第2章:鏡よ鏡、世界で一番のゴミはだれ?
「失礼いたします……。あの、こちらに伺えば、その……魅力を引き出していただけると聞いて」
昨日までの汗臭い騎士の残り香が漂う受付に、場違いなほど着飾った、しかし自信なさげに肩をすぼめた女性が現れた。名をルナ。王都の歓楽街で働く、いわゆる「売れない嬢」である。
絶世の美女であるミラを前に、ルナはさらに萎縮した。 「私、笑顔が苦手で……。指名も全然取れなくて、お店からも『お前は愛想がなさすぎる』って叱られてばかりで」
ミラはルナの顔を数秒間、検品するように眺めると、無造作に書類を差し出した。 「愛想? そんなものは、あそこの変態に会えば、いかに無駄なエネルギーかがわかります。笑顔が作れないなら、いっそ人間を辞める練習から始めましょうか」
「えっ、人間を辞める……?」 ルナが戸惑う間もなく、トレーニングルームの扉が勢いよく開いた。
「あぁぁ……! 今日の湿気! 私の皮膚をねっとりと包み込む、この不快な空気感! 世界に拒絶されているようで最高だぁぁ!」
そこにいたのは、上半身裸で、なぜか自分の体に大量のヌルヌルしたオイル(自称・不快潤滑剤)を塗りたくっているゼノスだった。
「ゼノス、客です。笑顔が作れない自分に絶望している、可愛そうな女性ですよ。あなたの顔面崩壊を見せて、自信という名の傲慢さを植え付けてあげなさい」
「ひぅっ! 『傲慢さを植え付ける』……! ミラさん、今日も語彙がドSの極み!」
ゼノスは床を滑るようにしてルナに接近した。その距離、わずか数センチ。オイルの独特な臭いと、ゼノスの狂気的な視線に、ルナは悲鳴を上げることも忘れて硬直した。
「ルナさん……だね? 笑顔なんて、無理に作る必要はない。君の中に眠る、私のようなクズに対する『生理的嫌悪』……それこそが、君を美しく輝かせるダイヤモンドの原石なんだ」
ゼノスは突如、ポケットから大量の小銭(一銭の価値もない銅貨ばかり)を取り出し、自らの頭の上にぶちまけた。
「さあ! 私を、この世で最も価値のないゴミとして蔑んでくれ! 笑顔が作れないなら、その代わりに、私にチップを投げて『不潔な豚』と罵るんだ! ほら、チップ(一銭)をあげるから!」
「な、何を言って……」 「いいから! ほら、投げろ! 私という不浄な生き物が、君の足元に転がっている不快感! それを表情に出すんだ!」
ゼノスは四つん這いになり、ルナの靴の先を舐めんばかりの勢いで喘ぎ始めた。その姿は、かつて高貴な貴族だった面影など微塵もない、純度百パーセントの「変態」であった。
ルナの心の中で、何かが弾けた。 今まで、客に媚び、無理に笑おうとして傷ついてきた自分が、馬鹿らしくなった。 目の前にいるこの男は、自分を「もてなす側」の人間でありながら、自分から「ゴミ」になりたがっている。
(……気持ち悪い。本当に、心の底から救いようがないくらい、不快。……ふふ、あはは!)
ルナは、思わず手に持たされた小銭を、ゼノスの顔面に叩きつけた。
「……汚らわしい。私に近づかないで、この不潔な害虫」
その瞬間、ルナの顔に、いかなる媚びた笑いよりも美しい、冷徹な「蔑みの微笑」が浮かんだ。
「ひぎゃあああ! 最高! その、心底どうでもいいものを切り捨てるような視線! ゾクゾクする! 私の筋肉が、君の冷たい言葉でバキバキに硬化していくよ!」
ゼノスは喜びのあまり、床を転げ回った。
「見てください、ルナさん……。今の君の表情。それこそが、一部の熱狂的な客を虜にする『女王様』の輝きだ。無理に笑う必要はない。君は、私のようなゴミを足蹴にするだけで、十分に価値があるんだから」
「……今の、マイナス60度ですね」
扉の影からミラが冷たく言い放った。 「鏡を見なさい。今のあなたは、あそこのゴミを掃除した後のような、清々しい冷徹さに満ちています。その顔で接客すれば、指名どころか信者が増えるでしょうね」
「……ミラさん。私、何だか吹っ切れました」 ルナは、凛とした表情で立ち上がった。
一時間の「蔑み訓練」を終え、ルナはジムを出た。かつての自信のなさは消え、その歩みは高貴な女王のようだった。
「お疲れ様でした。……あんなゴミの姿を直視して、よく発狂しませんでしたね。貴方の精神力なら、世界征服も余裕でしょう」
ミラの「毒入りアフターケア」を受けながら、ルナは晴れやかな顔で歓楽街へと戻っていった。その夜、彼女の店には「冷徹な女王」の誕生に、狂喜乱舞する客の列ができたという。
「ミラさん……ルナさんのあのヒールの音、今も耳の奥に残って私を責め続けています……」 「黙ってください。その不気味な笑みを浮かべたまま死んでいただけると、明日からの清掃が楽になるのですが」
「あぁぁ、死の清掃! ミラさんによる完全抹消!」
ゼノスが再び喜びの悶絶を開始する中、次の客が路地裏に迷い込んできた。それは、クレーマー対応で心が完全に折れてしまった「旅館の支配人」。ゼノス流の「究極の甘えん坊クレーマー」による衝撃的なカウンセリングが始まろうとしていた




