17.やまんばとほこら
昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある日のこと、おじいさんは、用事で山向こうの村に行くことになりました。おばあさんに留守を任せて、おじいさんは山を登り始めました。
おじいさんが若い頃は明るいうちに山向こうの村までたどり着けたのですが、この日は山道の途中で日が暮れてしまいました。
山はまっ暗。おじいさんも灯りは持っていましたが、小さな灯りを頼りに山道を進むのは危険です。山で夜を過ごすしかありません。
おじいさんは、良い場所はないかとあたりを見回しました。すると、離れた場所に小さな明かりが見えました。おじいさんは人がいると思い、明かりの方に行くことにしました。
明かりの元は小さな家でした。
おじいさんは、戸口前で頼みます。
「もうし夜分に失礼します。山を越えきれずに日が落ちてしまいました。軒先で良いので、どうか一晩、貸してはくださらんか」
しばらくして返事がありました。
「あらあら、それはお困りでしょう。粗末な家ですが、どうぞ上がってくださいな」
家の中から出てきたのは、若く美しい女でした。
若い女は「こんなものしかありませんが」とおじいさんに干し芋とお湯を出し、「寝るのにお使いください」と部屋の半分を衝立で区切って貸してくれました。
おじいさんはお礼をのべると、ありがたく干し芋とお湯をいただき、疲れていたので早々に横になりました。
おじいさんは、ぼそぼそと聞こえる話し声に目を覚ましました。目を閉じて横になったまま、なんとはなしに声に耳をかたむけます。
「さっさとシメるんじゃ」
「でも」
「骨と皮だけながら久々の獲物じゃぞ」
「家の中が汚れてしまうでしょう」
「なら外でヤればいいんじゃ」
目覚めたばかりでぼんやりしたままのおじいさんは、不思議に思いました。
夜も明けきらぬうちから朝食の準備か。それにしても老婆の声がする。この家は他に部屋もないほど狭いのに、老婆は先程どこにいたのか。
気になったおじいさんは静かに目を開きました。ちょうど衝立の隙間から向こう側がのぞき見えます。さきほど良くしてくれた若く美しい女はこちらに背を向け座っていました。しかし若い女の向かいに老婆の姿はありません。揺れるロウソクで壁にできた影も、ひとり分しかありません。
見落としているのかと、おじいさんが目を凝らした瞬間、
「見ィたァなァあアア!!」
老婆の恐ろしい声が響きました。
声の元に目をやったおじいさんは、若い女の頭のうしろに老婆の顔もあるのを見つけました。その老婆の怒りに燃える目と目が合い、はっきりと目が覚めました。
身の危険を感じたおじいさんはとっさに衝立を女の方に倒して小さい家を飛び出しました。
おじいさんはなにも履かず持たずに夢中で逃げました。背後から怒った声が近づいてきます。
「だからさっさとシメれば良かったんじゃ!」
「ちょうど外へ出たのだからいいじゃない」
今更ながら、ふたつの声が話していた獲物とは自分のことだとわかり、捕まったら食べられてしまう恐怖から、おじいさんは必死に走りました。
無我夢中で逃げていると、おじいさんは扉のような物にぶつかりました。いきおい開いて中に入るとすぐに閉め、体を縮こませて、ひたすらに助かりますように助けてくださいと祈りました。
しばらく怒鳴り声が聞こえていましたが、やがて鳥の声が多くなり、「ちっ。もう夜明けじゃあ」「明るくなる前に帰らないと」と静かになりました。
ぶるぶる震えていたおじいさんは、ずいぶんたって動けるようになると扉から外に出ました。
明るくなってから見ると、おじいさんがかくれていたのは小さな祠でした。おじいさんは祠を掃除し、何度もお礼を申し上げてから山をおりました。
無事に山向こうの村についたおじいさんは、用事先でその話をしました。
「そりゃあタチの悪いやまんばだぁ」
「無事に逃れて良かったでぇ」
「じゃが、帰り道が心配でのう」
「私が参りましょう」
名乗りを上げたのは若い僧侶でした。若い僧侶はおじいさんの話を横ですっかり聞いていました。
祠があるということは、誰かがそこに祠を建てたということ。なにかしら建てる理由があったはずだ、と考えていました。
それで自分が行って調べようと思いました。
若い僧侶は、この村の人たちからも話を聞き、お札と経典を用意すると、早い時間から山に登り、祠の位置、祠の中、近くの山道をよくよく調べました。そうしてすべての準備を整えると、夜を待ったのです。
やがて山が闇に包まれると、染み出すように遠くに明かりが現れました。若い僧侶は明かりへと進み、おじいさんが訪れた小さな家にたどり着くことができました。
「もうし、私は旅の僧侶です。山を越える途中に夜になってしまい難儀しております。一晩、軒先をお借りしたい」
「まぁまぁ、それは大変でしたね。軒先と言わず、どうぞ中へお入りくださいな。狭い家ですが、ささ、どうぞ」
若い女は愛想よく、あたたかい汁物さえ用意して若い僧侶をもてなしました。部屋に衝立を置き、向こう側で寝ていいとも言いました。
若い僧侶はすっかりくつろいだふりをして、「眠る前に厠へ行きたい」と告げました。
厠へは若い女が案内してくれました。
若い僧侶は厠へ入ると見せかけて、山へと走り出しました。
「あら、どちらに?」
「待ぁてぇ! 逃がさんぞ!」
走る若い僧侶の背に、若い女性と老婆の声が飛んできます。まだ暗い山道を、若い僧侶は昼間覚えたとおりに迷わず駆け抜けます。そのすぐあとを、ふたつの声が離れずに追いかけてきます。
若い僧侶は走って走って、おじいさんがかくれた祠にたどり着くと、手を合わせてから扉を開きました。祠からつよい光があふれて、あたり一面まっしろに明るく照らしました。
「ぎィやあァあああ!」
「まぶしいっ」
若い僧侶は、足が止まったふたつの声のもとに近づくと、若い女の頭の後ろにある老婆の顔に、懐から出した経典を開いて近づけました。
「あア、ヤメろォァああァ……」
ずるりずるりと老婆の顔が経典へと吸い込まれていきます。声まで完全に消えると、若い女はその場に崩れ落ちました。
若い僧侶は閉じた経典を手に、祠の前に戻ると、座りこんでお経を唱えました。
そうして、かつて姥捨山であったこの場所を供養する目的で建てられた祠に、経典を納め扉を閉めると、お札をはりました。
その頃ようやく女が気を取り戻しました。
女の姿は若くも美しくもなくなっていました。
若い僧侶がどうしてこうなったのか女にたずねると、女は、祠のそばを通りかかったときに、中に良いものがあるのなら盗んで売ろうと考えて祠を開いてしまったと話しました。
「それから取り憑かれていたとはいえ私も罪を犯しました。とても人里には戻れません。このままここで祠ともども供養しながら暮らしていきます」
若い僧侶は、女に写経の手ほどきをすると山をおり、おじいさんに、もう安全に家へ戻れることを伝えたのでした。




