んだ」


「ぜひ息子にその剣をご教授願いたいって」


道満が頷く。


「なるほど」


「でもそれだけじゃないんだ」


太一は少し楽しそうに笑った。


「立身家の息子だけが小篠塚流を学ぶとなれば 立身道場の顔もある」


「だから代わりに僕を立身道場で学ばせてもらえないかって頼んでくれたんだ」


「そうすれば一方的に教えを請う形ではなくなる」


道満の目が少し鋭くなった。


「……なるほどな」


太一は頷く。


「大篠塚道場も それならぜひって喜んで許してくれたよ」


「小篠塚流の剣を立身家が評価してくれたことも 嬉しかったみたい」


「へぇー」


晴真は素直に感心する。


一方――


道満は少し考えてから呟いた。


「立身刀真……」


「剣術の腕だけじゃないんだな」


「ん?」


刀也が振り向く。


道満は刀也を見る。


「小篠塚流を学びたいという目的を通しながら 小篠塚 大篠塚 立身の三方すべてに筋を通した」


「誰の面子も潰していない」


「むしろ全員に利がある形にしている」


そして感心したように頷く。


「策士なんだな」


「親父が?」


刀也が目を丸くする。


「そんなに考えてたのか?」


「お前は少し考えろ」


迅が言った。


「なんだと!」


皆が笑う。


そんな中、晴真が刀也をじっと見る。


「でも」


「なんだよ?」


晴真はにこっと笑った。


「刀真さんがそういう人なら 意外と刀也にも策士の才能があったりして」


「俺に!?」


刀也の目が輝く。


「マジか!」


「うん」


晴真は真剣な顔で頷く。


「まだ眠ってるだけかもしれないよ」


「おお!」


刀也は嬉しそうに拳を握った。


「じゃあ俺 剣だけじゃなくて頭もすげぇのか!」


「…………」


一瞬。


全員が黙った。


そして――


「ぶはっ!」


迅が吹き出した。


「何がおかしい!」


「いや 無理だ!」


「今の聞いたら無理だって!」


与一まで肩を震わせている。


凛も口元を押さえていた。


太一は必死に笑いを堪えている。


小夜も小さく笑っていた。


「なんだよ!」


「俺にだって策士の才能くらいあるだろ!」


刀也が抗議する。


道満はしばらく真剣に刀也を見つめた。


「……可能性は否定できない」


「だろ!」


「ただし」


道満は続ける。


「今のところ その兆候は見当たらない」


「道満!」


どっと笑い声が上がった。


「お前まで!」


「事実を言っただけだ」


「晴真!」


刀也が助けを求める。


「お前は俺に才能があると思うよな!」


「うん!」


晴真は迷わず頷く。


刀也の顔がぱっと明るくなる。


「ほら見ろ!」


「晴真は分かって――」


「たぶん!」


「たぶん!?」


再び笑い声が響いた。


パカラッ。


パカラッ。


パカラッ。


霊馬たちは、そんな騒がしい主人たちを乗せながらのんびりと街道を進んでいく。


草笛の丘までは、まだ少し。


けれど――


こうして皆で話しながら進む道中もまた、楽しい時間だった。

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