君と探す物語
自宅から歩くこと約三十分。
仲良く手を繋ぎここまでの道中を歩んできた晃一と陽菜は、用事を済ませて施設から出てくるご年配の方々から微笑ましいものを見たという生暖かい視線を浴びながら、視線とは対照的に涼しい風が館内を満たす図書館へと足を踏み入れた。
「ハァ~。生き返ります~」
「本当にな。毎年夏が来るたびに思うけれど、この暑さはどうにかならねえかな」
「そうですね。でも、これだけ暑いからこそ涼しい場所に入ったときの爽快感は特別です」
「……そうだな。そういえば陽菜は今日何を借りるかもう決めてるのか?」
「いえ、まだ決めてません。今日はゆっくりと読みたい本を探しながら中をお兄さんと一緒に見てまわるつもりです。
お兄さんはもう何か借りたい本を決めてるんですか?」
「一応な。前に好きでよく読んでいたシリーズ物の小説があるんだけど、去年は受験で小説を読んでいるよりも勉強に時間を割かないといけなかったから、しばらく続きが読めていなかったのがあるんだよ。
あれから三冊くらい続きが出てたから、とりあえずそれがあれば借りて、他にも面白そうな本があれば一緒に借りていこうかと思ってるとこだ」
「そうなんですね。
……う~ん。それじゃあ、まずはお兄さんの借りたい本のコーナーに行ってみましょうか!」
「ああ、そうするか!」
そうして二人はひとまず晃一の借りたい本のコーナーへと向かおうとする。だが、そこでふと未だに手を繋ぎっぱなしなことに気づいた晃一は、
「まあ、これはここまでな。これ以上はさすがに恥ずかしいから勘弁してくれ」
そう言って繋いでいた手を離し、晃一はポケットの中に仕舞った。
それまであった晃一の掌から感じる温もりがなくなったことに名残惜しそうな瞳で、陽菜は繋いでいた己の手を見つめ、少しだけ恨めしそうな視線を晃一へと向けるのであった……。
……
…
「おっ! あった、あった。これだ」
館内の書籍検索端末を使用し、目的の書物のあるコーナーを訪れた晃一と陽菜。目的であった小説シリーズの続きを見つけた晃一は先ほどまでの陽菜のように笑みを浮かべて喜んでいた。
「それがお兄さんが探していた小説ですか?」
「ああ。『雨笠書店の名探偵』っていう小説だよ。俺が中学生に進学した頃から刊行を始めて、今8巻までシリーズが出てるんだ」
「ふむふむ。ちなみにどんなお話なんですか?」
「そうだな……。
簡単に説明すると、この物語には御門町っていう町が存在してるんだけど、その町にある小さな書店に雨笠浩一郎っていう痩せぎすで中年の店長がいるんだ。
その店長が近隣の学校や町で起こる事件を解決する日常系のミステリー小説って感じかな。
人が死んだりするようなこともないから小学校や中学校の図書館とかにも最近じゃ夏休みの読書感想文の対象書籍として入ることもあるみたいだぞ。
……そうだ! 陽菜、もし読みたい本がまだ決まっていないなら、これを今年の夏休みの読書感想文の題材として借りていったらどうだ?」
そう言って晃一は先ほど己が手に取った棚からまだ残っていたシリーズの一冊目を取り出し、陽菜の前へと差し出した。
差し出された本には先ほど晃一が語った本のタイトルと共に、水彩画で描かれた素朴な町並みと雨笠書店と書かれた看板の立つ書店の絵が描かれていた。
「ミステリー小説はあまり読んだことがないですけれど、お兄さんがお勧めするのならきっと面白いですよね!」
晃一から差し出された小説を手に取った陽菜はまるで王からの褒美を受けとった騎士のように、受け取った小説を大事そうに胸に抱き締めた。
「そ、そこまで断言されるとちょっと自信がなくなってくるけどな……。
まあ、それも含めて読んだ感想を読書感想文にしてくれ。別に無理にそれを題材として使う必要はないし、他に陽菜が感想文に使いたい本があればそれについて書いてもいいからな」
「いえ、これにします! せっかくお兄さんが勧めてくれたんですから!」
ニコニコと幸せそうな笑みを浮かべる陽菜。その様子は心の底から晃一と過ごすこの時間が楽しいと感じているようで、そんな陽菜の姿を見た晃一もまた彼女に付き合ってここまで来た甲斐があると密かに思うのであった。
「とりあえず目的の本は見つかったし、今からはブラブラしながら他に面白そうな本がないか探すとするか」
晃一の提案に陽菜はブンブンと勢いよく頷く。そして、本を持って塞がった手とは逆の、先ほどまでポケットに入れていた手が出てきたことを目ざとく確認すると、
「えい!」
「あ! こら!」
巣穴から出てきた獲物を素早く捕らえる狩人のようにすぐさま先ほどのように再び晃一と手を繋いだ。
「えへへ~」
手を繋いだ瞬間、幸せ一杯と言った様子でだらしなく頬を緩ませる陽菜の姿を見た晃一は、喉元まで出掛かっていた文句を呑み込み、仕方がないと諦めを見せた。
「しょうがねえな……。今日だけだからな。この姿を知り合いに見られて恥ずかしい思いをしても知らないからな?」
「ふふ~ん。いいですよ~、私は恥ずかしくありませんから」
「くっそ、千沙都といい陽菜といい……。もう俺には常識人の美咲さんだけが心の拠り所だ」
「ああ! またそうやってお姉ちゃんを引き合いに出して!
ダメですよ、お兄さん! 女の子と二人で過ごしているときは他の女の人の話を出すのはマナー違反なんですから!」
「なに言ってんだ。お前がそういうことを語るには少なくともあと三年は早い」
「ふ~ん、そうやってまた子供扱いするんですね。
いいですよ。三年経った時には私は美咲お姉ちゃんみたいに素敵な女性になってるんですから。その時になって後悔しても、もう遅いんですからね!」
「そこで千沙都の名前が出てこないあたり、あいつの春日家におけるヒエラルキーの低さに同情するわ」
思いがけず発覚した春日家の生態ピラミッドの最下層に千沙都が属していることに苦笑しながら、晃一と陽菜は再び手を繋ぎながら館内を散策するのであった。




