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第百三話 三つの火球

第百三話 三つの火球


太一が霊門を開いた騒ぎが落ち着いた頃。


晴隆は瞑想を続けていた刀姫、刀優、道香、道隆の四人へ目を向けた。


「さて」


「お主らは次の段階へ行ってみるとするか」


四人が顔を上げる。


「まず確認じゃ」


「四人とも霊視はできるな?」


「はい」


全員が頷いた。


その言葉を聞いた道秀が少し眉をひそめる。


「晴隆」


「良いのか?」


「晴真君の新しい霊力操作法は 御堂家の秘術として残してもいいほどの技術だぞ」


しかし晴隆は迷うことなく笑った。


「良いに決まっとる」


そして四人を見る。


「こやつらは未来の裏佐倉を担う者たちじゃ」


「一族だけで抱え込むより 広く伝えておいた方がよい」


晴隆の表情が少し真剣になる。


「いざという時に備えるためにもな」


「……なるほど」


道秀は頷いた。


その場にいたミヅチ、クシナダ、チヨヒメたち神の眷属も、晴隆の言わんとすることを理解する。


再び大きな災厄が裏佐倉を襲った時。


一人でも多くの陰陽師が強くなっていること。


それが何より大切なのだ。


「では」


晴隆は晴真を見る。


「晴真に二回 同じ術を放ってもらう」


「お主らは霊視で その違いを見てみるのじゃ」


「分かりました」


刀姫たちは表情を引き締めた。


晴隆が晴真へ声を掛ける。


「では頼むぞ」


「はい!」


晴真が札を取り出そうとした――その時。


「すみません!」


「少々お待ちください!」


声に振り返る。


修練場へやって来たのは、正臣、玄、紫苑の三人だった。


正臣が頭を下げる。


「晴隆様」


「私たちにも ご教授いただけませんか?」


玄と紫苑も頭を下げた。


晴隆は三人を見て、すぐに頷く。


「よかろう」


「お前たち三人なら信用がおける」


「敵方へ漏れる心配もなかろう」


「ありがとうございます」


こうして――。


刀姫。


刀優。


道隆。


道香。


正臣。


玄。


紫苑。


七人が晴真を取り囲むように座った。


全員の瞳に霊力が宿る。


――霊視。


「うわぁ……」


晴真は居心地悪そうに周囲を見回した。


「なんか緊張するなぁ……」


紫苑がくすりと笑う。


「いつも通りでいいんですよ」


「は はい」


晴真は一枚の札を構える。


まずは――従来の術式。


丹田へ意識を集中する。


霊力が既存の霊脈を通り、腕へ。


そして札へ流れ込む。


その流れは淀みなく、驚くほど安定していた。


「札術――火球!」


ボッ――!


札から火球が生まれ、真っ直ぐ飛んでいく。


正臣が感心する。


「……綺麗だ」


紫苑も頷く。


「霊力の流れが安定していますね」


玄は教師らしく冷静に観察していた。


「初等部一年生の火球として考えれば 十分すぎる完成度です」


しかし――。


「だが」


玄は眉をひそめた。


「これではない」


正臣も頷く。


「ああ」


「これだけなら 複合術まで扱える理由にはならない」


晴隆が笑った。


「では次じゃ」


「晴真」


「新術式でやってみろ」


「はい」


晴真はもう一枚、火球の札を構える。


そして――。


七人の表情が変わった。


晴真の丹田から。


すぅ――。


細い霊脈が伸びていく。


一本。


二本。


三本。


さらに数本。


それらが腕を通り――。


札へ繋がった。


「……え?」


紫苑が思わず声を漏らす。


そして霊力が複数の霊脈を通して札へ流れ込む。


「札術――火球!」


ボッ――!


再び火球が放たれた。


威力そのものは、先ほどと大きく変わらない。


だが。


霊視していた者たちは、火球ではなく晴真を見つめていた。


紫苑が信じられないように呟く。


「術を使うために……」


「新しく霊脈を何本かに分けて 札へ繋げているということですか?」


正臣も眉間にしわを寄せる。


「でも なぜだ?」


「既存の霊脈を使わず わざわざ新しく繋ぐ必要がある?」


玄はしばらく考え――。


「あ……」


何かに気付いた。


「細い霊脈を複数繋ぐことで」


「札へ流れ込む霊力量そのものを調整しているのか」


その言葉に道隆も理解する。


「そういうことか」


「術によって繋げる霊脈の本数を変える」


「必要な霊力量に合わせて 流量を調整できるんですね」


道隆の目が見開かれる。


「だから……」


「複数の術へ異なる量の霊力を同時に流す必要がある複合術でも 正確に調整できる」


刀姫も納得したように頷いた。


「一つの大きな流れを調整するんじゃない」


「最初から細い流れに分けて制御しているんだ」


「なるほど……」


刀優も感心したように晴真を見る。


道香だけは別の疑問を抱いたらしい。


晴真をじっと見つめる。


「……晴真君」


「はい?」


「なんでこんなこと思いつくんですか?」


「え?」


晴真が困った顔になる。


代わりに晴隆が大笑いした。


「必要に迫られたからじゃ」


「こやつの丹田は規格外じゃからな」


「普通に流せば 術へ霊力が入りすぎる」


「その扱いに苦労した結果 生まれた方法じゃ」


「なるほど……」


道香は妙に納得した。


その時だった。


「おじいちゃん」


晴真が手を挙げる。


「ん?」


「ちょっと見てほしいことがあるんだけど いい?」


「なんじゃ?」


「さっき思いついたんだけど……」


その言葉を聞いた道満がぴくっと反応した。


「……またか」


嫌な予感しかしない。


晴真は火球の札を――。


三枚取り出した。


「じゃあ いくよ」


全員が再び霊視する。


晴真が丹田へ意識を集中する。


霊脈が伸びた。


だが――。


「……三本?」


玄が呟く。


先ほどとは違う。


一本の札に何本もの細い霊脈を繋いでいない。


三枚の札へ――一本ずつ。


しかも。


その一本一本が先ほどよりも太い。


先ほど複数本を束ねて流していた霊力量と、ほぼ同じ量が流せる太さだった。


「まさか……」


正臣が目を見開く。


三本の霊脈。


それぞれが別々の札へ繋がる。


晴真が霊力を流す。


「札術――火球!」


ボッ!


ボッ!


ボッ!


三つの火球が――。


同時に放たれた。


「…………」


静寂。


晴真は三つの火球が飛んでいった方向を見てから、皆へ振り返った。


「どう?」


誰も答えない。


刀姫。


刀優。


道香。


道隆。


正臣。


玄。


紫苑。


全員が唖然としていた。


少し離れた場所では――。


「アッハッハッハッハ!」


沙羅が腹を抱えて笑っている。


「やりやがった!」


ミヅチも扇子をばしばし叩きながら大笑いしていた。


「アハハハ!」


「やはり晴真は面白いのう!」


チヨヒメたち眷属も楽しそうに笑っている。


道満だけは――。


「…………」


またか。


完全にそんな顔で晴真を見ていた。


晴真の頬が引きつる。


「えっと……」


そして。


もはやお馴染みとなりつつある言葉が飛び出した。


「僕……」


「またやっちゃいました?」


銀花がにっこり笑う。


「いいんです」


「晴真様はそれで」


晴真の肩に移っていた桜花も、くすくす笑う。


「主人様」


「またやっちゃいましたね」


「えぇ……」


晴隆は呆れたように頭をかいた。


「晴真」


「お前は分かっておらんようじゃから説明してやる」


「術を三つ同時に放つというのはな」


「達人の域の技術じゃ」


「え?」


「わしでも ようやく扱えるほどじゃぞ」


晴真の目が丸くなる。


「そうなの?」


「そうなの ではない」


晴隆はため息をつく。


玄も苦笑している。


晴隆はそんな玄を見る。


「玄の父親は 裏佐倉でも札術の天才として知られておる」


「その男ですら 同時に扱える術は四つがやっとじゃ」


「四つ……」


晴真は三枚の札を見つめる。


晴隆は呆れながらも、どこか嬉しそうに笑った。


「お前という奴は」


「いつもいつも わしらを驚かせてくれるのう」


晴真は困ったように頭をかいた。


「でも……」


「なんかできそうだったから」


「やってみただけなんだけど……」


あまりにも晴真らしい答えだった。


「ふふっ」


刀姫が吹き出す。


それにつられて刀優も笑う。


道香も。


道隆も。


正臣も紫苑も玄も。


最後には晴隆と道秀まで笑っていた。


「なんでみんな笑うの?」


晴真だけが困った顔で周囲を見回す。


そんな中。


晴真は自分の手を見る。


三本の霊脈。


三枚の札。


実は――。


先ほど術を放った時。


もう少し余裕があった。


(……五個くらいなら)


(たぶん できそうなんだけど)


ちらり。


晴隆を見る。


続いて玄を見る。


二人とも、まだ何やら難しい顔で話し合っている。


晴真はそっと視線を逸らした。


(……言わないでおこう)


これ以上騒ぎを大きくしないためにも。


その判断だけは妙に賢い晴真だった。

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