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ひとつ屋根の下 ~It`s happening life~  作者: 建野海
陽菜の章
13/40

同好の士

晃一が目当ての小説を見つけ、陽菜と共に他に面白い本がないか一緒に散策をし始めてからしばらく。

 そろそろ時刻が正午に差し掛かる頃、二人は他にいくつかの小説や雑誌を手に持ち、図書館の来訪者がゆっくりと本を読むことができる共有スペースへと向かっていた。

 自宅からここまで一度も休憩することなく歩き続けていたため、これまで楽しさが勝っていた陽菜はもちろん、さすがに晃一も若干の疲れが出てきており、一度休憩しながら厳選した本をゆっくりと読みながら休むことにしたのだった。


「お兄さん、持ってる本だいぶ増えましたけど重たくないですか? やっぱり、私も少し持ちますよ」


 いつの間にか晃一の片手にはちょっと衝撃を与えるだけで崩れてしまいそうな本の束ができていた。

 もう片方の手は陽菜の要望により塞がってしまっているためだ。

 さすがに陽菜も量が増えて重量が増した本の束を晃一にだけ持たせてることに気が咎めたのか、繋いだ手を離して晃一の持つ本を自分も持つと提案する。


「確かにちょっとだけ重いけど、もうすぐ共有スペースだから大丈夫だぞ。

 それに、あれだけ俺が恥ずかしがったのに無理やり手を繋いだのは陽菜なんだぞ。もうここまで来たらお前が嫌だって言ったって離してやらないからな」


 先ほどまでの仕返しとばかりに冗談交じりの皮肉を込めて陽菜の提案を断る晃一。晃一としては、今後の陽菜が今日のように手を繋いできて恥ずかしさを感じることがないように牽制をしたつもりだったが、今の発言はどうやら陽菜にとっては逆効果だった。


「そうですか。ようやく私と手を繋ぎたいって思ってくれたんですね。

 それじゃあ、帰り道もこうやって手を繋いだまま帰りましょうね」


 少し前まで顔に僅かな疲労を見せていた陽菜であったが、今の晃一の一言で体力全快したとでも言わんばかりに再びその表情に気力が満ちる。


「もういい。わかった、俺の負けだ。もう陽菜には何も言っても無駄だってことがよ~くわかった。今日はもう好きにしてくれ……」


「言われなくてもそうします! だって今日のお兄さんの時間は私のものなんですから!」


 ブンブンと繋いだ手を大きく振りながら二人はそのまま共有スペースに足を踏み入れる。晃一は陽菜には皮肉だろうが何を言おうが、彼女の脳内ですぐさま好意的な解釈へと変換されてしまうことに頭を抱えたくなった。

 残念ながらそうするための両手はどちらも塞がっているのであったが……。

 夏休みということもあり、館内の共有スペースはどこも人で溢れて埋まっていた。二人はどこか座れる場所が空いていないかと探し始める。

 周りをグルリと見渡し、席を探していると一区画だけ何故だか不自然に人が少ないスペースが存在することに二人は気がついた。


「あっ! あれは……」


 陽菜の声に釣られるように視線を向けると、そこにはまるで一枚の絵画のように共有スペースに置かれたソファに座る一人の少女の姿があった。

 まだ年若い一人の少女。

 その少女は年相応に服装を意識している陽菜とは対照的に、レトロな柄に落ち着いた暖色のワンピースを着ており、長く伸びた髪を三つ編みにしていた。

 視力が悪いのか、デザインよりも機能性を重視した少し小さな大きさの丸渕眼鏡が彼女の服装の地味さをより際立たせる。

 だが、少女の容姿は服装に反してこの場にいる誰もが一度は目を奪われるものであった。

 日本人では決して自然に出すことができないプラチナブロンドの髪、眼鏡の奥に見える視線を合わせただけで吸い込まれそうになる程深い青色の瞳。それらのパーツを際立たせるように整った顔立ちは、先ほどまで印象にあった地味な服装からは想像もできないほど目を引くものであり、それを見た晃一は思わず言葉を失ってしまう。

 無言のまま少しの間少女を見つめていた晃一の様子に少し遅れて気がついた陽菜は嫉妬からか、つい繋いだ手を離して晃一の手の皮をギュッとつねった。


「痛ってえ! おい、陽菜。いきなりなにするんだ!」


「お兄さん……デレデレしすぎです」


 ジト目を向けて視線で晃一を非難する陽菜。その視線から感じる迫力に晃一は気おされ、動揺した様子でどうにか陽菜の意識を別のことに向けようと話題を切り替える。


「あ~あ~。え~っと。そ、そうだ! 陽菜、お前さっきあの子を見て声をあげてたけど、もしかして知り合いなのか?」


 先ほどの陽菜の様子を思い出した晃一は咄嗟に頭に浮かんだ疑問を口にした。

 露骨に話題を逸らした晃一に追求をするべきかと考える陽菜であったが、少しだけ悩んだ末に晃一の思惑通りに疑問への回答を口にすることにするのだった。


「私も直接お話したことはないですけれど、私と同じ中学校に通う生徒ですよ。

 クラスは別なんですけど、他のクラスと合同で行う体育の授業で何度か見かけたことがあります。

 確か、名前は天川……レナさん。だったと思うんですけれど」


「そうなのか。あの容姿からして両親のどちらかが外国の方なのか?」


「う~ん。噂で聞いたくらいですけれど、確かお父さんがフランスの方でお母さんは日本人のハーフだったと聞いたような……」


「へ~そうなのか。そうだ、陽菜。せっかくこんな場所で会ったんだ。これも何かの縁だし、挨拶くらいはしてきたらどうだ?」


「お兄さん……。

 なんだかさっきから態度が変ですけれど何かやましいことでもあるんですか?」


 陽菜の指摘にギクリとする晃一。

 まさか、図書館へと向かう道中に陽菜へと露骨に興味のある視線を向けていた少年たちに対して感じていた皮肉がそのまま自分に返ってくることになるとは思わなかったため、それを悟られまいと必死に首を振って否定する。


「ハ、ハハハ……。ソンナコトハ、ケシテナイゾ。ゼッタイニ……」


 動揺から片言になる晃一に呆れた様子で陽菜は溜息を吐き出した。


「まあ、これもせっかくの機会ですし。ちょっと挨拶がてらお話してきますね。天川さんの近くの席が空いていますし、お兄さんは先にそこに座っていてください」


「お、おう。行ってらっしゃい」


「は~い」


 最後までジト目を晃一に向けながら陽菜は少女の元へと向かっていった。


「こんにちは、天川さん! こんな所で奇遇ですね。今日は本を借りに来たんですか?」


 少女、天川レナの前に立ち、元気な声で挨拶をする陽菜。本を読むことに集中していたのか、レナは突然自分に向けられた声にビクリと僅かに身を震わせた。


「あ、えっと……。あなたは?」


「覚えていませんか? 何度か学校の体育の授業で一緒になったことがあるんですけれど」


 そう口にする陽菜を見てレナは、しばし記憶を思い返すような仕草を見せた。


「ごめんなさい。あの、私あなたのこと見た覚えはあるんですけど、名前までは覚えていなくて……」


 人見知りをするのか、どこか遠慮した様子で謝罪するレナ。そんな彼女の様子に心に引っかかる何かを感じながらも、陽菜はせっかくの機会ということで改めて自己紹介をすることにした。


「そうですよね。ちゃんと挨拶をしたことはなかったですもんね。

 私の名前は春日陽菜です。クラスは1-1ですから、天川さんとは2組の天川さんとはお隣ですね!」


 自己紹介を終えた陽菜はそこでようやくレナが読んでいる本が自分がよく読んでいるシリーズ物の恋愛小説であることに気がついた。


「あ! これ! 私もすごい好きで読んでます! 天川さんも好きなんですか!?」


「えっと……はい。私、この作者さんが好きで、この人の書いているお話はだいたい読んでて……」


「そうなんですか! 私もです! この人の書くお話は読んでて楽しくなりますし、恋愛模様がすごい丁寧に書かれていて面白いですよね!」


「ですです! 私の特にお気に入りのがですね」


 早速お互いの共通点を見つけた二人は、すぐさま作品や作者の話で盛り上がり始める。もちろん、図書館ということもあるため、ある程度周りに配慮した上でだが。

 そんな二人の様子を空いていた席に座って眺めていた晃一は、女三人寄れば姦しいというが二人でも充分そう言えるなと密かに心の中で呟くのだった。

 しばらくの間仲睦まじげに歓談を続けていた二人であったが、勢いよく話し続けて疲れたのか一度閑話休題する。


「まさか、こんなところで天川さんとこの作品についてお話ができるなんて思いませんでした」


「私も、こうやって春日さんと話ができてすごく楽しいです」


「陽菜でいいですよ。同好の士といいますし、せっかくなので名前で呼んでください」


 陽菜としてはせっかく共通の趣味を持った同年代の友人ができそうということで、先ほどまでの会話で縮まった距離をより詰めるために呟いた一言だったが、それを聞いたレナは心底驚いた表情を浮かべた後、何故だかポツリと深い青色の瞳から涙を流した。


「えっ? えっ? ど、どうしたんですか……」


 突然の出来事に動揺する陽菜。何が起こっているか理解できず、思わず近くの席に座る晃一へと視線を向け助けを求める。

 二人の様子を見ていた晃一も、何かあったのかと慌てて泣き出したレナの元へと駆け寄る。

 だが、レナは外見だけなら不良と見間違う晃一が険しい表情を浮かべて近づいたことに驚いたのか、先ほどまでポツポツと流していた涙が晃一の接近と同時に次々と溢れ出した。

 悪気はないのだろうが、これには晃一もさすがに傷ついた。

 目の前の少女と同じように泣きたくなる気持ちに蓋をして、できるだけ優しい声音で晃一はレナに声をかける。


「どうした? どこか体調でも悪いのか?」


 そう問いかける晃一であったが、レナは次々と流れ出る涙をゴシゴシと拭い、言葉を紡ごうとする。しかし、溢れる感情に理性がついてこないのか口からは嗚咽だけが漏れ出て言葉にならない。

 そんな彼女の様子に陽菜はオロオロとし、晃一はレナの背中を優しくさすり、彼女が泣き止むまで待つことにするのであった。

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