ハズレ職でいい
時が流れるのは、恐ろしいほどに早い。
五歳の誕生会で傲慢な神童を叩きのめしてから、さらに五年の月日が流れた。
十歳。それはこの大陸の住人にとって、人生を決定づける最重要の儀式が行われる年齢だ。
『天職授与』。
教会に祀られた聖石に触れることで、神からその者の適正に応じた役割が与えられる。かつて一〇二歳まで生きた私の前世では存在しなかったシステムだが、この千年後の世界では、天職こそが個人の価値を決める絶対の基準となっていた。
私は、親友(と書いてライバルと読む)であるフィオナと共に、王都にある大聖堂の長い列に並んでいた。
「緊張するわね、ギルティナ。あなたはきっと、伝説級の『聖魔導師』か何かになるんでしょうね」
フィオナが少し皮肉っぽく笑いながら話しかけてくる。五年前、ゼノスを指先一つで退けた私の魔力を、彼女は誰よりも高く評価していた。
対する私は、教会の厳かな空気の中で静かに呼吸を整えていた。
(……魔力、か。今の私の魔力は、この世界の基準で言えばあまりに異質すぎるわ)
この五年、私は常に己の魔力を極限まで『圧縮』し、『秘匿』することに全力を注いできた。溢れ出すマナをそのままにしておけば、一歳児の時のように天変地異を呼びかねない。私は無意識のうちに、体内の魔力回路に何重ものロックをかけ、細い糸のような流れにまで制限していたのだ。
「次の方、ギルティナ・エリスフォード様」
神官の声に促され、私は聖石の前へと進み出た。
冷たく輝く石に、そっと掌を重ねる。
石の奥底から私の魂を覗き見るような、不気味な波動が伝わってきた。私は反射的に、さらに魔力を内側に閉じ込めた。余計なものを神に見せる必要はない。
やがて、聖石の上に文字が浮かび上がる。
それを見た神官は、あからさまに落胆の表情を浮かべた。
「……天職、『剣士』」
大聖堂内に、さざなみのような失笑が広がった。
『剣士』。
それは、魔法が文明の主役となった現代において、魔力を持たない者が選ぶ、あるいは選ばされるハズレ枠の代表格だ。かつての剣聖ギルフォードが聞けば激昂しそうな話だが、今の世では、剣など魔法を補助する杖にも劣る鉄の棒に過ぎない。
「嘘……ギルティナが、剣士?」
フィオナが呆然と呟く中、彼女の番が来た。
彼女が石に触れた瞬間、聖堂内を眩い光が包み込む。浮かび上がったのは、誰もが羨む希少な天職だった。
「おお……! 天職、『魔剣士』! なんという栄誉か!」
魔力と剣技を完璧に融合させる、現代における最強の一角。
人々は惜しみない拍手をフィオナに送り、対照的に、名門エリスフォード家から『剣士』という落ちこぼれを出した私には、同情と蔑みの視線が突き刺さった。
だが、私はドレスの裾を優雅につまみ、誰よりも深いお辞儀をした。
扇子の裏で隠した口元には、狂おしいほどの歓喜の笑みが浮かんでいた。
(……最高だわ。神もなかなか粋な真似をしてくれるじゃない)
魔法を極める道など、前世の私には必要ない。私が望んだのは、この新しい肉体で、新しい『剣』をどこまで研ぎ澄ませるか、その一点のみ。ハズレ枠、結構。周囲に期待されない場所でこそ、真の刃は密かに磨かれるものだ。
◼️
それからさらに、五年の月日が流れた。
十五歳。成人と見なされる年齢。
教会の教えによれば、天職を授かった若者は、自らの資質を磨くために国が指定する専門機関へと入学する義務がある。
私とフィオナに与えられた行き先は、国境を越えた先にある大陸最高峰の学び舎――『国立剣士学園』だった。
ローゼンブルク王国の正門前。
私は旅装束に身を包み、腰に一本の細身の剣を帯びて立っていた。
五年前の幼さは影を潜め、銀髪は腰まで届くほどに伸び、蒼い瞳は研ぎ澄まされた刃のような鋭利さを秘めている。
そして何より、この五年の歳月は私の肉体に劇的な変化をもたらしていた。
「……ちょっと、ギルティナ。さっきから街中の男たちの視線が痛いんだけど。自覚ある?」
隣を歩くフィオナが、ジト目で私を睨んでくる。
彼女もまた、凛々しい美少女へと成長していたが、その体つきはしなやかなアスリートのそれだ。対して私は、どういうわけか母様の血を色濃く継いでしまったらしい。
旅装のタイトな上着を押し上げ、歩くたびに確かな存在感を主張する『豊満な双丘』。
きゅっと締まった細い腰との対比が、見る者の目を釘付けにしてしまう。五年前までは私の方が少し小さかったはずなのに、今ではフィオナの視線が私の胸元に固定され、時折、悔しそうに自分の平坦な胸元と比較して溜息をついているのがわかる。
「あら、視線なんて気にしていては剣は振れないわよ、フィオナ」
「そういう問題じゃないわよ! その格好、剣士っていうより……もっと別の不埒な職業に見えるわよ!」
「ふふ、嫉妬かしら? でも安心して。この肉体も、すべては剣を振るための『バランサー』として使いこなしてみせるわ」
冗談めかして言ったが、あながち嘘ではない。
この豊かな胸も、発達した臀部も、重心移動のエネルギー源として私は既に計算に入れている。女の肉体は、男のそれとは使い方が根本的に違うのだ。
私たちは顔を見合わせ、五年前と同じように、けれど少しだけ大人びた微笑みを交わした。
故郷を離れ、未開の地へと足を踏み出す。
一〇二歳の最期に願った『旅』。その本格的な始まりが、今ここにあった。
「さあ、行きましょう。新しい時代に、私の剣を刻みつけるために」
一五歳の春。
かつての剣聖は、ハズレ枠の、けれどあまりに目を引く肢体を持った少女として、世界を変えるための一歩を踏み出した。
(学園、か。……まだ見ぬ強敵、そしてまだ見ぬ未知の剣。退屈させないでちょうだいね)
彼女たちの背後で、王国の門が重々しく閉まる。
「持ち金は少ないわ……早く馬車に乗りましょう」




