『迷子の魔法使いイオ』
柄の悪い顔立ちの少年との衝突後、陽菜は図書館のお勧め小説コーナーの中からある一冊の本を手に取り、来館者が読書のできる共有スペースへと向かった。
陽菜が選んだ小説のタイトルは『迷子の魔法使いイオ』という小説だった。児童文学のコーナーにあったその小説のあらすじが目に付き、気がつけば手にとっていた。
あらすじに書かれている内容はこうだった。
魔法使いの国に暮らすイオは引っ込み思案で少し変わった女の子。周りの子達との価値観の違いや、大人しいその性格から仲の良い友人もできず、魔法の勉強を淡々とこなすことだけが日課となっている。
ある日イオは国に伝わる別世界と繋がると伝えられる穴にひょんなことから落ちてしまう。
穴に落ちたイオはショックから気絶してしまう。目が覚めたイオは穴の中から抜け出すと、そこには今まで見たこともないような巨大な建造物が立ち並ぶ世界だった。
意図せず異世界に訪れてしまったイオはそこが〝日本〟と呼ばれる国であると後に知ることになる。
引っ込み思案で友達のいなかったイオは訪れた異世界〝日本〟で出会う人々と関わっていくうちに、かけがえのない友達や人々と出会うことになる。
――そんなあらすじであった。
どこか、今の自分の置かれた状況に似たイオという主人公の少女がこの本でどうなっていくのか気になった陽菜は共有スペースに座り、持ってきた小説を読み始めた。
〝日本〟に訪れたイオは途方に暮れた。何せ言葉も通じないし、見たこともない建物や馬もいないのに動く無数の箱にパニックになってしまった。
見慣れぬ格好に好奇の視線を多数の人々から向けられ、思わずその場から逃げ出してしまう。見知った人がいない、一人ぼっちという不安と孤独がイオの心を徐々に埋めていく。
夜になっても明るい世界。魔法も蝋燭も使っていないのに光り輝く世界。科学という存在を知らないイオはこの世界が不気味なものに感じられて仕方がなかった。
『帰りたい、お家に帰りたいよ……』
家族の待つ元の世界に帰りたい。これからいったいどうしたらいいか分からず、不安から暗く明かりの届かない路地裏で泣きじゃくる彼女にとある人物が声をかける。
『あら? こんなところであなたどうしたの? もしかして迷子かしら?』
見た目は男性。なのにその仕草は女性に見える。言葉が伝わらないため、目の前の人物が自分の心配をしているということに気がつかないイオはついに不安が限界を向かえ、ワンワンと大声を上げて泣き始めた。
そんなイオを見た彼は驚き、困惑しながらも
『困ったわね……。
どうにも訳ありっぽいし、ひとまずうちに来てホットミルクでも飲んでもらって落ち着いたところで話を聞いてみましょうか」
イオはもはや自分はどこかに売られてしまうと内心覚悟しながら全てを諦め、男性に手を引かれながらその場を後にした。
だが、その後に辿り着いた彼と同じような男性がたくさんいる建物の中でイオは温かい飲み物とそれまで食べたことのない美味しい食べ物を口にしたところで緊張の糸が切れて眠りに着く。
翌日、目を覚ましたイオであったが相変わらず言葉は通じない。そんな彼女に何か事情があると感じたのか、男性たちは身振り手振りでどうにか、ここにしばらく滞在しないかということを彼女に伝えた。
それからイオは毎日男性たちの働くお店の手伝いをしながら、どうにか彼らと言葉を交わせないかとこれまで学んだ魔法を独自に研究しながら数ヶ月の研究の後についに翻訳魔法を編み出した。
研二、竜平、三郎、陸。
翻訳魔法が完成し、初めて知ったのはこれまで共に過ごしてきた男性たちの名前だった。
イオは説明した。自分は別の世界、魔法が存在する国から意図せずこの世界にきてしまい迷子となっているのだと。
荒唐無稽な話だとこの世界で数ヶ月を過ごしたイオは語ってから信じてもらえるかと不安になった。
だが、彼らはイオの話を笑いもせずに聞いて『それじゃあイオちゃんがどうやったら元の世界に帰れるかみんなで考えましょうか?』
そう言って、協力してくれることになったのだ。
それからのイオは大変だった。お世話になっている街の人々の間に起こる問題を魔法を使ってこっそり解決したり、ひょんなことから知り合った女子高生の花音と友達となったり、最終的には噂を聞きつけた政府の高官からその身を狙われたりした。
だが、様々な出来事を経験したり友達になった花音との交流を経て少しずつイオは成長し、ついに元の世界に帰る手段を見つけた。
元の世界に戻る際、お世話になった人々や花音にお別れを告げるイオ。
『私、元々引っ込み思案で友達もいませんでした。
でも、みんなに出会えておかげで私は変わることができました!
この世界で過ごしてきた経験や思い出は向こうに帰っても忘れません!
本当に……本当にありがとうございました!』
そう言い残し、イオは元の世界に帰っていった。元の世界に帰ったイオは成長した姿を周りの人々に見せ、それからの彼女は友達にも恵まれ幸せな毎日を過ごしていく。
そこで彼女の物語は終わりを告げた。
物語の最後の一文には作者からこの物語を通じて伝えたいと思える一文が添えられていた。
『人と人とが分かり合うことはとても難しい。
だが、それを理解したうえで相手を受け入れようと努力したのなら、たとえ相手に裏切られたとしても、その行動は己にとって誇りになるだろう』
夢中で物語を読み終えた陽菜は感動で胸が一杯だった。この物語に登場するイオという主人公はたくさんの経験を得て成長した。
そんな彼女の成長する姿を見た陽菜は自分のこれまでの行動を省みた。
確かにうんざりするような話を続けた少女たちは彼女の心に嫌な気持ちを埋め込んだ。それに苛立ち、ついには手を上げてしまった陽菜だったが、それは全て彼女たちだけが悪かったのだろうか?
そう思ったとき、陽菜は自分が一度だってその話をすることが嫌だと口にしたことがなかったことに気がついた。
配慮が足りなかったとはいえ、彼女たちだって悪気があったわけではなかったのだ。普通の家庭に育った子供なら当然の他愛ない愚痴。
それに対して陽菜は口を挟むこともせず苛立ち、一方的に手を上げた。
一部分の悪い点に目を向けてしまい、それまで共に過ごしてきた中で見てきた彼女たちの良い面を全て拒絶したのだ。
(私……なんてことをしてしまったんでしょう)
本を閉じ、泣き出しそうになる気持ちを必死に抑え込み俯く陽菜。
(家族のことを悪く言うのは嫌だって言えばよかったんです。もしかしたらあの子達だって私がそう言ったらわかってもらえたかもしれない。
なのに私は一方的にそんなこと言っても分かってもらえないって心のどこかで思ってた。
家族がいなくなったことが分からない人にはそんなこと言っても無駄だって……。先生にだってそうです)
思い返せば心当たりはいくつもあった。その場で繰り広げられる会話に声を上げることもせず、分かってもらえないからと口を閉ざす。
――あの子達は自分と違うから。
彼女たちが言った言葉に腹を立てた陽菜自身が心の底では誰よりもそう思っていたのだ。
もしかしたら結果は今と変わらなかったかもしれない。それでも行動していれば、何かが違っていたかもしれない。
少なくとも行動を起こしていれば今のように後悔だけの毎日を過ごすことはなかっただろう。
理解を得られなくても行動を起こしたという結果は、陽菜にとってこの物語の最後の一文のように誇りとなり、胸を張って毎日を過ごすことだけは間違いなくできたはずだから……。
そう思ったところで過去は戻らない。それが無性に悲しくて、悔しくて……。陽菜は今にも溢れかえりそうになる涙を必死に堪えてその場から走り出した。
どこか人のいない場所へ。涙を流してもいい場所へ。
……そうして陽菜は図書館ないの端にある人気のない非常階段に辿り着き、一人膝を抱えて涙を流し始めた。
「うっ……ううっ……ひぐっ」
どれほどの間そうしていたのだろう。陽菜の体感からすればとてつもない長い間膝を涙で濡らしていた気もするが、実際にはそれほど長い時間は流れていなかった。
未だに一人、縋る人もなく泣きじゃくる陽菜。そんな彼女の元に近づく人影が一つ。
「……おい、大丈夫か?」
声を掛けられたことに気がつき涙でぐしゃぐしゃになった顔を陽菜は僅かに上げる。
陽菜の隣にかがみこみ心配そうな面持ちで声をかけてきたのは先ほど彼女とぶつかった一人の少年だった。
「ひっく、えっぐ、お、お兄さんは……?」
「俺か? 俺は逸見晃一。通りすがりの中学生だよ。
どうした? 何かあったか? もしよかったらここの職員さん呼んでくるぞ?」
怖そうな顔立ちとは真逆の心から陽菜の心配をする彼の言葉に陽菜は見ず知らずの他人だということも忘れ、思い切り彼の胸に顔を埋めて泣きついた。
「うっ、うえええええええええええええん。
おにいさあああああああああああん」
自分の胸元を涙で濡らしていく少女に少年、晃一は戸惑いながらもその背中をトントンと優しく叩きながら彼女をあやし始める。
それから約一時間ほど。溜め込んだ涙を流しつくし、恥ずかしそうにシュンとした姿を見せることになるまで、陽菜は思い切り晃一の胸の中で泣き続けるのであった。




