8話:物流コスト「ゼロ」の衝撃
通常の都市発展において、物価を押し上げる最大の
要因は「輸送コスト」と「関税」、そして移動中の
魔物の襲撃リスクである。
だが、アルスの前ではその常識が完全に崩壊していた。
数百キロ離れた未開の山脈から、最高級の木材や鉄鉱石を『アイテムボックス』で丸ごと空間ごと切り取るように収納し、街の職人街へと一瞬で運び込む。
時間停止の空間から取り出されるため、遠方の市場で仕入れた新鮮な山菜や果物も、もぎたての状態で領民の口に入る。
この「物流のバグ」とも言えるチート能力により、ルミナリアの物価は王都の半額以下に抑えられ、住民の生活水準は爆発的に向上していった。
人口の増加に伴い、夜間の防犯と、夜行性の魔物の侵入対策が急務となった。
そこでアルスが開発したのが、新鉱石『ガルザスの黒岩』を精密加工した、ガラス細工のような美しい街灯だった。
「ルミナス、ちょっとこれに魔力を込めてみてくれ」
「ええ、これくらいかしら?」
ルミナスが指先から微弱な電流を流し込むと、
街灯の中に仕込まれた魔術回路が起動し、
街灯は一斉に柔らかな紫白色の光を放ち始めた。
この光は単に周囲を照らすだけでなく、魔物が嫌う
特異な波長の魔力を微弱に放つ。
これにより、ルミナリアから夜の闇と、それに紛れる犯罪の影が完全に追い出されることとなった。
「これ、もっと大きな規模でやれば、街全体の動力を一括で賄えるんじゃないか?」
アルスのその思いつきから、都市の中央にそびえ立つ巨大な『魔導蓄電塔』が建設された。
ルミナスが一日一回、朝の散歩がてらにその塔の基部に触れ、数秒だけ自身の莫大な魔力を流し込む。
超高密度の雷エネルギーは、アルスが街中に張り巡らせた魔導線(電線のようなもの)を通じて各家庭や施設へと分配された。
これにより、都市全体の暖房、調理用魔導具、
さらには井戸から水を汲み上げる自動給水ポンプが、
24時間完璧に、しかも実質無料で稼働する驚異のシステムが完成した。
ルミナスの雷による「魔導発電」が定着したことで、ルミナリアの街にはある奇妙な特徴が生まれた。
それは「煙突が一つもない」ということだった。
薪や石炭を激しく燃やす必要がないため、街の空気は常に澄み渡り、洗濯物が煤で汚れることもない。
冬場であっても、全家庭の床暖房がルミナスの魔力で暖められている。
劣悪な衛生環境と煤煙に悩まされる王都の貴族街よりも、最果ての荒野であるはずのガルザスの街の方が
遥かに清潔で、健康的で、そして快適という皮肉な
逆転現象が起き始めていた。
人々は親しみと畏敬を込めて、この奇跡のエネルギーを「ルミナス光熱」と呼んだ。
物価が信じられないほど安く、夜でも安全で、魔導具がタダ同然で使い放題の街が
この噂が、大陸中の大商人たちの耳に届かないはずがなかった。
まず動いたのは、王都の重税と貴族の横槍に嫌気が
さしていた中堅の商会だった。
彼らがルミナリアに店舗を構えると、その圧倒的な
利便性に驚愕し、すぐさま本拠地をこちらへ移転。
それを追うように、大陸全土から大商人や最先端の
技術を持つ職人たちが、王都を捨ててガルザスへ
大移動を始めた。
彼らが持ち込む莫大な資金と最高峰の技術により、
街の市場は瞬く間に大陸随一の活気を見せる
ようになる。




