5.祝福
真っ白な視界の中、ヘルミは確かに聞いた。
天から降り注ぐ、轟くような哄笑。
そして耳元に囁く声。
「祝福を」
***
突然の雷。そして天から響き渡った笑声に、祭り会場は騒ぎを通り越し、恐慌状態に陥った。サンキャッチャーを掲げた時には一瞬注目を浴びていたヘルミも人の波に押し流されてしまい、混乱する人をかき分け、なんとかエルサの元に辿り着いていた。
エルサと2人、小さなベンチの上に身を寄せ合い、顔を見合わせた。
「今のは何?ヘルミ、あれは雷?それに聞こえた?誰の声?」
「真っ白で何も見えなかったけど私にも聞こえたよ。笑い声だった。あと祝福って言ってた」
「え?笑い声は聞こえたけど…。そうだヘルミ、怪我はない?雷は当たらなかったの?」
そう言われて初めてヘルミは自分の全身を確認した。特に焦げたような跡も痛みも無く、何も変わりはなかった。先程まで自分が立っていた石畳を見るも、変化は無さそうだ。
エルサの方は、と顔を向けると、問題ないと言うように首を振っていた。
右往左往する人々の中には「神が降臨した!」「世界が始まった」「神の声で耳が潰れてしまった」等と口々に喚き散らし、天から再び雷が落ちないかと懸命に空へ手を伸ばしている者、風魔法で空高く飛び上がる者、広場に雷魔法を打つ者まで出始めた。
領主の命令で魔法警備隊が出動し、広場で魔法を行使した何人かが拘束されて初めて、波が引くように騒ぎは収まっていった。
***
ヘルミとエルサは魔法警備隊に帰宅を促される人々に混ざり、半ば夢うつつの様な状態で口数少なくヘルミの修理工房へと辿り着いた。
タハティ修理工房は2階建てで、1階の扉を開けてすぐ仕事場、奥に応接室と続いており、2階は住居となっている。今はヘルミしか住んでいない。両親の部屋はある程度整理はしたものの、ほぼそのままの状態で残してある。
ヘルミはエルサを自室へ案内した。ベッドと作業机、椅子が2つ。そして本棚とクローゼットがあるだけの、シンプルな部屋だ。
机の前で魔法道具の修理に悩んで唸っていると、父や母が向かいの椅子に座って色々とアドバイスを貰えた。それが嬉しくて、自分の椅子より少し上等なキルティングのマットを座面に敷いてある。
今はその上にエルサが座り、ヘルミの出したお茶には目もくれず、机の上のサンキャッチャーを凝視していた。
そう、広場で既に気付いてはいたが、確かめる余裕も無く人目につかないように懐に隠して持って帰ってきたのだ。
ヘルミの作ったサンキャッチャーは、自分でも中々の力作だと思えるほどの美しさであったが、それでもただのサンキャッチャーだった。少々内部にクラックがあるものの、概ね透明なはずだった。
それが今はというと、サンキャッチャーの中に小さな白金の光が煌めいているのだ。
よく見るとその光は1つ1つが稲光の様で、光っては消え、光っては消え、その光り方も強弱が様々で、見ていて飽きるようなものではない。
ヘルミは前世で好きだった線香花火を思い出した。小さな光が明滅するさまは、火と雷で属性は違えども、あの儚くも目が離せない夏の風物詩の様だった。
「エルサ、これって雷魔法…だよね?」
「そうだと思う。でもこれって、どういう理屈か分からない。昔祭りの花の塔に雷が落ちたことがあったらしいけど、その周りに置いてあるハーツィ晶がこんな風になったなんて聞いたことがないよ」
「ハーツィ晶は魔法をかけられるとどうなるの?」
「物理的に傷ついたり、割れたりするの。あの落雷、ただの雷じゃないみたいだった。特別な魔法がかかって魔法道具になったのかな…?」
2人ともが同時に、雷と同時に響いた笑い声のことを思い出していた。
「まさか、雷神トールトの雷だったりして…」
「そんなまさかね…」
「「あはは…」」
乾いた笑い声がヘルミの部屋に虚しく響く。
自分が転生したと気付いた幼少期、魔法があることに興奮し、異世界転生では付き物の転生特典と呼ばれるものが自分にもあるのではとこっそり期待したものだ。
だが、自分の魔法力は5段階のうち真ん中。下町の修理工房の一人娘で平民。前世の知識を生かして物作りをしてみたい気持ちはあったが、元々はただの事務員で、ハンドメイドアクセサリーの知識以外に特殊な技能や知識があるわけではなかった。なにより魔法で大概の不便は解決できるため、ヘルミの知識が入る余地はなかった。
ビーズ手芸がやりたいと両親にねだり、工房の片隅にちょっとしたアクセサリーを置かせてもらったりはしていたが、それだけだ。
学校へ通い、魔法を学び、修理工房の仕事を手伝い、ヘルミの世界は充実していた。異世界転生という言葉を忘れていたくらいだった。両親が亡くなるまでは。
両親が存命の頃から親戚に会ったことは無く、両親の話しぶりからも関係があまり良くないことを察していた。葬儀のために必死に探した連絡先に知らせを送ったが、いずれも返答はなかった。
天涯孤独の身になって、久しぶりに自分が今生きているこの場所が異世界で、自分の存在は異物であると思い出したのだ。悲しくて涙が出た。両親は自分のせいで亡くなったのではないかと、何度も自問自答した。
だがそれも、吹っ切れるしかなかった。無くなったものは戻って来ない。死者蘇生の魔術なんてものはない。自分がここでいくら嘆いても、何も変わらない。
自分に出来るのは、両親が愛していたタハティ修理工房を守っていくことだ。
前を向いていこうと決めて、やっと吹っ切れた。その矢先の出来事である。
沈黙を破ったのはエルサの方だった。
「ヘルミ、このことは、あまり人には言わない方がいいと思うの。」
エルサはヘルミの表情を伺いながら、慎重に言葉を選んでいる様子だった。
「ただでさえ祭りがあんな騒ぎになって、怒ってる人もいると思うの。あの雷と、この…サンキャッチャー?が確実に関係があるとは言い切れないけど、ヘルミのせいにしたがる人がいると思うの。私が余計なことを教えてしまったから。ごめんなさい」
「エルサ、謝らないで…。私ね、本当に嬉しかったんだ。ずっとこういう綺麗な、キラキラした、見ていて幸せな気分になるものを作ってみたかったけど、どうすればいいか分からなかった。エルサにハーツィ晶のことを沢山教えてもらって、家でも沢山練習して、今日はエルサにサンキャッチャーを見てもらって、感想がどうしても欲しかったの」
エルサにハーツィ晶について教えてもらってからの7日間、本当に楽しかったのだ。大好きだったハンドメイドアクセサリー作りをするにあたって、どうしても足りなかったピースが埋まったような気持ちだった。
前世のものだけに限らず、この世界ならではの素材を使ってのアイディアが湯水のように湧いてきて、ずっと胸が高鳴ったままだった。
暗い表情になってしまったエルサにどうにか笑ってほしくて、ヘルミは懸命に言葉を続けた。
「ハーツィ晶作りに役立つかは分からないけど、型に入れない時の状態を”ハーツィ石”って名付けて、沢山実験して記録に残してあるのよ。硬化速度も、硬度もどれも全然違っていて、今度は魔法の強弱について実験しようと思ってたところで。エルサ、興味あるでしょ?」
ヘルミは冷えてしまったお茶をぐいっと飲み干すと立ち上がる。エルサに向かって、自分ができる一番の笑顔を向けた。
「1階の工房で練習してたから、記録も全部そこに置いてあるよ。一緒に見に行きましょう!」
「…うん、見たい!見に行こう」
エルサもお茶を飲み干すと、やっとヘルミに笑顔を見せてくれた。




