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第百五話 草笛の丘へ


 夏休みのある朝


今日は晴真がクラスメイトたちと約束していた――草笛の丘へ遊びに行く日だった。


目的はもちろん、みんなで遊ぶこと。


そしてもう一つ。


霊馬に乗って出かけることで、桜駆けの練習も兼ねていた。


そのため一度黒桜寮へ集まり、そこから学園の霊馬小屋へ向かうことになっている。


晴真は朝早く御堂家を出ると、黒桜寮へやって来た。


「ただいま……っていうのも変かな」


夏休みに入ってから、まだそれほど日は経っていない。


それに御堂家での修練では、クラスメイトたちとも何度も顔を合わせている。


だからみんなと久しぶりに会うという感じはしなかった。


それでも――


見慣れた黒桜寮を前にすると、なんとなく安心する。


「やっぱりここを見ると落ち着くなぁ」


晴真が笑う。


すると肩に座っていた桜花が、その顔を覗き込んだ。


「晴真様 嬉しそうですね」


「うん」


晴真は素直に頷いた。


「ここも僕の家みたいな場所だから」


「そうですね!」


桜花も嬉しそうに笑った。


やがて――


「おーい晴真!」


大きな声とともに刀也がやって来る。


その後ろから迅、与一、凛、道満たちも続々と姿を現した。


「おはよう!」


「おはようございます」


「今日はいい天気だな」


「絶好の霊馬日和だ!」


少しずつ人が集まり、黒桜寮の前はいつもの賑やかさを取り戻していく。


晴真も自然と笑顔になった。


その時だった。


「みんなー!」


黒桜寮の中から鍋山摩季と銀花が出てきた。


二人の手には大きな包みがいくつも抱えられている。


摩季が得意げに笑う。


「遊びに行くんだろ?」


「お弁当 全員分作っておいたよ!」


「えっ!」


生徒たちの目が輝いた。


銀花も微笑む。


「お昼になったら皆様で召し上がってください」


一人ずつ弁当を受け取っていく。


「やった!」


「ありがとうございます!」


「さすが摩季さん!」


「銀花さんも!」


摩季は腰に手を当て豪快に笑った。


「たくさん遊ぶんだから たくさん食べな!」


「はい!」


晴真も弁当を受け取る。


「ありがとうございます」


「晴真様」


銀花が少し心配そうな顔で晴真を見る。


「何かありましたら すぐに駆けつけますからね」


「大丈夫ですよ」


晴真は笑った。


しかし銀花は今度は晴真の肩にいる桜花を見る。


「桜花」


「はい!」


「何かありましたら すぐに私へ連絡してくださいね」


桜花は胸を張った。


「はい お姉様!」


「晴真様のことは私がしっかり見ています!」


「お願いします」


そんな二人のやり取りを聞いていた晴真が苦笑する。


「僕 一人でも大丈夫なんだけどなぁ」


その時――


晴真の持っていた札が淡く光った。


ポンッ。


「キュイーン!」


小さな霊馬、小桜が姿を現す。


「小桜?」


小桜は銀花を見上げると、もう一度鳴いた。


「キュイーン!」


銀花はくすりと笑う。


「そうですね」


「小桜も一緒ですから大丈夫ですね」


「キュイーン!」


今度は誇らしげに鳴く。


「頼りにしていますよ 小桜」


小桜は嬉しそうに尻尾を振った。


それを見ていた刀也が笑う。


「護衛が二人もいるじゃん」


「晴真よりしっかりしてそうだな!」


「ええ?」


晴真だけが納得していなかった。



一行は黒桜寮を出ると、学園の霊馬小屋へ向かった。


そこではすでに、それぞれの霊馬が準備されていた。


「おお!」


刀也が自分の霊馬へ駆け寄る。


与一も黒曜毛の霊馬――黒曜の首筋を撫でた。


「今日もよろしくな 黒曜」


「ブルルッ」


その隣では小夜が神聖な白桜毛を優しく撫でている。


そして晴真の霊馬――月桜も待っていた。


「月桜!」


晴真が駆け寄る。


月桜は晴真を見ると嬉しそうに鼻を鳴らした。


その背には少し変わった鞍が取り付けられている。


普通の鞍より少し広く、小さな座る場所まで作られていた。


晴真だけではなく、小桜と桜花も一緒に乗れるように特別に作られた鞍だ。


作ってくれたのは霊馬の管理人――木之子牧人。


「牧人さん ありがとうございます」


晴真が頭を下げる。


「いやいや」


牧人は笑った。


「月桜も嫌がってないし これなら三人で乗れるだろう」


「はい!」


桜花も鞍を見て目を輝かせる。


「私の場所があります!」


小桜もぴょんっと飛び乗った。


「キュイーン!」


「小桜の場所もあるね」


晴真は笑う。


そんな晴真を牧人がじっと見る。


「ところで晴真君」


「はい?」


牧人はちらりと小夜を見る。


小夜は少し離れたところで、自分の霊馬の毛並みを整えていた。


「小夜はな 昔から動物に好かれる子でな」


「はい」


「霊馬の世話もよく手伝ってくれる」


「へぇ」


「大人しいけど芯は強い」


「はい」


「料理もできる」


「すごいですね」


「それに人のことをよく見ている」


「本当に優しいですよね」


牧人は大きく頷く。


「そうだろう!」


「はい!」


晴真も笑顔で頷いた。


「本当に小夜ちゃんは良い子ですね!」


「…………」


牧人の笑顔が止まった。


「……それだけ?」


「はい?」


晴真が首を傾げる。


牧人はしばらく晴真を見つめた。


「……そうか」


なぜか肩を落とす。


そしてとぼとぼと霊馬小屋の奥へ歩いていった。


晴真は不思議そうにその背中を見送る。


「どうしたんだろう?」


実はこれ。


今日が初めてではない。


牧人に会うたび、なぜか小夜の良いところをたくさん教えてくれる。


そして晴真が――


『本当に小夜ちゃんは良い子ですね』


と言うと、決まってがっくり肩を落として帰っていく。


「……なんでだろう?」


晴真はますます分からなくなった。


ちょうど近くに小夜がいたので聞いてみる。


「小夜ちゃん」


「な なに?」


「牧人さんって どうして僕にいつも小夜ちゃんの良いところを教えてくれるの?」


「えっ!?」


小夜の顔が一瞬で真っ赤になった。


「僕が『小夜ちゃんは良い子ですね』って言うと いつもがっかりするんだよね」


「…………!」


小夜はさらに真っ赤になる。


「小夜ちゃん?」


「し 知らない!」


「え?」


「わたしに聞かないで!」


小夜は逃げるように霊馬の向こうへ行ってしまった。


晴真はぽかんとする。


「……なんで?」


仕方がないので今度は刀也たちに聞いてみた。


「刀也」


「なんだ?」


「牧人さんが――」


事情を説明する。


刀也は数秒黙った。


迅も黙った。


与一も黙った。


そして三人そろって晴真を見る。


「晴真」


「なに?」


刀也が呆れた顔で言った。


「お前 本当に天然だなぁ」


迅も頷く。


「ここまで来るとすげぇよ」


与一まで苦笑した。


「牧人さんも大変だな」


「ええ?」


晴真にはまったく意味が分からない。


「道満くんなら分かる?」


少し離れたところにいた道満へ尋ねる。


道満は腕を組んだ。


「……なんだろうな」


「道満も分かってねぇ!」


刀也が思わず叫んだ。


「お前ら二人 そういうところまで似てんのかよ!」


「?」


「?」


晴真と道満が同時に首を傾げる。


刀也たちは深いため息をついた。



やがて全員の準備が整った。


晴真も月桜へ跨がる。


その前には小桜。


後ろには桜花。


「準備できました!」


「キュイーン!」


「僕も大丈夫!」


晴真が手綱を握る。


全員がそれぞれの霊馬へ乗り込んだ。


すると刀也と迅が前へ出る。


二人は顔を見合わせ、にやりと笑った。


「位置について――」


「よーい――」


凛の声が飛ぶ。


「競争はしません」


「…………」


二人が止まった。


「ちぇっ」


「なんだよ」


揃って舌打ちする。


その隣では――


「……残念だ」


珍しく与一まで肩を落としていた。


凛が驚いて振り返る。


「与一君まで?」


与一は黒曜の首を撫でる。


「せっかく黒曜の素晴らしさを みんなに見せられると思ったんだけどな」


「ブルルルッ!」


黒曜まで自信満々に鼻を鳴らした。


「今日はみんなで遊びに行くんです」


「桜駆けの試合ではありません」


凛はきっぱりと言った。


「きちんと並んで行きます」


「はーい……」


刀也。


「へいへい」


迅。


「分かったよ」


与一。


三人とも明らかに残念そうだった。


晴真はその様子を見ながら笑う。


「競争しなくても みんなで走れば楽しいよ」


「お前は分かってねぇ!」


刀也と迅が同時に叫んだ。


「ええ!?」


笑い声が広がった。


そして――


「それじゃあ行きましょう!」


凛が先頭に立つ。


霊馬たちがゆっくりと歩き始める。


その後ろを晴真たちがきちんと列になって続いていく。


夏の空。


青々とした山々。


吹き抜ける風。


蹄の音が軽やかに響く。


パカラッ。


パカラッ。


パカラッ。


「キュイーン!」


小桜の楽しそうな声が響いた。


桜花も両手を上げる。


「草笛の丘へ出発です!」


「おー!」


一年一組の元気な声が夏空へ響く。


こうして晴真たちは霊馬に乗って――


草笛の丘へ向けて出発した。

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