ギルティナ達の入学式
王都を離れてから二日。ギルティナとフィオナは乗合馬車と徒歩を使い、隣国にある『国立剣士学園』を目指していた。一〇二年の人生を剣に捧げた前世では、これほど心躍る旅の道中は一度もなかった。
「ちょっとギルティナ、歩くの早すぎ! 観光するんじゃなかったの?」
フィオナが息を切らして後ろから声をかける。彼女の視線は、ギルティナの腰から胸にかけての曲線に、羨望と恨めしさが混ざったような色で注がれていた。
「あはは、ごめんごめん! つい足取りが軽くなっちゃった! 見てよフィオナ、あそこの屋台、すっごくいい香りがするわよ!」
ギルティナが指差したのは、街道沿いの宿場町にある串焼きの屋台だ。立ち上る煙と、脂の爆ぜる音。前世では単なる栄養補給としか思っていなかった食事が、この若く敏感な肉体には最高の娯楽へと変わっていた。
「はい、お嬢ちゃんたち。特製魔獣肉のハーブ焼きだよ」
「わあ、ありがと! ……んっ、おいしい! このピリッとした香辛料がさ、肉の旨味をグッと引き立ててるわね!」
ギルティナは満面の笑みで肉を頬張る。貴族の集まりなら「大変美味ですわ」と淑女の仮面を被るが、旅の途中は素のままでいたいのが本音だ。フィオナも隣で串にかじりつき、「……確かに、これは王都の高級料理にも負けてないわね」と満足げに頷いた。
「ギルティナ、あっちに武器屋があるわよ。あんた、ずっとその安物の剣で通すつもり?」
「そうね、そろそろ今の私の体にバッチリ馴染む『相棒』を見つけたいところだわ!」
二人は年季の入った看板を掲げる武器屋の暖簾をくぐる。店内には無骨な大剣や戦斧が並んでいたが、ギルティナの足は真っ直ぐに奥の壁に掛かっていた一本の剣へと向かった。それは剣というよりは針のように細く、しなやかな曲線を描く青色のレイピアだった。
「お目が高いね、お嬢ちゃん。それは北のドワーフが趣味で作った一点物だ。軽すぎて誰も買い手がなくてね」
「……へえ、いいじゃない! これにするわ!」
ギルティナはその剣を手に取り、軽く振る。空気を切り裂く音すらしない。極限まで鋭く、細い。魔力を一点に収束させて放つ彼女の一撃を乗せるには、この繊細な鋼こそが相応しかった。
二日後。二人は巨大な城壁に囲まれた学園都市へと到着した。そこには世界中から若き才能が集まる『国立剣士学園』が鎮座している。
「……大きいわね。さすがは最高峰の学び舎だわ」
「本当ね! でもフィオナ、ここって『剣士学園』でしょ? なんであっちに並んでるのは杖を持った連中ばかりなのかしら!」
正門をくぐる学生たちの多くは、豪華な刺繍の入ったローブを纏っている。魔法至上主義の現代、剣士学園といえども実質的な権力と花形は『魔法科』にあり、純粋な『剣士科』は肩身の狭い思いを強いられているのが現状だった。
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入学式は荘厳な大講堂で行われた。新入生数千人が集まる中、壇上の役員席に座っている一人の男を見て、ギルティナはわずかに目を細めた。
「……あれ。あそこに座ってるの、ゼノスじゃない?」
「ええ……。魔法科の四年生、そして学園の『副会長』として出席しているみたいね」
一〇年前、五歳だったギルティナに敗北し、屈辱を舐めた神童ゼノス。現在は二〇歳となり、学園でも指折りの実力者として君臨している。だが、壇上の彼の様子は明らかに異常だった。かつての傲慢な若さは消え失せ、顔色は青白く、瞳の奥には底知れない濁った熱が宿っている。何より、彼から漏れ出している『魔力』の密度が、一〇年前とは比較にならないほど肥大化していた。
(……なにあれ。魔力が溢れ出しているっていうより、制御しきれずに漏れ出しているわ。普通じゃないわね)
彼の体内の魔力回路は、何らかの外的な要因によって無理やり拡張されているように見える。溢れ出るマナは、まるで黒い靄のように彼の周囲を覆っていた。
「ねえ、ギルティナ。ゼノス、一〇年前よりずっと強くなってるように見えるけど……なんだか、見てると鳥肌が止まらないわ」
「うん、まともな鍛錬で得た力じゃないよ、あれ! 自分の命を魔力に変えて無理やり燃やしてるっていうか……とにかく、すごく質の悪い何かを感じるわね!」
式典の最中、ゼノスは新入生席に座るギルティナの存在に気づいたのか、ゆっくりと視線を向けた。その瞳には、かつての雪辱を晴らそうとする執念を超えた、正体不明の狂気が宿っている。
「…………ギル、ティ、ナ……」
彼の唇が微かに動く。その一瞬、会場全体の空気がひび割れるような圧迫感に襲われた。周囲の生徒たちがその威圧感に当てられ、次々と顔を伏せ、体調を崩し始めている。
「……ふん。副会長様になっても、少々悪趣味な再会になりそうだわ!」
入学式が終わり、新入生が移動を始める中、ゼノスは壇上から降りてギルティナの前に立ち塞がった。二〇歳となった彼の背丈は高く、見下ろす視線には暗い影が落ちている。
「お久しぶりですわ、ゼノス副会長。その溢れんばかりの魔力……随分と熱心に『研究』をなさったようですわね」
ギルティナは周囲の目を意識し、完璧な社交用の仮面を被って微笑んだ。優雅に、けれど冷徹に彼を見上げる。ゼノスの肌の下では、魔力の奔流が今にも爆発しそうなほど激しく波打っていた。
「ギルティナ……一〇年だ。この日のために……私は……」
「あら、入学式の初日から新入生を脅すおつもり? 副会長としての品格も、その魔力と一緒にどこかへ捨ててしまわれたのかしら」
淡々と告げると、ゼノスは低い唸り声を上げ、そのまま背を向けて立ち去った。去り際に残された魔力の残滓が、パチパチと不吉な音を立てて消滅していく。彼が完全に離れたのを確認して、ギルティナは息を吐いた。
「……ふう、危ない危ない! あんな状態で暴れられたら、講堂が丸ごと吹っ飛んじゃうわよ!」
「……助かったわ、ギルティナ。あのままだったら、私、剣を抜く前に気絶してたかもしれないわ」
「大丈夫よフィオナ! あれはもう、人間の領分を越えかけてる! 気をつけなさい。この学園、思ったより『闇』が深そうだわ!」
「闇が深いのに、よく、元気でいられるわね……」
夕闇に包まれ始めた学園を見上げ、ギルティナは新しく買った細剣を握り直す。一〇二歳の剣聖が、十五歳の乙女として立つ舞台。暴走する魔法と、秘められた剣の煌めきが、今ここから交差していく。
「さあ、行きましょう! 明日の授業が、今から楽しみだわ!」
ギルティナはフィオナの背中をポンと叩き、学生寮へと歩き出した。その足取りは、これから始まる激動の日々を予感しながらも、どこまでも軽やかだった。




