4.青天の霹靂
祭りも今日で閉幕だ。7日間町を彩った花々は、こまめに手入れされており、今でも鮮やかな色彩で目を楽しませてくれている。
ヘルミは肩掛けカバンに、とあるものを持って来ていた。今日はエルサと初めて2人で行った果物ジュースの屋台で、エルサと待ち合わせだ。
先にベリーのジュースを飲んでいると、広場の反対側に立っていた金髪の男と目が合った。男は目を吊り上げ、人を割って足早にヘルミに近づいて来る。
「おいお前、工房を閉めて何をしてるかと思えば、祭りを観光とは随分なご身分だな」
「…こんにちは、ハグレンさん」
顔には出さなかったと思うが、つい小声になってしまった。
古いが隅々まで手入れされた濃茶のジャケットとズボン、ブーツで身を固め、金髪をオールバックにセットした男性はヘルミの正面に立つと、わざわざ腕を組んで上から見下すような体勢を取った。
彼はカール・ハグレン。ヘルミの工房の向かいに立つ、歴史の長い修理工房の長男だ。
そしてヘルミの婚約者…だった人だ。
ヘルミの両親が存命だったころ、カールの父親とヘルミの父親が親しく、カールとヘルミを婚約させたのだという。だがカールは成長するにつれ、華やかな王都に強い憧れを持つようになり、地味な格好で修理工房に籠っているヘルミに嫌気が差すようになったようだ。
ヘルミの両親が亡くなった際、慰めの言葉もなく「今日で婚約は解消だ、お前は俺の人生の汚点だ」と言い放ち足早に立ち去ったのを、今でも克明に覚えている。
ヘルミの方はというと、幼少期から前世の記憶があったため、同年代の子供たちとは距離があった。なにせ30年以上生きた記憶があるのだ、幼児と上手に会話したり、本気でごっこ遊びに興じられるはずもなく…。
父親にカールが婚約者だと紹介された時も、色よい反応は出来ず仕舞いだった。
今思うと、当時から高かったであろう彼のプライドを、きっと傷つけてしまったのだと思う。
ヘルミ自身、正直カールのことを好ましく思ったことも無く、婚約者だというのに会話したのも数えるほどだ。
「お前、俺の名前を店で話題に出したりしていないだろうな」
「出していませんよ。ハグレンさんの話題が出ることもありません」
「…余計なことを言うな。それに遊ぶのも大概にしておけ、お前のせいでこの町の修理工房全体の評判が下がる羽目になる。俺が王都に出店する足を引っ張られると困る」
「気を付けます」
カールはまだもの言いたげな様子だったが、遠くからヘルミを呼ぶ声が聞こえてくると、舌打ちして人混みに紛れていった。
「ヘルミー!お待たせ、大丈夫?絡まれてた?」
「全然待ってないよ。今の人は一応知り合いだけど、もう帰ったし大丈夫」
エルサは小走りで駆け寄ってきてくれた。ヘルミを心配して急いでくれたようで、手に持ったサンドイッチから具がこぼれかけていた。
柑橘系のジュースを購入し、エルサはヘルミの隣に腰掛け、サンドイッチを一切れ渡してくれた。
「これ、この間のお返し。スモークサーモンは好き?」
「大好き!ありがとう、エルサ。気にしなくて良かったのに」
「ううん。後で、一晩中ヘルミが工房に居たことを先輩に怒られたの。私はハーツィ晶のこととなると周りが見えなくなるから、ヘルミが困った顔をしても気付いてなかったんじゃないかって」
「そんな!私、すっごく楽しかったよ。あんなに何かに熱中したのって、初めて魔法道具のぬいぐるみを両親と一緒に直した時以来かも」
エルサは「それなら良かった」とにっこり笑い、早速サンドイッチに取り掛かった。
ヘルミもそれに倣って一口頬張る。香ばしいパンにスモークサーモン、香草、ピクルス、チーズが見事に調和しており、2人はしばらく無言で食べ続けた。
「それでヘルミ、持ってきたのね?」
手を洗いに行き、ジュースの続きを飲んで一息ついたところで、エルサがぐいっと顔を寄せてきた。
今日の本題は、ヘルミのカバンに入っている。
エルサにハーツィ晶について詳しく教えてもらってから6日間。修理工房への依頼品を切り盛りする傍ら、必死に取り組んできた集大成だ。
ヘルミはまず、型に嵌めないハーツィ晶のもとを”ハーツィ石”と名付けた。そして、凝固速度や硬度、割った時の特徴などを、エイクスニルの水と水晶の粉の割合を1:9から9:1まで試し、記録に残した。
分かったことは、水晶の粉が増えるほどに凝固速度は速くなるが、脆くなること。逆にエイクスニルの水が多いほど凝固速度が遅くなり、強度が増すこと。最も透明度が高いのはエルサに教わった、エイクスニルの水が4、水晶の粉が6の組み合わせであること。
そして、いずれもの場合で、ハーツィ石の表面にうっすら六角形の結晶が浮かび上がること。
ヘルミは、ハーツィ石は水晶の特徴を引き継いでおり、”へき開”が無いものと考えた。
へき開とは鉱物の特性で、ある一定の方向に割れやすい性質のことである。へき開があるものは、その割れやすさを利用して加工できる利点があるが、その反面加工するには技術が必要だ。逆に、へき開が無いものはどの角度からも緻密なカッティングや加工が出来る。
ヘルミは、今の自分にできる最大限に透明度の高いハーツィ石を立方体の型の中に作り、前世で大好きだった”サンキャッチャー”をイメージしてカッティングを施した。
なるべくプリズムが沢山生まれるよう、ボールの様に丸く成形して、カットした断面は傷ひとつ無いように仕上げた。頂点だけは吊り下げる穴を作るために尖らせた。金属の丸カンを通し、3つの色ガラスをカットして繋げ、小さな鳥籠を吊るすスタンドを加工してサンキャッチャーを吊り下げた。
「こんなものを作ってみたんだけど…どう思う」
「…これは、すごく綺麗ね!ガラスや水晶では無いのよね?どうしてこの形にしようと思ったの?」
エルサはサンキャッチャーを落とさないよう両手で包むと、色んな方向から観察していた。小さなクラックを見逃さず指摘していたが、「あの日と比べて段違いに安定して魔法がかけられてるね」と感心した様子だった。
「初めはね、この中にドライフラワーを入れて、何か身に着けるものを作ろうと思っていたんだけど。エルサのハーツィ晶が大好きな気持ちと、私がハーツィ晶に出会えた記念になる物が作りたいって気持ちを合わせて、あえて中に何も入れずに素材だけの美しさを引き出そうと思って。それにね、エルサ、見ていて」
そう言うとヘルミはエルサからサンキャッチャーを受け取り、ベンチから離れると、太陽が一番当たる場所に両手で掲げた。
丁度広場には太陽光が真っ直ぐ差し込んでいる。
太陽光を受けたサンキャッチャーの内部で光が分かれる。
広場に光が、虹色の光が、拡散する。
エルサの悲鳴のような歓声、突然の光に驚いた人々の声。
喧噪の中、青天の霹靂。突然の眩い光に、ヘルミが、辺り一面が包まれた。




