筆記試験の結果は残酷
技能試験の狂騒から一夜明け、学園生活二日目。
昨日の「測定器粉砕事件」の余波で、ギルティナはシルビア先生からたっぷり一時間の正座説教と、拳骨のおまけを貰っていた。千年前の師匠も相当なスパルタだったが、この時代の女教師も負けず劣らずの迫力だ。
「……うう、頭がまだジンジンするわ。シルビア先生、あんな細い腕のどこにあの馬力があるのかしら」
寮の鏡の前で、たんこぶができていないか確認しながらギルティナはぼやく。隣で身支度を整えていたフィオナは、呆れたようにため息をついた。
「あんたがやりすぎなのよ。あの測定器、一台で家が建つくらいの値段だったらしいわよ? 修理費の請求書がエリスフォード家に届く前に、今日の筆記試験で少しは名誉挽回しなさいよね」
「筆記試験? ああ、あんなの楽勝よ! 剣の理なんて、私にとっては呼吸するのと同じなんだから!」
ギルティナは自信満々に胸を張る。彼女にとって、歴史や理論など、自分が生きた一〇二年の経験に比べれば、子供の遊びに等しいはずだった。
■
教室に入ると、重苦しい空気が漂っていた。
配られたのは、学園が誇る難関問題が詰まった解答用紙。魔法の構築理論から、歴史上の英雄たちの戦術、さらには現代剣術の基礎知識まで、多岐にわたる内容だ。
「いいか、時間は九〇分。昨日の技能で恥をさらした連中は、ここで死に物狂いで点をもぎ取れ。……特に、器物を損壊させた自覚のある奴はな」
シルビア先生の鋭い視線がギルティナを射抜く。
ギルティナは「分かってますって!」とばかりに快活に頷き、試験開始の合図と共にペンを走らせた。
(ふむふむ……剣聖ギルフォードが提唱した、魔力による身体強化の基本三原則を述べよ懐かしいわね……それ、私が適当に弟子に教えたやつじゃない。えーっと、まずは細胞への浸透、次に……)
スラスラと、迷いなくペンが動く。
周りの生徒たちが「難しすぎる」「こんなの習ってない」と悲鳴に近い吐息を漏らす中、ギルティナだけは鼻歌でも歌い出しそうな余裕を見せていた。
歴史問題も、地政学も、かつて自分が戦場を駆け抜けて見てきた景色そのままだ。
(現代の解釈は少し回りくどいわね。もっとシンプルにこう書けば……よし、完璧だわ!)
終了のチャイムが鳴る頃には、ギルティナの解答用紙は隅々まで自信に満ちた文字で埋め尽くされていた。
■
放課後、解答用紙が返却された。
クラスメイトたちが一喜一憂する中、ギルティナの元へシルビア先生が歩み寄ってくる。
「ギルティナ・エリスフォード。教官室に来い」
その声は、昨日よりも低く、冷たかった。
「満点の表彰かしら!」と能天気に廊下を歩いていくギルティナを、フィオナは嫌な予感と共に目で見送った。
教官室の重い扉を開けると、そこには鬼の形相をしたシルビア先生が、一枚の解答用紙を机に叩きつけて待っていた。
「……これを見なさい」
そこには、大きく赤文字で『〇点』と書かれていた。
「……へ?」
ギルティナの思考が停止した。
白紙ではない。びっしりと書き込まれた解答。それなのに、一点の加点すらされていない。
「先生……これ、何かの間違いじゃない? 私、全部正解を書いたはずよ!」
「間違いなのはお前の頭よ! 見なさい、この解答を! 『剣聖の基本原則』に対して、お前はなんだ? 『その場のノリで浸透させればよい』だと? 歴史の重要人物の死因についても『単なる不摂生だ』などと……ふざけているのか!」
「ええっ!? でも、本当のことよ! ギルフォード……じゃなくて剣聖様は、いつもそう言ってたし、あの王様が死んだのは本当にただの食べ過ぎだったんだから!」
「黙れッ!!」
ドゴォォォォォン!!
シルビア先生の拳がギルティナの脳天を直撃した。
「ヒィヤァァァァァアァァ!!」
昨日と同じような、いや、昨日以上の衝撃にギルティナは床に転がる。
「お前は名門の出でありながら、学問を何だと思っている! 教科書に書かれていることが正解なんだ! 勝手な妄想や嘘を書き連ねて、学園を、そして歴史を侮辱するな! このハズレ剣士が!!」
「いたたた……。だ、だって……」
「言い訳は聞かない! 明日から一週間、放課後は居残り補習だ! 部屋に帰って頭を冷やせ!」
ギルティナは涙目で教官室を追い出された。
■
廊下をトボトボと歩きながら、ギルティナはズキズキ痛む頭を抱えて考え込んだ。
(おかしいわ……。私が間違えるはずがない。だって、あの術理を組み立てたのは私自身なんだから。教科書が間違っている……? いや、まさか。いくら千年経ったからって、あんなにハッキリしていた事実が捻じ曲がってるなんて……)
だが、シルビア先生のあの剣幕だ。
もしかしたら、自分が一〇二年も生きていたせいで、細かい部分の記憶が混濁しているのかもしれない。あるいは、千年の間に新しい発見があって、自分の知る「真実」は古いゴミになってしまったのか。
(……自己解釈だけど、きっとそうね。私がボケちゃったのか、それとも時代が変わりすぎたのか。……ま、いっか! 補習は面倒だけど、死ぬわけじゃないし!)
そう自分を納得させ、彼女はいつもの調子で寮への道を歩き出した。
■
寮に帰り、ベッドにダイブしたギルティナを、フィオナが冷ややかな目で見守っていた。
「……で、結果はどうだったのよ? あの自信満々の筆記」
「……ゼロ点だったわよ」
「……はぁ!? あんた、あれだけスラスラ書いておいてゼロ点!? 何をどうやったらそうなるのよ!」
ギルティナは、シルビア先生に殴られた時の様子を身振り手振りで説明した。頭のたんこぶを見せながら「教科書と違うって怒られちゃった」と笑う親友に、フィオナは深い溜息をつく。
「あんたね……。いくら実技ができても、常識がなきゃこの学園では生きていけないわよ。ハズレ剣士ってバカにされても文句言えないわ」
「わかってるわよ。でも、なんだか変な感じがするのよね」
ギルティナは窓の外、夜の学園を眺めた。
解答用紙に書いた内容。あれは間違いなく、自分が血と汗を流して手に入れた真実だった。それが一点の価値もない「妄想」として処理されたことに、言いようのない違和感――嫌な予感が胸をよぎる。
(千年の間に、何が起きたのかしら。誰かが意図的に歴史を書き換えたような……そんな、嫌な感じ)
「ねえ、フィオナ。この学園の図書館って、古い文献とか置いてあるかしら?」
「ええ、あるけど……。あんたが勉強する気になったの?」
「まさか! ちょっと探し物をね。……ふわぁ。でも、今はもう眠いわ。続きは明日、補習の合間にでも考えるわよ」
ギルティナは大あくびをして、布団に潜り込んだ。
嫌な予感。
それは、昨日測定器を壊した時の不吉な黒い魔力の残滓や、ゼノスの歪んだ顔を思い起こさせた。
しかし、持ち前のポジティブさで、彼女は数分後には健やかな寝息を立て始めた。
「……呑気なものね」
フィオナは呆れながらも、ギルティナの寝顔を少しだけ優しく見つめ、明かりを消した。
学園の闇は、まだ始まったばかりだということも知らずに。
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