不屈の剣聖
女神が夢で見せたあの宣告。最強を否定し、剣を捨てろという呪いのような言葉。しかし、一〇二年の月日を剣に捧げた彼女の魂は、神の一存で折れるほど脆くはなかった。
「ふんっ、せいっ、はぁっ!」
寮の裏手にある林の中で、ギルティナはひたすら木剣を振るっていた。魔力が練れないならば、魔力に頼らない身体操作を。筋力が足りないならば、骨格の連動による極限の効率化を。身体が自分のものではないように感じるならば、この新しい十五歳の肉体に、一から前世の剣筋を叩き込み直せばいい。
筋肉が悲鳴を上げ、汗が滝のように流れる。だが、一振ごとに、あの懐かしい感覚が指先に、そして魂に戻ってくるのを彼女は実感していた。
「あはは! 見てなさいよ、あの性格の悪い女神様! 私から剣を奪おうなんて、一万年早いのよ!」
不調を根性でねじ伏せ、すっかり元通りの元気に戻ったギルティナを見て、様子を見に来たフィオナは呆れたように溜息をついた。
■
しかし、学園内での彼女への評価は地に落ちたままだった。廊下を歩けば、相変わらず心ない声が降ってくる。
「おい、見ろよ。まぐれ剣士のお出ましだぜ」
「実技の授業であんなに無様に負けてたもんな。入学式のオートマタ破壊は、やっぱり何かの間違いだったんだよ」
魔法科の生徒たちはニヤニヤとギルティナを指差し、かつての規格外という評価を完全に、一発屋のまぐれへと塗り替えていた。現在の彼女に張られたレッテルは、実力不足をまぐれで誤魔化した、落ちこぼれの令嬢。
「……ふん。言わせておけばいいわ」
ギルティナは鼻歌混じりに彼らの横を通り過ぎる。今の彼女にとって、それらの言葉は飛び交う羽虫の羽音ほども気にならない。それよりも、彼女の心を躍らせるある噂が耳に入っていた。
■
「ねえ、フィオナ! 聞いたわよ、今年も剣士祭が開催されるんですってね!」
放課後、学生食堂でパンを頬張りながら、ギルティナはフィオナに身を乗り出して問いかけた。
「……ああ、年中行事のね。学園最大の武術大会。でもギルティナ、あんた今の評価じゃ出場枠すら怪しいわよ?」
フィオナは冷めた紅茶を啜りながら、厳しい現実を突きつけた。
剣士祭。それは、この学園に所属する全生徒が、科に関係なく自らの武を示すための祭典である。一位を取れば莫大な賞金と名誉が与えられ、誰もが手のひらを返して認めざるを得なくなる、文字通りの黄金の舞台であった。
「いいじゃない、面白そう! そこで私が圧倒的な力を見せて優勝すれば、誰もが手のひらを返すでしょ? まぐれだのハズレだの言ってる連中の鼻を明かしてやるのよ!」
「あんたね……。剣士祭には四年生のゼノス副会長だって出るのよ? それに、入学式の夜にあんたを負かしたあの男みたいな化け物が他にも潜んでいるかもしれないわ」
「望むところよ! 強い相手がいればいるほど、私の剣は研ぎ澄まされるんだから!」
ギルティナはジョッキに入った果実水を一気に飲み干した。不調を乗り越えた今、戦いの中でしか完全に取り戻せない感覚があることを、彼女は経験で知っていた。
■
それからのギルティナは、まさに奮闘の日々を送った。
シルビア先生に課された居残り補習を光速で終わらせ、残りの時間は全て鍛錬に費やした。
前世の剣筋を思い出すために、彼女は月明かりの下で細剣を構える。
今の肉体は前世に比べて小柄で、それでいて重心が高い。この乙女の肉体に特化した、新しい剣聖の形を模索する必要があった。
シュッ、と鋭い音が夜の静寂を切り裂く。
一回、十回、百回、千回。
反復横跳び、魔力の超微細コントロール、そして型の再構築。
「……これよ。これだわ」
明け方、一筋の閃光が林を駆け抜けた。
目の前の大岩が、音もなく上下に分かれる。
切り口は鏡のように滑らかで、熱すら持っていない。
魔力に頼り切る現代の魔剣士には到達できない、純粋な剣の極致。
「あはは! 戻ってきた、戻ってきたわよ! 私の、私だけの剣が!」
ギルティナは汗だくのまま、天に向かって笑い声を上げた。女神の呪いなど関係ない。魂に刻まれた技術までは奪えなかったのだ。
■
剣士祭の申し込み最終日。
ギルティナは意気揚々と、受付がある教官室へと向かった。
「……ギルティナ。本気なの?」
受付にいたシルビア先生が、眼鏡を指で押し上げながら、疑わしそうな目でギルティナを見た。
「もちろんですわ、先生! まぐれ剣士がどこまでやれるか、特等席で見せてあげますわよ!」
「……不調だった日のような無様な姿を見せたら、今度は反省文じゃ済まさないわよ。分かっているわね?」
「ええ、期待しててちょうだい!」
ギルティナは申し込み用紙に、力強く自分の名前を書き込んだ。
ギルティナ・エリスフォード。
かつての剣聖にして、今はまぐれ剣士。
学園中の視線が、嘲笑が、そして期待が彼女に集まる。
手のひらを返させるだけでは生温い。その手のひらで、勝利を称える拍手を鳴らさせてやる。
「待いてなさいよ、ゼノス。そして、あの緑の瞳のお兄さん……」
剣士祭まで、あと一週間。
彼女の真の再誕を告げる鐘の音が、すぐそこまで迫っていた。




